第9話 復讐をこの胸に抱いて



 ……いったいどれほどの時間、そうしていただろう。涙は枯れ、喉ももう大声は出せないほどに酷使してしまった。


 誰も、エリーの声に反応しなかった。近くにドラゴンは、もういない。

 そして生きている者も、もういない。


 生まれたときから、捨てられ……家族と呼べる者は、ここにいる魔物たちだけだった。

 しかし、その家族を奪われた。また、ひとりぼっちになってしまった……


『……エリー、か?』


「え?」


 声が聞こえた。誰もいなくなってしまったと思われたここに。

 弾かれたように、エリーは顔を上げた。そして、声の方向を見た。


「ラル!」


 こちらへと歩み寄ってくる魔物……名をラル……に、エリーは駆け寄る。そして、抱きしめる。

 彼は小さな狼のような魔物だ。小さなとはいっても、それはカリアに比べたらの話。エリーを背に乗せいつも遊んでくれた魔物だ。


 やはり黒い毛並みは、魔物であることの証明だ。しかし、今思うのはただ一つ。


 よかった、生きていてくれた。一人でも、生きていてくれた。これほど嬉しいことはない。

 対して、ラルはなぜだか困惑した様子だった。


「どうしたの?」


『いや……エリー、でいいんだよな?』


「そうだけど」


 おかしなことを言うものだ。きょとんとした表情を浮かべるエリーに、魔物は顔を背ける。それは、エリーの顔を見たくないから……ではない。

 彼の指すその先を、エリーも追う。そこには、水溜まりがあった。


 いつの間にか、雨が降っていたのだ。それで炎は消え、あちこちに水溜まりができていた。

 全然気づかなかった。まあ、そんなことはどうでもいい。自然と、エリーは水溜まりへと足を運ぶ。まさか泣き続けて変な顔になっているのだろうか。


「……え?」


 そこを、覗き込み……エリーは困惑の声を上げた。


「これ……私?」


 そこに映し出された顔は、エリーの知らない顔だった。

 ……いや、顔自体は知っている。毎朝自分の顔を見ていた前世に比べれば、その頻度は少ないが……それでも、自分の顔がわからなくなるレベルではない。


 問題なのは……髪の色だ。


「……」


 自然と、髪の先に触れる。

 ブロンドの美しい髪は……いや美しかった髪はその色素をなくし、白髪へと変貌していた。


 目の色は、変わらず海のようにきれいな青だが……こんなことが、あるのだろうか。

 ここに映っているのが間違いなんてことは、ない。これは鏡のようなものだから。


 ……このような見た目になってしまったのなら、ラルが困惑するのも無理はない。


『においも声も、お前のものだったんだが……確証が持てなくてな』


「そ、そっか」


 獣であるラルにとって、相手をにおいで判別するなんて朝飯前だ。

 おまけに発達した聴覚は、人間には聞けないものだって聞ける。声を判別することもわけはない。


 その二つがこの幼女をエリーだと言っているのに、それでもすぐに信じることができなかった。

 それほど、髪の色が変わってしまったのは印象が変わるものだ。


「……もしかして」


 聞いたことがある。髪が白くなる理由として、過度なストレスが考えられると。

 エリーの目の前で起こった惨状を思えば、それも当然と言えるだろう。


 だが……所詮、髪の色が変わっただけだ。

 むしろ、前世では黒髪だった自分が転生したことによりブロンドの髪になったことを思えば、髪の色が変わった程度どうということはない。


『エリー?』


「……私は私。うん、大丈夫だよ」


 見た目が変わっても、性格まで変わってしまったわけではない。抱きしめていたカリアの形見を見つめ、エリーはうなずいた。


 ……いや、変わってしまったものなら、一つある。異世界に転生し、いきなり命の危機こそあったもののその後は魔物たちに育てられ、平穏な人生を送る……そのはずだった。

 しかし、その気持ちは砕かれた。それも、悪意ある者の手によって。


 ……いや、悪意があったのかそれとも気まぐれなのか。そんなことはどうでもいい。

 ただ起こった出来事だけが、事実。忘れられない光景こそが、真実。


 だから……


「ねえラル。私決めたよ」


『……なにをだ?』


 ただ一瞬のうちに、全てを焼き尽くされた。

 仲間の、友達の、親の……彼らの死に、せめてこれまでのお礼と、そしてお別れを伝えることすら叶わなくて。


 全てを奪った存在への怒りが、憎しみが……それだけが残っていて。


「私は……私の家族を奪ったあのドラゴンを、探し出す」


『……探して、見つけてそれからどうする?』


「殺す」


 それは、前世でも抱いたことのない感情。


 深い意味もなく「死ね」「殺す」などと言う連中がいる。そんなうわべだけの台詞など、クソ食らえだと思えるほどの真に迫った感情が。

 ドラマや舞台などフィクションで見る殺意などとは、比べものにならないリアルな感情が。


 エリーの胸の奥で、渦巻いていた。 


『……そうか』


「ラルは、どうする?」


『……あいつらは、お前が危険に身をさらすことなど望んでいない。頭では、そうわかっているのだがな』


 ギリリ……と、黒き獣は歯を食いしばる。


『俺も、奴を許すつもりはない。この気持ちがエリー、お前と同じと言うのなら……お前を止めても、きっと聞いてはくれないのだろうな』


「うん」


『ならば……俺も、お前に付き合おう』


 きっとこれが、正しい選択でないことはわかっている。それでも。

 家族を、故郷を奪われたのはエリーだけではない。全てを奪われ、それでものうのうと生きていけるほど大人でもない。


 全てを奪った存在への復讐を誓ったのは、一人だけではない。


「そっか、よかった。心強いよ」


 ラルの決意を聞き、エリーはにこりと笑った。

 その笑顔は、ラルがこれまで見てきた中で……一番、悲しそうな笑顔だった。


 ……もはやここにはなにもない。死した家族は残骸すら残っておらず、木々も、下手くそなボロ屋も、全てが燃えてしまった。

 ただ一つ、形見は……この牙だけだ。


 ぎゅっ、とエリーはそれを握りしめる。最後に、名残惜しむかのように周囲を見回して……


 一人と一匹は、歩き出した。



 ――――――



 第一章はここまでです。冒頭の?話は先の話で、以降の話はエリーがこの世界に転生してからの話になっています。

 別の命として転生した結果、この世界でどんな扱いを受けるのか。本来宿ることのない命として生まれた彼女は、手に入れたはずの家族を、場所を奪われて……復讐を決意するという章になっています。

 次回から、第二章 復讐を誓った幼女は冒険者となるが始まります。

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