第9話 共に楽しむ壮途の夜
首飾りから、鈴の音がリンと時おり音を立てる。
膝に抱えた水瓶を見つめている彼女を振り返り、リアンクは肩を跳ねさせた。
(いつのまに?!)
身構えるリアンクに、女性は続ける。
「私は……占い師をしているティンリィ……。あなたの名は……?」
ティンリィと名乗った女性は、長い睫毛の隙間から紫の瞳を覗かせる。
「……初めまして、ティンリィ。私はリアンクと申します!」
「あなたは大事な願いを抱えている乙女ですね……」
「え?! ええ、いかにも! 私は神話時代より使命を与えられた一族唯一の乙女であります!」
胸に手を当て、背筋を伸ばしたリアンクは、ハッキリと返事をする。
すると彼女の予想外な動きを見て、ティンリィは眉をひそめた。
「あなたは己の正体にも気づいていないのですね……おかわいそうに……」
彼女の言葉に、リアンクは目を丸くして驚く。なぜそんなことを言われるのか全く分からない。
「オウオウオーウ! まーた詐欺に引っ掛かってんのかよ、麗しいお嬢さんよォ!」
するとドタドタと賑やかな足音を立て、バイドギルの声が小路に響く。
どうやらもたもたしている間に見つかってしまったようだ。
「詐欺……? 私はまだ一度も詐欺に引っ掛かったことはない一族いち優秀な乙女ですよ!」
そんな世間知らずの乙女の言葉にバイドギルは大笑いで返す。
「昨日も引っ掛かりかけて、ここに来るまでの間に引っ掛かって、今もなお引っ掛かっておいてよく言うぜ!」
「なにをおっしゃいますか。私はここに来るまでも優しい酒場のご主人に教わったことを守り、ここまで来ております! そして今は占い師ティンリィと言葉を交わしていただけです」
彼女は腰に手を当てて首を傾けたあと、また胸に手を当て凛々しく答えた。
「ガハハハハ! バッカだな! この町は詐欺師の町だぜェ。それぞれが能力を磨くためにこの町で休むのさ! とっころでぇ……昨日の兄ちゃんはどこに隠れてる?」
バイドギルは面倒なものを避けたい様子で、顔を俯けて辺りを見回す。
そんな彼にリアンクは正直に返した。
「スティーラィなら二日酔いです。バイドギル、あなたはお元気そうですね」
「ナハハハハ! あの兄ちゃん二日酔いか! そりゃ残念だな!」
「ええ。とても顔色が悪く、心配であります。商店アズリカで
リアンクが胸元のブローチを撫でると、バイドギルは大爆笑。なんて陽気な人だろうと、リアンクは驚きながら彼の言葉を聞いた。
「そーかそーか! にしてもこりゃ……昨日の対戦にゃ負けたが、俺は世界いち二日酔いに強い男! つまり真の勝利は俺のこの手にあるってことだなァ! アッハッハ!」
「バカなギル……あなたは二日酔いになっても気づかないだけでしょう……」
「このバイドギルさまをバカと呼ぶな!」
二日酔いごときに負けているとは、スティーラィもまだまだ小僧だと笑うバイドギルに、ティンリィがバカなギル……とまた囁く。それにまた怒りを返す忙しそうなバイドギルの口に大きい飴玉を放り投げると、ティンリィが再びリアンクに声をかけた。
「ところで……願いの星のお嬢さん……あなたは私の言葉に動揺を見せませんね……」
「なにか動揺の必要な場面がございましたか?」
ティンリィはその切れ長な目を大きく見開いた。
この乙女もなかなかに頭が悪いようだ。そう憐れまれているとも知らず、リアンクは続ける。
「もしかして、私の正体……ということについてのお話でしょうか? だとしても、私には関わりがないことです」
「己の正体だというのに、関わりがない……ですか?」
「ええ。私は変わらず、私でありますから! それ以上の理解がなぜ必要でしょうか?」
ティンリィとバイドギルは口をぽかんと開き、リアンクを見つめる。
そのまま乙女はさらに続けた。
「確かに私は星のように輝く髪に、海のように蒼い瞳をふたつも輝かせ、確かに美しいとは存じます。星と形容されることは甘んじて受け入れましょう」
「いえ……そういう意味ではなく……」
「しかし! これらは私が私である理由のひとつであるだけです」
天真爛漫な笑顔で胸と腰に手を当て、背筋を伸ばす乙女。
「そして真実の私を知る者は、この世に一人いれば良い。そう、その一人とは私のことです!」
そんな彼女に何も言えなくなったティンリィは、長い睫毛を伏せ、水瓶を覗いた。
「あなたとの旅は……きっととても……楽しいものになるのでしょうね……スティーラィと呼ばれる方が羨ましいです」
そう続ける彼女の言葉にはどこか羨望や嫉妬の色を孕んでいるように感じる。
リアンクは咳払いをすると、ひとつの提案を持ちかけた……。
◆
「遅いぞ……どこまで行って……」
スティーラィは気づく。リアンクの後ろには見覚えのある小さな男。そしてリアンクと同じような背丈の見覚えのない長身の女の姿……。
「ヨォ、兄ちゃん! 二日酔いだってな!」
「アズリカへは……私どもがきちんと案内して差し上げました……」
「おい黙れ……」
スティーラィの顔色がだんだんと土気色になっていく。そんな彼に
「スティーラィ! 見ての通り私たちに仲間ができました!」
夜鷹の顔色が一層悪くなると、彼はフラフラと後ずさり、椅子に当たると音を立てて腰かけ、座ったまま動かなくなった。
◆
スティーラィの二日酔いは、リアンクのお使いの成果によって無事、回復となった。
リアンクも一口頂いたが、あまりの苦さと辛さに顔をしかめるだけであった。
「なぜあのふたりを連れて行くのだ」
スティーラィは
「うーん。そうですね……ティンリィが寂しそうだったからとでも言いましょうか」
「寂しそうな者を見かけたら仲間を増やすのか……?」
リアンクは首を振る。
「いいえ。ティンリィの眼差し……バイドギルの底なしの明るさ。私はそのふたつに信頼を覚えました」
信頼。スティーラィは自分が初めのころにリアンクから言われた「あなたのその眼差しは信頼に足る」という言葉を思い出した。
「ティンリィは占い師だと言いますから、月光の導きが強まるかもしれません。バイドギルは喧嘩という品を扱うほどですから、強いでしょう。スティーラィの負担も、このふたりが加わることで和らぐとも思いました」
スティーラィが呆れたようにため息を吐き、こめかみを抑える。リアンクはそんな彼を横目にベッドへ横たわった。
「占い師であるという言葉を信じているのか? この詐欺師の町で、安易に人を信じるなど……」
リアンクはその言葉を聞いているときも、自信に満ちたまっすぐな瞳で天井を眺める。
「信頼とは武器であります。詐欺師は疑われないように生きるのでしょう? ならば、こちらが信用を得るには、信頼を向けることが近道です」
鷹の目が丸く開かれ、リアンクを視界に収める。一方リアンクの視線は天井から窓越しに見える月光へと移っていた。
「疑い、疑われる中で生きるとは過酷でしょう。ならば一人くらい、私のように信頼を向ける者があってもいいと思ったのです。それに、私の疑いが足りないときは、スティーラィ……あなたが助けになるでしょう」
リアンクの信頼には、少しずつ優先順位が芽生えていた。
己の心を一番に信じ、次にスティーラィ……それ以降は自分でも明確には並べられていないが、ただ無作為に人を信じているわけではないと、リアンクは言っているようだ。
「なぜそこまで、俺を信用する」
「あなたは何度でも私を助けてくれました。風邪を引いたときは傍にいてくれましたし、合羽を買ってくれました。この町では身体がつらい中、私に忠告をくださいました。あなたの優しい心を、私は見つめているのです」
蒼い瞳がスティーラィを映し、その色を濃くする。
スティーラィは自分のせいでリアンクが穢れることを怖れ、顔を背けた。
「無計画ではないのなら、それで良い」
そう言うとリアンクから背を向け、夜鷹はベッドのふちに腰かけた。
(スティーラィ。何をそこまで恐れているのでしょうか……)
リアンクの瞳が揺らめく。
深い夜の背中をしばらく見つめると、乙女は静かに瞼を閉じた。
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