近藤曼荼羅

さむらいも

~プロローグ~

「アベック…」

 鈴木はブルーシートハウスから出て腰を伸ばしながら、緑地公園の川沿いを手をつないで歩く若い男女を見てそう呟いた。

「あぁ… カップルってんだっけ…」

 自分の呟きを訂正しながら垢にまみれた土気色の手の甲を見る。浮き出た血管や骨や腱が異様に目立つ。肌のきめも老人のそれである。爪先は黒く汚れ爪自体も分厚く縦線が無数に入っている。

 もう自分の年齢を数えなくなって久しいが、恐らく同い年の他人と比べても老けていると思う。外見も内臓も。

 ただ頭の中だけは、あの頃のままの様な気がする。最高学府に通うあの頃のまま。

 もっと詳しく言うと3回生の時、学生ばかりが住む、大学近くの二階建て安アパートの205号室の、近藤の狭い部屋に学生が三十人以上集まったあの日のまま。

「近藤曼荼羅…」

 久々に口にしたが、一日たりとも忘れた事は無い。忘れられない。

 誰かがをそう呼んだ。

 年季の入った土壁に貼った模造紙に近藤が黙々と書き連ねた

 学生達の脳に焼き印の如くスタンプされた

 翌朝、三人の学生の命を奪った

「うおおおおおおおおおお…!」

 から沸き上がる恐怖を打ち消すために奇声を発する。

「えっ?何?何?怖い!何の鳴き声!?」

 もう結構離れた場所にいた先程のカップルの女性が男性にしがみつきながら辺りをキョロキョロ見回す姿が木々の間から見えた。昼間でも暗い林間にいる鈴木のことは向こうからは見えない様だった。

「鈴木の鳴き声だよ…」

 そう呟きながら『酒』という忘却薬を飲む為に、かがみながらブルーシートハウスに戻った。

 


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