第13話 謎の女性
「あ〜、なんか妙に疲れたな……」
午後6時過ぎの更衣室、
無理もない。勤務初日から命の危険を冒して
好の右頬に貼られた絆創膏が「あの出来事は夢では無かった」事を雄弁に物語っている。
「いきなり怪我しちゃったもんなぁ。お母さん怒るかな……?」
好の母親は早くに伴侶を亡くし、女手一つで好を育ててきた。
娘はテレビアニメの「絶対救命! マジカルレスキュー♡」が大好きで、命の大切さを深く知り、医療や救命の仕事に就く事を望んでいる。
しかし母子家庭で碌な蓄えも無く、何とか高校までは公立であるが高偏差値の学校に進学させた物の、次の大学となると経済的にかなり厳しくなってしまう。
好自身に推薦奨学金を得られる程の成績があれば良かったのだが、好の成績はそれにいま一歩届かない。
母としては「例えいくら借金してでも可愛い娘の為に金を工面する」つもりであったが、それにしても限度がある。
その様な状況で途方に暮れていた時に、好から「何年か働いて、貯金してから進学したい」旨の申し出があったのだ。
話を聞けば、娘が長年強く希望していた「人を助ける仕事」らしい。好本人の熱意に負けて母親はDG警備保障への就職を許可したのだが、「危ない事だけはしないでね?」ときつく言いつけていた。
それが初日から殺されかけた上に顔に傷を創って帰ってきたら母親はどんな顔をするだろう?
好は帰宅してから母親にどんな言葉を掛けられるのかを想像し、更衣室のベンチに腰掛けたまま大層気が重くなっていた。
「♪ふんふんふふ〜ん」
そこで好は初めて奥のシャワー室に人がいる事に気がついた。女性と思しき声で、楽しげな鼻歌が聞こえてきたのだ。
(
これまで好がDG警備保障で出会った人物は、受付の守衛と
通常の企業ならば他の従業員もいるはずであるし、当然女性もそれなりにいるはずである。
少し目を巡らせると、シャワーの脇にバスタオルと共に、好が身に着けている『Gフレーム』と呼ばれる黒い防護服が掛けられ、傍らには2振りの短刀が置かれていた。
そのGフレームは血と埃で汚れていたものの、傷らしき物は1つもない新品同様の姿をしている。
脇のラインは好の白、蛯原の青に対して赤である。
刀は40cm程の長さの物が2本、かなり使い込んであるのは素人の好でも何となく窺い知れた。
「おっと、誰か居たのかい?」
おもむろにシャワー室の扉が開き、中から濡れそぼった若い女が現れた。
身長は好よりやや小柄で155cm程、顔立ちから年齢は好より少し上だろう。
気の強そうな切れ上がった瞳にショートボブの黒髪が映えている。
相手の美貌、と言うか《オーラ》に加え、全裸の女性が目の前に出てきた事で好は大きく狼狽えてしまう。
「あっ! ご、ごめんなさい。変な事しようとした訳じゃなくて、その……」
好は決して覗きや窃盗を働こうとしたわけではなく、純粋に「誰だろう?」と思って近寄ったに過ぎない。
一方の相手は全裸を晒しているにも関わらず、体を隠すでもなく一向に動じる気配もなしに好を
やがて彼女は何かを得心した様に笑顔を咲かせ両手を打った。
「あー、貴女が噂の新人ね?! 聞いたよ、初出動でいきなり勤務違反やらかした『勇者様』だって!」
「あぅ、その節は大変申し訳無く……」
明暗分かれる2人の女性。好はまたここでも勤務違反を咎められるのかと恐縮してしまう。
「何言ってんの? 立派な事をしたんだから胸を張って良いんだよ。どうせ堅物の
バスタオルで体表の水分を拭いながら、女性は楽しそうに好に語りかける。
天勇とは確か蛯原の名であったはずだ。このショートボブの女性は蛯原と親しいのだろうか?
「は、はい。まぁ……」
蛯原にネチネチお小言を言われていたのは事実であるが、悪いのは自分であると理解してもいるので、好も煮え切らない生返事しか返せない。
「あっと、自己紹介がまだだったね。アタシは
タオルを体に巻いて今更ながらの自己紹介をする女性、もとい墨田。
「あ、はい。
頭を下げる好。だがまだこの墨田と名乗る女性が何者であるのかは不明なままであるが……。
「『カニちゃん』ね、了解。アタシはBチームのフェンサーやってんの。相棒のサポーターは
そう言えば好と蛯原で成る『Aチーム』の他に、別任務に赴いていた『Bチーム』なる人達が居るのは聞き及んでいた。
墨田は『フェンサー』だと言っていた。つまり蛯原と同様に武器を抜いてゴブリンと対峙する役目という事だ。
女性の身、そして好よりも小柄な身体で先ほど見かけた2本の小太刀で戦うのだろう。
戦闘に於いて全くの役立たずであった好には、女性でありながら
「で? あんたも仕事上がりだろ? 着替えないのかい?」
墨田に言われて、好は自分が未だにGフレームを脱いですらいなかった事に気がついた。
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