第2話 ”貴方が、私のオーナー? #2/2”
モソモソとした味気ない板状の合成食を飲用水で飲み込み、培養ポッドで就寝した翌朝。
起床システムで設定してあった午前7時に自然と覚醒し、熱めのシャワーを浴びる。
「これ1週間分買ってしまったが、流石にずっとは参るな。稼ぎの安定は必要だけれども、早急にもう少しましなものに切り替えないと」
合成食の原料は不明とされている。完全栄養とうたわれてはいるのはどれも同じだが、最低品質は本気で最低らしく、味が全くしない。味覚刺激物質すら組み込まれていないらしい。
深く考えるのをやめ、買ったばかりの一張羅に袖を通すと、早めではあるが空想探索管理組合へ移動用ビークルを腕輪端末で手配し、向かう。
1階大扉を抜け、さまざまな髪、皮膚の色をした探索者と思しき人類種。それとそのパートナーだろう、アバターに身をやつした異星体のざわめきの間を抜け、正面総合受付に向かう。人類種はみな筋肉量や嗜好の別はかなりあるものの、それぞれにおける大崩壊前の時代基準でいう理想体型を体現した美男美女の姿がほとんどだ。
昨日とは一転、ミニスカートと厚手のシームレス、黒のスーツスタイルに身を包んだミキに迎えられた。
「しっかり正装でいらしてくださいましたね、よくお似合いですよ♪ 本日は5階になります、どうぞこちらへ」
片腕を胸元にあて、美しい所作で中央円柱に設置された自動昇降機乗り場を示す。
円形の透明床板に乗ると、総ガラス製の筒状空間内部をふわりと昇っていく。
陽の光を再現したコロニー内部光を透かす、建物天井を彩る色とりどりのステンドグラス。
昇降機の床板と壁の間には隙間があり、透明な壁自体さまざまなカットが施され、プリズムのように天井からさす光を乱反射して七色の光を宿している。
「ちなみにこの円筒部はすべてダイヤモンド製なのです。大崩壊前の記憶に照らすと、信じられない贅沢ですよね~」
異星体達がもたらす地球外資源やダンジョン資源により技術体系の飛躍はもちろん、構造材質や装飾品の価値も大きく変わっているらしい。人類に刻まれている大崩壊前の記憶がそのありえない美しさに感嘆のため息をつかせる。
歩みに合わせ、ふわりと風をはらみ揺れるミキの桜色の髪を追い、やってきた5階奥の扉は正面入り口のように美しい彫刻が施され、また随所に宝石が華美にすぎぬ程度に品よく配置された豪華なものであった。
「パートナーの異星体様はすでにこちらでお待ちです。ここからはどうぞ、ナオさんお一人でお入りください。わたくしはこちらでお待ちし、全て終わられまして後、お迎えにあがります」
扉を開けた先の部屋は異世界に迷い込んだかのような様相を呈していた。
中央まっすぐに進む通路は毛足の長い漆黒の絨毯が敷き詰められ、進む足を柔らかく受け止める。
通路両脇には色とりどりの宝石を加工して造られた宝石花が、花園のごとく咲き誇り、部屋一面を覆う。
煌びやかな巨大なシャンデリアが落とす灯りは部屋の中央を照らし、部屋の隅へ行くにつれ茫洋とした闇に溶け込み、見通すことができない。
通路を進む中央には、神殿で神に供物をささげる祭壇がごとき大理石調の台座。
台座は七色の光を発する液体が絶えず流れ出る泉に浮かび、流れ落ちる輝く液体は宝石花の花園に光を宿す。
台座の上には深紅のベルベット地のクッションが寝所のように敷かれ。
「なんと美しい……」
あぁその寝所に横たわる少女を模した姿のなんと神々しいことか。
60cm程の身長。
腰まで届く銀灰色の髪の清楚な美しさ。
カールしたロングツーテールがフェミニンなアクセントを加え。
血の気を感じさせぬ真白き
漆黒のゴシック調のドレスが柔肌を覗くことを許さず。
その身を戒めるように咲き誇り、捕らえる鋭利な宝石花の連なり。
魂が抜けたようにふらふらと歩み寄り--閉じられた瞳に自分だけを捕らえてほしくて。
その身を戒める忌まわしい宝石花を払いのけ--彼女の身をとらえる不遜が許せなくて。
宝石花の鋭利な花弁で切られ血のにじんだ小指の先を唇に触れ--そっと自分を呼ぶ声を、囁きを、我が物にしたくて。
胸の裡を、魂の奥底を、不思議と揺さぶられる感覚の赴くまま、神々しい少女の似姿へ手を伸ばす。
目の前に至った今ならわかる。そう、彼女は人形、自然には発生しえぬ、似姿、化身。
唇に触れたナオの指から滴る血が、紅化粧のように人形の唇に色をさす。
とたん、まるで世界が反転したかのような脳を揺さぶる感覚が襲いかかり、何かが身の裡からとめどなく流れ出ていく。
喪失感に苛まれるナオと反比例するがごとく、人形の少女の肌に血色が蘇り、生命の躍動が宿る様を幻視する。
震えるように揺れる長い、長いまつげ。
あぁ、その瞳が開く。
微かに勝気な眼差しが、怜悧な光を宿す藍緑色の瞳が、この身を映す!
今にもかき抱かんと傍に侍り、覆いかぶさるナオの頬にそっと添えられる冷たく小さな手のひら。
震えるように開かれる唇から発されるは、透き通る鈴の音のような美しく涼やかな声。
「貴方が、私のオーナー?」
「あぁ。ああ! そうだよ、紗雪」
その言葉、その名前は、自然とナオの口から零れ落ちた。
この時この瞬間。
彼の心、魂の奥底、まるですでに撃ち込まれていた楔が存在を主張するように、人形の少女”紗雪”が占めるようになるのであった。
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