第4章
放課後の教室。
前日に総合高校を訪れた鈴香たちは、入手した情報を整理しながら、事件の真相に迫ろうとしていた。机の上にはノートパソコンとタブレットが並び、画面に映る映像や文字を窓から差し込んだ光が柔らかく照らしている。
外のざわめきは遠く、教室には静けさの中に緊張感が張り詰めていた。
颯太は画面から目を離さず、口を開く。
「昨日の聞き込みだけでは、事件の全体像はまだ見えてこないな」
周平は椅子の背にもたれかかり、ため息をつく。
「総合高校周辺の聞き込みをしてみたんだけど、たまたま同じ日に総合高校の近くで交通事故があって、その話題ばっかりで……バイオリンに関する情報はゼロだったんだ……」
綾音も軽く首をかしげながら、追加で入手した情報について説明した。
「学校玄関に監視カメラが設置されているものの、事件当日の映像には、不審な人物や、三沢様以外でバイオリンを持っていた方は確認されなかったとのご連絡がありました」
鈴香は小さくうなずき、今後の方針を打ち出した。
「そうなると……現場以外の情報源を探す必要があるわね」
颯太がふと視線を上げた。
「ちょっと待ってくれ。カメラ映像ということは……」
そう言いながら、指先で机を細かく叩く。
「もしかすると、その交通事故のニュース映像に何かが映り込んでいるかもしれない」
鈴香はハッと顔をあげ、すぐに立ち上がる。
「そうね、今はどんな情報でも欲しいから、わたしからお願いして入手するようにするわ」
颯太は驚きの視線を送った。
「さすがだな。自分の力を使いこなすことを覚えたか」
数分も経たないうちに、綾音のタブレットには複数の動画ファイルが次々と転送されてきた。画面の右上に表示されるダウンロードの進捗バーが、めまぐるしい速度で伸びていく。
「……思ったより多いわね。わたしが急がせたからかしら……大丈夫?」
鈴香は眉をひそめ、タブレットの画面を覗き込んだ。そこにはファイル名の一覧が整然と並び、軽く数十件を超えていた。
「これじゃあ、全部確認するのに一晩はかかるんじゃないか」
周平が心配そうに画面を覗き込む。
「問題ありません」
綾音がいつの間には取り出していたノートパソコンのキーボードに指先を滑らせると、画面上にはサムネイル次々と表示され、瞬時に振り分けが開始された。
周平が体を乗り出し、興味深そうに画面を凝視する。
「……えっと、これは?」
「スクリプトでニューラルネッ……動的にアルゴリズムを再構……ます。生成……プロンプトをディープラーニングの推論モ……精度を逐次補正しています」
「……それって、簡単にいうと?」
「すべてAIが自動で実行してくれます」
鈴香は、淡々と説明する綾音に頼もしさを覚える。
「なるほど、わかったぜ!」
周平が頭をかきながら苦笑いした。
鈴香もつい吹き出しそうになるが、綾音はまったく動じず、画面に視線を注いだままだ。
「……す……ご……い……な……」
鈴香がふと横を見ると、そこには、うまくリアクションできず固まっている颯太の姿があった。
不要な映像が一つまた一つと自動的に除外されていく。数分後には、画面上のファイルはわずか数本にまで絞り込まれていた。
「じゃあ、ここからは映像を一つずつ確認していきましょう。真相に近づくための手がかりは、きっとこの中よ」
「承知しました」
綾音は残りのニュース映像を次々に確認していく。画面には総合高校周辺で発生した交通事故の様子が表示されている。
「……ちょうど事件当日の午後のようですね。どの映像も短いですが、総合高校近くの幹線道路の様子が写っています」
綾音は一時停止やコマ送り、拡大と縮小を繰り返し、ほんの一瞬の動きも見逃すまいとするように、映像を丹念に確認する。
「この映像で、黒いケースを抱えた人物が歩いています……これは、水沢様と思われます」
鈴香は画面を凝視し、唇を引き結んだ。
「……確かに、間違いなく美月さんね。これはバイオリンのケースじゃないかしら……?」
いつの間にか復活していた颯太の目が輝く。
「つまり、水沢部長は自らバイオリンを持ち出た可能性が高い。だとすれば、この事件は自作自演だ」
「そうね。美月さんがバイオリンを自ら運び出しながら、盗難されたと嘘をついている。ここまでの情報をもう一度整理してみましょう」
鈴香は颯太に目線で合図を送り、冷静に要点を整理していった。
「これまでの調査で、美月さんについて分かったことを整理すると――
・ロボット研究部への支援を羨ましく思っていること
・二学期に入ってから高価なバイオリンを学校に持ち込むようになったこと
・誰にも言えない悩みを抱えていること
そして今日、ニュース映像で確認できたのは――
・自らバイオリンのケースを抱えて校外へ出ていること」
周平が大きくうなずいた。
「この四つが揃うと――やはり、盗難は狂言で、水沢部長の自作自演だな」
鈴香は画面を指でなぞりながら静かに続けた。
「ロボット研究部への支援が夏休みに行われたことを聞いて同じように支援を得るために、二学期に入ってから計画を立てて高価なバイオリンを学校に持ち込むようになったんじゃないかしら?」
綾音が慎重に言葉を選び、タブレットの画面を閉じる。
「そう考えると筋がとおります。推理として成り立っています」
しばらくの沈黙の後、颯太は三人を見渡しながら、問いかけた。
「情報の整理はオレの役割だと思ってたんだけどな……もしかしたら水沢部長は、ロボット研究部の事件の真相を知っていたのかもしれない……」
「じゃあ、学芸高校のときのように、同じバイオリンを持っていけばいいのか? 二本そろえて」
周平が椅子にもたれ、軽く肩をすくめながら言う。
「いいえ、そのときとは大きな違いがあるわ。今回は、犯人と思われる方が依頼者なのよ」
鈴香は周平を制するように言い、唇をきゅっと結んだ。
「それに、高価とは言っても一本のバイオリンです。非効率ですが、水沢部長も備品のバイオリンを使えるはずです」
綾音は冷静に補足し、再びタブレットを開いて資料を確認する。
三人の意見をじっと聞いていた颯太が、ゆっくりと言葉を発した。
「やはり、水沢部長と話し合うべきだろう。ただし、それをどう行うかが問題になるな」
鈴香は颯太に対して微笑んでから、既に頭の中で組み立てていた考えを順に説明していく。
「考え方は二つよね。
映像を証拠として突きつけて美月さんを犯人として糾弾するか、
映像は見せず、あくまで噂として自作自演の可能性を問い掛けつつ、美月さんの悩みを打ち明けてもらうようにするか」
「オレはどちらでもいいぜ。お前がリーダーだ。お前が決めるんだ」
鈴香を見据えての颯太の発言は、挑発的というより信頼が感じられた。
鈴香は、少し時間をおいて心を落ち着かせ、自分の決断を伝える。
「美月さんを犯人として糾弾してしまうと、バイオリンの盗難という事件については解決するでしょうけれど、その背景にあると思われる弦楽部の問題は残ったままになるわ。今回は、話しやすい状況を作って、できるだけ本人から話してもらうようにしましょう。美月さんの悩みを聞いてあげたいの。映像は、どうしてもというときの切り札にするわ」
綾音がうなずきながら答えた。
「承知しました。映像を準備しておきます。一つご提案なのですが、四人ではなくお嬢様と颯太様のお二人でお会いされてはいかがでしょうか。少人数の方が水沢様もお話ししやすいと思います」
「そうね、そうするわ」
鈴香は納得の表情で賛成したが、周平は明らかにがっかりしていた。
「俺は、できりだけ話しやすい雰囲気を作るようにするつもりだったのに……」
颯太が穏やかに口を挟む。
「オレはあまり喋らないようにするぞ。でも、もし水沢部長が動揺したら、なんとかフォローするよ」
鈴香は仲間のチームワークに安心感を覚えた。
「決定ね。まずは颯太と二人で、落ち着いた場で美月さんに会うわ」
四人は互いに小さくうなずき、これからの段取りを詳細に詰め始めた。
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