第17話 祭囃子で始まる夏(1)
テストも終わり、なんだかんだで夏休みになった今日この頃。浮き足立つ気持ちを抑えて待ち合わせ場所の駅前に向かう。
「よっ、圭」
「……うっす」
「なんか反応悪くない?」
「気のせいだって……」
集合時刻の少し前、湊馬がやって来た。念のため言っておくが、もちろん、こいつと会うから浮き足立っていたのではない。本命は……
「おっまたせー!」
「お待たせしました」
彼女の白い浴衣に身を包んだ彼女に目をやる。
淡い灰紫の花模様が風に揺れる。黒地に金の帯が、楚々とした彼女の佇まいに不思議な気品を添えていた。手にした小さな巾着の赤い紐が、唯一の鮮やかな色を添える。
そんな彼女に見惚れていた俺に気づいた彼女が、首を傾け笑う。その仕草にいっそう俺は――
「――いって!」
「もう、かるみん。見過ぎ」
「だからって、デコピンする必要ないだろぉ!」
「うちもいるのに視界にすら入ってないのは乙女の自信的に……」
「似合ってる、似合ってる」
「テキトーすぎでしょ!?」
「よし、あとは頼んだ湊馬」
「え? ぼ、ぼく?」
「あ、ちょっと……!」
そう言って金森担当を湊馬に押し付け、九重寺の手を握って歩き出す。需要と供給ってやつだ。
そう、今日は夏祭り。みんな大好き夏祭り。と言っても、この短い人生で一度しか行った記憶はないが。だって、屋台を楽しむ金銭的余裕がなかったんですもん。
そんな悲しい過去に浸っていると、何やら物欲しそうな顔で彼女の視線を浴びていることに気がつく。
「……な、なんですか」
「感想まだかなーって」
「さっきの反応通りですよ」
「沙月ちゃん、言葉にしてほしいなー」
ニヤニヤして俺の顔を覗き込んでくる彼女。少しムカつくが、早くこの視線から解放されたいので諦めて口を開く。
「似合ってる……」
「ふふっ、偉い、偉い」
そう言って俺の頭を撫でる彼女。俺も俺で、なんでされるがままになっているのだろうか。これじゃあ完全に、飼い主とペットの構図だ。
「うわ、人前であんなイチャつけるなんて……」
「同感だね……」
なんか後ろから聞こえた気がしたが、振り返ってもいいことがない気がしたので、あとで冷やかしてやろうと思った。
***
「すっごい人だねー」
「ちょっと舐めてたね」
窮屈な人混みの中で足を置く場所を探しながら進む。夏祭りなんて小学生以来だが、こんなに混むものだったのか……
人の流れに身を任せながら進んでいたが、空いているスペースを探して話し合う。
「提案があります」
「なんでしょう、さつきっち」
「4人でこのまま散策するのは困難です」
「そもそも横並びで歩くなんて無理だしね」
「なので、2人ずつに分かれて一時間後に合流しませんか?」
「なるほどな」
花火というのは、別にここで打ち上がるのではない。あとで目星をつけている公園で、手持ち花火をやると言う話をしていたのだ。
九重寺の提案を受け、自然に二人組に分かれる。
「ま、こう分かれるよね」
「大丈夫ですか、金森さん」
「……え!? 大丈夫だし、全然問題ないし!」
「ほんとかよ……」
見るからに動揺の隠せない金森に頭を抱える。いつもの自信はどこにいったんだよ……
「じゃ、後ほど」
「九重寺さんに夢中になりすぎて時間忘れないでね」
「うっせ」
「…………」
湊馬とガチガチに緊張して動きが固い金森の背中を見送りながらあたりの様子を見る。
道ゆく人々は祭囃子に流されて、誘われるように屋台へ吸い込まれていく。提灯の光が子供の笑顔を照らす。最後に来た時より随分と高くなったたこ焼きの値札にギョッとする。
「新鮮、と言った様子ですね?」
「……ああ、夏祭りなんて随分と久しぶりだからな」
「ふふっ、キャッ……!」
彼女が元気いっぱいに走る子供とぶつかりバランスを崩す。繋いだ手に力を入れて、こちら側に引っ張る。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
安堵に包まれた彼女にホッとしたのも束の間、彼女の「ゆるみ」に気がついて、バッと顔をそらす。
「そろそろ、離れてくれるとありがたいんだが……」
「……? 何でですか?」
「いや、その……」
「……?」
「……それ」
「それ?」
九重寺の視線が俺の指の刺す方向を見て、固まる。次の瞬間、顔をぱっと赤く染めた。
そのまま俺の元から勢いよく離れて数歩下がると、視線を泳がせながら口を尖らせる。
「……えっち」
……その反応はズルいですよ。
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