オウロボロスの少女:呪われた転生者が死をさがした
@aeryam_
第1話 ウロボロスと不死の薬
神話は人の想像から生まれたものだ。
妖精、エルフ、ドラゴン、ドワーフなどの不思議な種族についての物語は、昔から代々伝えられてきた。
しかし、すべての神話が美しいわけではない。
中には、たくさんの謎や、常識では考えられないような話もあり、読んだ人の背中がぞくっとすることもある。
ウロボロスという名前の大きな蛇を知っている人は多いだろう。
その蛇は賢くて強かったが、最後は悲しい結末を迎えた。
彼は不死を求めて、自分の尾を噛んだ。
生まれ変わることを願ったが、待っていたのは永遠の命ではなく、世界を焼き尽くす炎だった。
昔、歴史に忘れられた時代に、一人の錬金術師が自分の研究室で禁断の実験を行っていた。
その部屋は広くて豪華で、天井まで届く本棚が並び、研究のメモや日誌が散らばっていた。
部屋の中央には、大きなガラスの箱が置かれており、その中にはこの世のものとは思えない蛇が横たわっていた。
その蛇はぐったりしていて、まるで力を失ったようだった。
「ついに…あと少しで賢者の石の謎が解ける…!」
錬金術師は、何年もかけて研究した秘密の薬が入った試験管を手に取った。
その液体は紫色で、赤みがかった光を放っていた。
彼はその薬を蛇の額に一滴垂らした。すると、突然、見たことのない色の炎が蛇の体を包んだ。
錬金術師は驚いて後ろに下がったが、その目は輝いていた。
蛇は苦しみながら体をねじり、自分の尾を噛んだ。
その体は乾き始め、やがて紫色に赤のアクセントが入った美しい結晶が現れた。
錬金術師はその石を手に取り、感動した。
「賢者の石…ウロボロスは私が創り出したのだ!」
彼は喜びの声を上げた。
その後、錬金術師は研究を続け、美しい結晶をいくつかに分けて、魔法の力を持つ霊薬を作った。
その薬はどんな傷でも癒すことができ、飲んだ者は不死になると信じられていた。
しかし、その奇跡の裏には恐ろしい呪いが隠されていた。
この薬は、飲んだ者の体を焼き尽くすこともあるのだ。
誰が奇跡を得て、誰が呪われるのか――それは誰にも分からなかった。
やがて、この伝説は広まり、
何百年もの間、口伝えで語り継がれ、神話となった。
壮麗なレガス王国にて、王アルタロス・バジリスク・エド・レガスは、死への恐怖に取り憑かれていた。
その欲深さゆえに、彼はまだ長く王座に君臨したいと願っていた。
そして、彼の一族に伝わる古い伝説を思い出す。
「もしあの霊薬が本物なら…私は王ではない。私は“運命”そのものだ。」
彼はそう呟いた。
長い間止まっていた探索が、再び始まった。
十年もの間、兵士から錬金術師、考古学者までが動員され、古代の遺跡や文書をくまなく調査した。
嘘をついた者には、公開処刑が待っていた。
それは、永遠の命を得るための、ほんの一滴の希望のためだった。
そして、長い探索の果てに、ついに目的地が見つかった。
それは、高くそびえる山の奥に隠された古い実験室だった。
その山は霧に包まれ、砂漠と深い森の境界にある、謎に満ちた場所だった。
その知らせを聞いた王は、すぐに現地へ向かった。
彼の目は、野望に燃えていた。
その部屋は広く、書物や古代の遺物で満たされていた。
洞窟の中にあるはずなのに、昼間の屋外のように明るかった。
王国の調査隊は貴重なものを探していたが、王の目は一つのガラス箱に釘付けになった。
その中には、今まで見たことのないほど巨大な蛇の骨が収められていた。
近くには、豪華なデザインの瓶と、古びた日記が置かれていた。
王はその日記を開いた。
ページには文字がびっしりと書かれていたが、読めない部分も多かった。
しかし、ある一ページに目を留めた。
「これはウロボロスの霊薬。選ばれし者は不死を得る。そうでなければ、呪いの炎に焼かれる。」
王は心の中で歓喜した。
長年探し続けたものを、ついに見つけたのだ。
そして、自分こそが“選ばれし者”だと信じて疑わなかった。
なぜなら、彼は王であり、権力者だったから。
だが、彼はまだ知らなかった。
そのページを開いた瞬間から、呪いはすでに始まっていたのだ。
遠征から戻った王アルタロス・バジリスク・エド・レガスは、すぐに王国の年に一度の祭りの準備に取りかかった。
この祭りは四日間続き、王族から庶民まで誰もが心待ちにしている特別な行事である。
初日には、王が民に向けて演説を行うのが恒例だった。
王族を一目見ようと、民は広場に集まり、最高の衣装を身にまとっていた。
建物の隅々まで飾り付けられ、鐘の音が鳴り響き、演説の始まりを告げる。
王アルタロスは堂々と王宮のバルコニーに現れ、そのカリスマ的な姿に人々の視線が集まった。
「レガスの民よ」
王の声は深く、力強く響いた。
「今日は、我々の土地を何世代にもわたって守ってきた遺産、力、そして知恵を讃える日だ」
彼は過去の歴史と戦い、そして燃えるような野望で築かれる未来について語った。
「今こそ我々の黄金時代だ!この王国は、これからも長く続いていく!」
群衆の歓声が広場に響き渡ったが、その中には不安げな表情を浮かべる者もいた。
その演説には、王の隠された野望が込められていた。
夜が訪れ、華やかに飾られた王宮は貴族たちの祝宴の場となった。
王室のオーケストラによる美しい旋律と豪華な料理が、貴族たちにとって忘れられないひとときを演出した。
王は二人の妃を伴って現れた。
赤く燃える髪と宝石で飾られた豪華な衣装を纏うメリナ・ヴルペス・エド・レガスは、その美しさと気品で貴族たちを魅了した。
一方、夜のように黒い髪に星のような装飾を施したヴィメラ・アルデア・エド・レガスは、優雅な姿でまるで夜の妖精のようだった。
「今夜は、王族と貴族の絆を深める祝宴だ。どうぞ、楽しんでくれ。」
王は高級ワインのグラスを手に語った。
短い挨拶の後、貴族たちは宝石をあしらった正装で踊り始めた。
王は二人の妃とともに玉座に座り、微笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔の裏には誰も知らない秘密が隠されていた。
翌朝、首都の通りは色とりどりの装飾で彩られ、祭りの雰囲気に包まれていた。
踊り子、音楽家、職人たちが通りを賑わせ、商人たちは香り高い料理を売っていた。
広場の中央では、子供たちが熱心に王国レガスの建国物語を描いた人形劇を見ていた。
その群衆の中に、黄色い花飾りのドレスを着た一人の少女がいた。
彼女は侍女と騎士に守られながら、祭りを楽しんでいた。
その少女こそ、変装したルナリス・アルデア・バジリスク・エド・レガスだった。
だが、ルナリスの心はどこか落ち着かず、不吉な予感に包まれていた。
そして祭りの最終夜、王宮の大広間には多くの来賓が集まり、厳かな雰囲気が漂っていた。
貴族の家々が一人ずつ呼ばれ、王族への贈り物を捧げた。
その後、王が立ち上がった。
「今夜、王族はレガス王国のために尽くしてくれた者たちに感謝の印を贈る」
王は一人ずつ名前を呼んだ。
レオニス家は忠誠と治安維持の功績、
タウリ家は技術と創造の貢献、
コルヴス家は革新的な発明、
アクィラ家は公正な法の執行――
それ以外の貴族には、ほとんど何も与えられなかった。
不満を抱いた者たちは、ひそひそと囁き始めた。
授賞式が終わり、王はグラスを掲げた。
「レガスの未来に乾杯」
アルタロスの言葉に、全員がグラスを合わせた。
そして、祭りの幕は盛大に閉じられた。
翌日、王族は近しい親族であるアルティス家を晩餐に招待した。
昔、レガス王国の第四代国王は双子の王子を授かり、そのうちの一人が現在の北部を治めるアルティス家の始祖となった。
王家に代々受け継がれる特徴は、特定の状況下で蛇のように見える瞳孔であり、アルティス家にもその特徴が残っていた。
それが、王アルタロス・バジリスク・エド・レガスにとって不快な存在となっていた。
彼らは王位を奪う可能性を秘めていたからだ。
現在の王家バジリスク家とアルティス家を見分ける特徴は、髪と瞳の色にある。
バジリスク家は黒髪に紫のアクセント、そして深く魅惑的な紫の瞳を持つ。
一方、アルティス家は銀白色の髪に、夕空のような黄金色の瞳を持っていた。
アルティス家の当主アスラン・エド・アルティスは、王族から届いた手紙を開き、その内容を読んだ。
彼はしばらく黙り込み、窓の外の空を見上げた。
雲はいつもより低く垂れ込み、冷たい風が吹いていた。
王の意図に何か不穏なものを感じたが、王の招待を断ることはできなかった。
夜が訪れ、アスランは妻ティシアナ・エド・アルティスと息子カスラン・エド・アルティスを連れて、静かだが警戒した様子で晩餐の広間に現れた。
彼らを迎えたのは、王アルタロスと二人の妃、そして三人の子供たちだった。
アルタロスの目は鋭く、しかし微笑みは穏やかだった。
長い食卓には蝋燭が並び、豪華な料理が精密に配置されていた。
だが、部屋の空気は冷たく、まるで温もりを拒んでいるかのようだった。
アルタロスはワイングラスを見つめながら、静かに口を開いた。
「アスラン…最後に直接話したのは、何年前だったかな?」
アスランは迷わず答えた。
「十二年ほど前でしょうか、陛下。時は早く過ぎます…平穏をもたらすとは限りませんが。」
アルタロスは薄く微笑んだ。
「そうだな。平穏とは、権力を持つ者にとって、常に得られる贅沢ではない。」
彼はワインを一口飲み、アスランを真っ直ぐに見つめた。
「十年前、私は先代の王の探索を再開した。そして分かったことがある…それは、ただの神話ではなかった。」
アスランは黙り込み、目を細めた。
カスランは父を見たが、何も言わなかった。
アルタロスは続けた。声の調子が鋭くなった。
「野心こそが、この王国の原動力だ、アスラン。野心がなければ、レガスは今のようにはなっていない。」
彼はグラスを掲げた。
「だからこそ…乾杯しよう。レガスの未来に。」
他の者たちもそれに続いたが、表情はそれぞれ異なっていた。
「レガスの未来に。」
ワインが飲まれ、料理が少しずつ口に運ばれた。
晩餐は静かに進み、昔の思い出を語り合う場面もあった。
時は流れ、アスラン一家は礼を述べて王都の自邸へと戻った。
空はさらに暗くなり、雲は厚く、冷たい風がレガスの空を吹き抜けていた。
その夜の空気は、どこか不気味な気配を漂わせていた。
真夜中が訪れた。
ルナリス・アルデア・バジリスク・エド・レガスは、奇妙な感覚で目を覚ました。
息は荒く、体は重く、まるで致命的な病にかかったようだった。
彼女が部屋を出ると、廊下では召使いや護衛たちが慌てて走り回っていた。
建物のあちこちで炎が燃えていた。
だが、その炎は普通ではなかった。
暗い紫色に燃え上がり、まるで生きた呪いのようだった。
ルナリスは恐怖に駆られ、母の部屋へと走った。
涙が止まらず、母に何かあったのではと胸が締め付けられた。
部屋の前に着いた瞬間、悲鳴が聞こえた。
彼女は慌てて扉を開けた。
そこには、母ヴィメラが青白い炎に包まれていた。
その炎は満月のように輝いていた。
ヴィメラは娘を見て、叫んだ。
「近づかないで、ルナ!」
ヴィメラは咳き込み、口から血を吐いた。
その血もまた、同じ炎に包まれた。
「お…母さん…何が起きてるの…?」
ルナリスの声は震え、悲しみに満ちていた。
ヴィメラは娘を見つめ、ほんの一瞬、安堵の表情を浮かべた。
娘はまだ生きている。まだ無事だ。
「ルナ…ここから逃げなさい。私にも何が起きているのか分からない。でも、もし逃げられるなら…遠くへ逃げて。」
「でも…母さん…」
ルナリスは泣き崩れ、声が震えた。
「これは…アルタロスの欲望に対する呪いなのよ…」
「逃げなさい、ルナリス!あなたなら生き延びられる…!」
ルナリスは唇を噛み、涙をこらえながら走り出した。
途中、父アルタロスが紫の炎に包まれているのを目にした。
彼の体は蛇のように絡まり、自らの尾を噛んでいた。
少し離れた場所では、赤い炎が燃え上がっていた。
そこには、メリナ王妃とルーカス、ルイスが苦しみながら泣いていた。
メリナはルナリスを見つけると、鋭い目で睨みつけた。
「あなたの体は燃えていない…ルナリス!あなたが何をしたの!?」
ルナリスは答えようとしたが、涙と衰弱で声が出なかった。
彼女は黙ったまま、再び逃げ出した。
メリナの叫びを聞いた召使いや護衛たちは、ルナリスが原因だと誤解し、彼女を探し始めた。
外の森の中、ルナリスは追ってきた兵士に囲まれた。
その時、彼女の護衛イーサンと侍女カーラが現れ、兵士の前に立ちはだかった。
「おい!なぜ剣をルナリス様に向けるんだ!」
イーサンが怒鳴った。
イーサン・エド・レオニスはレオニス家の遠縁で、かつて王国第六部隊の副隊長を務めた影の兵士だった。
兵士たちは彼の姿に動揺し、震え始めた。
「全部あいつのせいだ!」
兵士の一人が震える声で叫んだ。
イーサンは眉をひそめ、衰弱していくルナリスを見つめた。
「あなたが犯人じゃないことは分かってる、ルナリス様」
彼は優しく言った。
「ここは私とカーラに任せて。あなたは安全な場所へ逃げてください。これは…お母様からの願いです。」
「逃げてください、姫様!」
カーラが叫んだ。
ルナリスはうなずき、力を振り絞って走り出した。
「証拠もないのにルナリス様を疑うなんて!それでも王国の護衛か!その制服を着る資格はない!」
イーサンは怒りを爆発させた。
剣のぶつかる音が、イーサンとカーラの近くで響いた。
ルナリスはその音が遠ざかるまで走り続けた。
だが、足がもつれて転んでしまった。
彼女は立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
空を見上げ、悲しみに満ちた目で呟いた。
体に異変が起き始めた。
蛇の鱗のような模様が浮かび上がり、青い光がその隙間から漏れ出した。
ルナリスは地面に横たわり、力尽きていく。
「…ああ、これが終わりなのかな…」
彼女は弱々しく言った。
「ごめんね、母さん…約束、守れなかった…」
「イーサンとカーラが無事でありますように…」
彼女は目を閉じ、涙が頬を伝った。
その体は光に包まれ、やがて溶けていった。
だが、そこには不思議なものが残された。
月の光に照らされて輝く、美しい白い蛇の鱗だけが残っていた。
それは、彼女の長い旅の始まりを告げる印だった。
その夜、王族は滅びた。
レガス王宮は、世界に知られていない色の炎に包まれた。
紫、赤、青
それは、ウロボロスの呪いの始まりを告げる三つの炎だった。
あの夜の後、王宮の政治は不安定な状態に陥った。
王家の血筋を受け継ぐアルティス家が王位を引き継ぎ、アスランの賢明な指導によって、宮廷の空気は徐々に安定を取り戻していった。
しかし、レガス王国ではある噂が広まり始めた。
それは、すべての災いは王女ルナリス・アルデア・バジリスク・エド・レガスによる呪いだというものだった。
その噂には理由があった。
王宮で発見されたのは、わずか四つの人骨だけだった。
それはアルタロス、メリナ、ルーカス、ルイス、そしてヴィメラのものだった。
ルナリスの遺体は、どこにも見つからなかった。
ルナリスの行方を探すための掲示が王国内に広く張り出された。
王宮が崩壊した夜、世界に知られていない色の炎が燃え上がり、王の体は蛇のように絡まり、自らの尾を噛む姿を見せた。
その出来事をきっかけに、ルナリスは「呪いをもたらす姫」、
すなわち「ウロボロスの少女」と呼ばれるようになった。
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