第8話 影の取引

 アーサーは新たな手がかりを求めて、ロンドン東部の古い倉庫街に足を踏み入れた。前日在書店で見つけた納入元の印――それはこの界隈で活動する特定の古書業者組合のマークだった。雨に濡れた石畳が不気味に光る。


「危険すぎるな」彼は自分に言い聞かせた。しかし、考古学者としての好奇心が勝った。


 倉庫の一角にある「ハーグリーブス商会」の看板が、風に揺れきしんでいる。中からは古い紙の匂いが漂ってきた。


 中に入ると、痩せた男が埃まみれの本の山を整理していた。

「用件は?」男は疑わしげにアーサーを見上げた。


 アーサーは慎重に言葉を選んだ。「先日、オルドリッチ書店から納入されたある書籍について調べています。学術研究のためです」


 男の目がわずかに動いた。「オルドリッチだと?そちらとは取引が...」


 その時、背後で物音がした。アーサーが振り返ると、三人の男が倉庫の入口に立っている。彼らの佇まいから、単なる客ではないことは明らかだった。


「どうやら人気のない場所に来てしまったようだな」リーダー格の男が冷笑した。


 アーサーの喉が渇いた。これは罠だったのか?しかし、彼らがどちらの勢力なのかはわからない。


「おい、ハーグリーブス」別の男が店主に向かって叫んだ。「例の『荷物』は用意したか?」


 店主は蒼白になった。「もう少し時間を...」


 アーサーは状況を素早く分析した。これは単なる偶然の遭遇だ。彼らは別の用事でここに来たのだ。しかし、この状況は危険だ。


 彼は静かに後ずさりし、影に身を隠した。考古学者としての訓練――遺跡での潜伏技術がまた役に立つ。


 男たちと店主の取引が始まった。どうやら密輸品の話らしい。アーサーは息を殺して聞き耳を立てた。


「...ウィンチェスター氏の注文品は来週までに必ず届けろ」

「ですが、あの書籍は監視リストに...」


 アーサーの心臓が高鳴った。ウィンチェスターという名前が出た。


 突然、倉庫の外で車のエンジン音がした。男たちは警戒し、武器を構える。


「警察か?」

「違う、あの連中だ」


 新たに現れたグループ――どうやらもう一方の勢力らしい。倉庫内の緊張が一気に高まった。


 アーサーはこの混乱に乗じて脱出することを決めた。彼は物陰を伝い、裏口へと向かった。しかし、その途中で目にしたものに足が止まった――開いた帳簿に、エディ・ウィンチェスターの名前と、東欧からの「特別な」荷物の記録が。


 彼は瞬間的に判断した。帳簿のページをめくり、重要な部分を写真に収める。最新式の小型カメラは、MI6支給品の中で最も役立つものだった。


 外に出ると、雨は激しさを増していた。アーサーはコートの襟を立て、人混みに紛れ込んだ。背後では、二組の男たちの争いが始まろうとしている。


 その夜、アパートの暗室で現像した写真には、驚くべき内容が写っていた。エディ・ウィンチェスターが定期的に東欧から特定の「魔導資料」を輸入している記録。それらはすべて、英国では入手困難な禁制品ばかりだった。


「これで決定的だ」アーサーは呟いた。


 しかし、彼は知らなかった。この発見が、さらに深い闇へと導く鍵であることを。そして、この帳簿にはもう一つの重要な記録――マルコム卿の偽名での取引記録も含まれていることに。


 翌朝、アーサーがアパートを出ると、向かいの建物のカーテンが微かに揺れた。二組の監視者たちは、新たな指令を受け取っていた。ゲームは次の段階へと進もうとしている。

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