第14話 幼女に尻餅をつかされた気持ちはどう? ねえどんな気分?
ふわりと、幼女の白髪が風に揺れる。
「おいおい、あいつ今持ち上げられなかったか?」
「いやあ、さすがに手加減したんだろ? あんな子供が相手だし……」
「手加減でどうやって小さな子供に持ち上げられるんだよ?」
目の前で起こったことに兵士たちは口々に話をしていた。
それらを聞き流しながら、エリーはドッドッと激しく動く心臓をなんとか抑えようと必死だった。
大勢の前にさらされているこの状況に緊張している……というわけではない。問題は、もっと別のもの。
『エリー、お前……魔術を使ったな?』
「!」
聞こえてくるのはラルの声だ。
その指摘に、エリーの心臓はドキリと跳ねる。
実際ラルの指摘通りだったからだ。エリーは素早くサミエルの懐に潜り込み、足を掴んだ。
そして、その場で踏ん張り足ごとサミエルを持ち上げた。……風属性の魔術を使って。
エリーが"魔物の巣窟"に落ちた時と同じ要領だ。ふわりと風で包み込み、対象を浮かせた。
ただ、サミエルや周囲にバレないように気は遣ったが。ぶっちゃけ卑怯な気がしないでもない。
『人前であまり魔術は使うな』
(わかってるって。人が魔術を使ってるなんてバレたら目立っちゃうもんね)
一応バレないようにやった。……それに人は魔術を使えないからこそ、それが魔術と考えることすらないだろう。
それでも、できるだけ控えるべきだろう。
カリアたちの話によると、魔術を使えるのは人間以外の種族らしいし。
……異世界で、人間以外となればやはりエルフとかいるのだろうか。ちょっとワクワクする。
「大丈夫、私だってそのへん、ちゃんと考えてるから」
『……ならいいが』
本当にわかっているのか? といったニュアンスを感じる。失敬な。
ともあれ、今のやり取りでエリーが魔術を使ったと考える者はいない。
ただただ、怪力幼女が大の大人を投げ飛ばした……という"だけ"だ。それだけでもわりと注目を集めてしまうが。
「て、めえ……!」
「そこまでだ。丸腰の子供に剣を抜くようなら、さすがに私も見過ごせない」
「……っ」
立ち上がるサミエルが腰の剣に手をかけるが、今度こそグルグから待ったの声がかかる。
先ほどとは違い真剣味を帯びた声色に、それを前にサミエルは「うっ」と声を漏らす。
「し、しかし! 見たでしょう、俺を投げ飛ばしたんですよ!? やっぱり普通のガキじゃない!」
「……確かになにも不思議に思わないわけじゃない。だが、お前から持ちかけた勝負だろう……尻をつかせれば彼女の勝ちだ、と。負けた以上、お前になにも言う権利はない。
第一、尻をつかされたらつかされたで異議を訴えるなど、騎士団員以前に男として……」
「……っ、わかりました、わかりましたよっ」
グルグから発せられる圧に、サミエルは剣の柄を握った手の力を抜く。
それは納得して……のものだと嬉しいが、恐らくそうではないだろう。
納得いっていない様子のサミエルに軽くため息を漏らしつつ、グルグは振り向きエリーへと目線を合わせる。
「いやあ、すごいなお嬢ちゃん。大の大人を、それも鎧で固めた男を投げ飛ばすなんて」
「あ、ははは。まあ、たまたまと言いますか……」
正直、エリー自身今の件についてもっと突っ込まれてもおかしくないとは思っていたが……疑問に思ったのはサミエルくらいだ。
いや、みな疑問には感じているだろうが、サミエルほど表に出していないだけか。
ともあれ、これでエリーの無実は証明された。
……その代わりになにか色々なもの疑念を抱かれている気がするが。
「さて、指名手配犯も捕らえたし、国へ戻ろう。お嬢ちゃんも一緒に行こう」
「え、いいの?」
「もちろん。旅人と言うなら、帰る場所もないのだろう」
にこり、と強面の男は笑顔を浮かべる。
彼なりにエリーを安心させようとしているのだろう。正直普通の三歳児なら号泣ものだが、エリーもにこりと笑って応える。
それから、部下たちが指名手配犯を運ぶ。先頭からサミエル、部下たち、そしてグルグとエリーといった配置だ。
『……エリーについて特に怪しんだ風もないとは。ちょろいな』
(ちょっ、そういうこと言わないっ)
『こちらとしては助かるけどな。ま、あっちはそうでもないみたいだけど』
頭の中でラルが指摘する人物に、エリーは視線を向ける。
それはチラチラと後ろを……というかエリーを気にしたサミエルであった。
(ものすごい睨みつけられてるなぁ)
その様子に、エリーは思わずため息を漏らした。
「! 疲れたかい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
どうやら今のため息を疲労と勘違いしたグルグが、エリーを心配してくれる。
「あの……ちょっと聞きたいんですけど」
「なにかな」
「あの怖い人……どうして私に、あんなに敵意むき出しなの?」
思い切って、聞いてみることにする。この距離なら、あの怖い人……サミエル本人に聞こえることもないだろう。
エリーが誰を指しているのか気づいたグルグは「あぁ」と口を開く。
「子供が嫌いって言ってたけど、だとしても……あの嫌い方は異常というか」
こんな所にいる謎の幼女を警戒するのは、まあわからないでもない。モンスターや魔物、ドラゴンまで居る世界だ。
あの指名手配犯のように、人間であっても危険な者は居る。まあそれは元の世界でも変わらないが。
だとしても、このように小さな存在をあんなにも毛嫌いし、セリフすら支離滅裂なのはどうしてなのか。
「すまないな。あいつは……ある出来事から、子供を嫌うようになってしまって。それも、キミにやったみたいに必要以上に」
「ある出来事?」
「……悪いが、勝手に話すわけにはいかない。あんなのでも、大切な部下の一人だからな」
エリーに親切にしているグルグだが、同時に隊長としての立場も忘れない。
いくら無害な子供に見える相手でも、部下の秘密を勝手に話すことはない……ということだ。
それがわかったからエリーも、「そっか」とそれ以上聞くことはなかった。
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