いや、さすがに飲みに行こう今夜は

白川津 中々

◾️

 仕事帰り、疲れ果ててしまってBARに入った。


 さっさと帰ってしまえばいいいものを何故わざわざ寄り道をするのか。それが男というものだからである。男は心身共に困憊の最中にある時、非日常的な逃げ場を求めるものなのだ。


「いらっしゃいませ」


 バーテンダーの挨拶に会釈を返し指で一を作ると、「お好きな席へ」と続き、俺はカウンターの奥へ落ち着いた。本来こういう時は行きつけの店に入るものだが、何分転職したばかり。開拓の心でご新規とならざるを得なかった。知らない土地の知らないBAR。不安はあったがしかし、しっかりとしたオーセンティックスタイルに心安らぐ。


「ベンリアックのシェリーカスク、ストレートで。あ、ダブルでお願いします」


 おしぼりをいただきついでに一杯頼む。普通、最初は軽めの酒から始めるべきだが財布が寂しかった。さっさと酔うため初手から火を入れ、あとは適当にバーテンダーと話をして帰ろうという算段。現実から逃れたいのに経済状況はいつもリアルな逼迫を叫んでくる。世知辛いものである。


「お待たせいたしました。ベンリアックです」


 ともあれ酒がきた。この一杯をまったくもったいぶって飲んでやろう。そう決めたが最後である。気がついたら家で寝ていた。起床と共に知覚する頭痛と吐き気。なにがあったのかは明瞭だった。深酒による前後不覚と二日酔いである。


「み、みず……」


 水分を求めふらふらになりながらキッチンへ移動すると、昨晩食べたであろうコンビニラーメンのゴミが捨ててある。他、缶ビールにおにぎりにつまみ。一人でこれだけやったのかと驚愕する散乱具合。嫌な予感。俺は、恐る恐る机に投げ捨てられた財布の中身を覗く。


「あ、これは終了だわ」


 札の代わりに捩じ込まれた領収書とレシート。どうやら三件ハシゴして帰ってきたらしい。会計はすべてカードだろう。来月の困窮が確定。なによりもっと辛い事は……


「今日仕事じゃん……」


 本日、平日である事を思い出す。

 出社時間まで僅か。金を失い、体調まで崩してなお働きに出なくてはならないという悲劇。休みたいがそういうわけにはいかない。なぜなら転職したてだし、働かないと来月の支払いができないからである。


「もう二度と酒なんか飲まない」


 そう誓いを立てた一週間後。俺はまたあのBARに立ち寄った。あたかも、常連ですという顔をして。

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いや、さすがに飲みに行こう今夜は 白川津 中々 @taka1212384

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