第4章

計画の準備が整った日の午後、鈴香たちは学園の視聴覚室に集まっていた。

前方の大型モニターには、綾音のタブレットに映る会議室の様子が投影されている。綾音が事前に設置した小型カメラが、学園の理事会をリアルタイムで撮影しているのだ。

重厚な木製テーブルを囲む理事たちの表情は固く、室内の空気は張りつめている。そこへ、鈴香の母が鑑定士を伴って入室してきた。

スピーカーから流れる声は穏やかで、それでいて揺るぎない意志を帯びていた。

「寄贈された美術品の中に、所在不明のものがあると聞きました。学園にあるすべての美術品の再鑑定を要請いたします」

神戸家からの寄贈品が最も多く、その価値も群を抜いて高いことは周知の事実だった。画面越しに映る理事たちは互いの表情を確かめ合い、緊張を漂わせる。言葉を発するものは誰もおらず、やがて沈黙が支配する場の中で鑑定の実施が決定された。

モニター越しに母の姿をじっと見つめる鈴香に、周平が横から小さくささやいた。

「さすが、神戸さんのお母さんだな。かっこいいぜ」

颯太は無言で映像に集中している。

綾音はタブレット上で流れるように指を動かし、複数のカメラを切り替えている。

会議室では鑑定士が美術品を一点一点丁寧に調べていた。理事たちは互いに目配せし、息をひそめて見守っている。

テーブルに仕掛けた高感度マイクが、理事たちのつぶやきを断片的に拾ってくれていた。

「もしあの作品が……まずいことになる」

「……贋作が展示されていることが……責任は……」

モニターの中で、鑑定士は慎重に書類を見つめた後、静かに告げる。

「鑑定結果が出ました。すべての美術品は、本物です。間違いありません」

会議室内には、安堵のため息と小さな笑みが広がり、緊張感が一気に緩んだのが見て取れる。しかしモニターには、額に冷や汗をにじませ、視線を泳がせる理事たちの姿も映し出されていた。

鈴香の母は安堵の表情を浮かべ、鑑定士と理事たちに礼を述べている。

「ご対応、ありがとうございました」

颯太は、鑑定士とともに退室する鈴香の母の姿が消えた後も、モニターをじっと見つめていた。


スピーカーから扉の閉まる音が響き、その残響がゆっくりと空気に溶けていった。

しばらく誰も言葉を発せず、部屋には張りつめた静けさが残る。

やがて、鈴香の指先の震えが止まり、胸の奥に温かな感謝の思いが広がった。

(お母様……ありがとう)

小さく息を吐き、笑みを浮かべる。

「うまくいったな」

周平が椅子をきしませて立ち上がる。興奮を隠しきれない声だ。

「ここまでは予定どおりだな」

颯太は冷静に応じた。

「でも、理事会の奴らが犯人なのは決定だろ?」

「いや、決定的な証拠を手に入れる必要がある。このまま計画を進めよう」

颯太に向けてうなずいてから、鈴香は綾音に声をかけた。

「じゃあ、次はお願いね」

「承知しました」

綾音は静かにうなずき、タブレットを操作してモニターの画面を停止させた。


数日後の夜。

月明かりが廊下の床に銀の帯を描いていた。

きしむ音とともに、数人の男が台車を押し、学園の収蔵品を運び出そうとしている。

だがその背後に、四つの影が忍び寄っている。

「全員、揃ったようね」

鈴香は低く告げる。胸の鼓動が高鳴り、緊張と期待がせめぎ合う。

颯太は黙したまま冷静な目で周囲を確認し、鈴香に向けて小さくうなずいた。

綾音はくすりと笑みを漏らし、ささやいた。

「まあ、お嬢様と颯太様、こういう場面で息がぴったりですわね」

不意をつかれた鈴香は一瞬慌てたものの、人差し指を立てて綾音に囁き返す。

「い、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう。静かに!」

そのやり取りに、張りつめていた空気がわずかにやわらいだ。

颯太は二人を一瞥し、静かに視線を台車に戻した。無言だが、彼の冷静さは場を引き締める。

鈴香の合図を受けて、少し離れた場所にいた周平が、壁に立てかけてあったスポットライトのスイッチを入れる。強烈な光が一瞬にして廊下を照らし、男たち――理事たちの顔を白日の下に晒した。

「き、貴様ら……!」

理事のひとりが青ざめ、声を震わせる。

周平は裏返った声で呟いた。

「逃げられると思ったのかよ……」

鈴香は一歩前に出て、鋭い声で問い詰める。

「あなたたちは学園の資金を使い込み、その穴埋めのために美術品を不正に売却したのですね」

理事たちは互いに顔を見合わせ、額に汗をにじませる。言葉は出ず、沈黙だけが重く落ちた。

「帳簿も、入出金記録も、すべて確認済みよ。逃げ場はないわ」

息を整え、鈴香は一段と鋭い声で続けた。

「どうしてこうなったか、教えてあげる」

鈴香は一呼吸置き、はっきりと言い放った。

「学園にある美術品が本物に置き換わっていたのは、あなたたちが売ったものが贋作だと信じ込ませたのは――わたしたちよ!」

理事たちの顔色が変わり、観念の色が広がっていく。

「差出人不明の脅迫メールが届いたでしょう? 『あなたたちから渡された美術品が偽物で、大きな損失を受けた。本物を寄こさないと、どうなっても知らないぞ』っていう──あれを送ったのも、わたしたちよ。うまくだまされてくれたわね」

理事たちがざわめく。誰もが信じられないという顔を浮かべた。

「あなたたちはもっと深く考えるべきだったのよ。学園から持ち出したはずの品が、なぜ本物と鑑定されたのか……その矛盾に気づけば、真相は見えたはず」

理事たちの顔色が青ざめていく。

「本物はすべてわたし達が買い戻したわ。すべては、誰が不正に関わったのかを確かめるための、仕掛けだったのよ!」


突然、扉が勢いよく開いて、廊下の向こうから制服警官たちが駆け込んできる。争いも叫び声もほとんどなく、すぐに理事たちは取り押さえられた。事件は緊張感のまま劇的に終息した。

鈴香は深く息をつき、背筋を伸ばした。心の奥で達成感と安堵が混ざり合い、胸が熱くなる。

颯太は冷静な眼差しで周囲を見渡し、綾音は静かに微笑む。

周平は思わず拳を握り、胸を撫で下ろした。

「やった……な」

その場には、勝利の余韻と、正義を貫いた確かな手応えが満ちていた。


そのとき――収蔵庫の扉が轟音とともに開き、眩い光を背負った派手なスーツ姿の男が姿を現した。スーツの金糸が光を反射し、室内の空気が一瞬煌めく。

神戸グループ会長にして、鈴香の父である。彼は豪奢な笑みを浮かべ、豪快に娘の隣に陣取った。

「私の可愛い娘の探偵活動に、金の力が必要だそうじゃないか! この学園の不正を暴いてくれて感謝する。私が再建しよう」

その場には、他には誰もいないのだが、鈴香は空気を読んで、その男に向けていつものセリフを叫んだ。

「うるさいわね! わたしの推理の邪魔をしないで!」

周平は恐縮しつつも、興奮がおさまらない様子だ。

「いやー、劇的な幕引きになったな。名場面だったって、せりなちゃんに自慢できるわ……」

颯太はため息交じりに苦笑しながら「ほんとこのコントいいよな」とつぶやいた。


警察が事情を整理し、不正を働いた理事たちはその場から連行された。

事件は解決した。

だが、理事会の不正が明るみに出たことで、学園の信頼回復には大きな手当が必要となるだろう。

鈴香は、静かに周囲を見渡した。月明かりに照らされたその場所で、仲間一人一人と視線を合わせると、そこには確かなものが感じられた――四人の間の信頼、連帯、そして次に進むための決意。

鈴香たち四人の絆はさらに強く結ばれた。

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