爆薬瓶を握りしめ、クロは足場の不安定な岩盤を全力で駆け抜けた。

　足元が揺れる。今にも崩れそうだ。

　アステリオン・レクスの胸部中央では光が暴れ、鼓動のように膨張と収縮を繰り返している。

　さっきより速い。溜めはもう終盤だ。

「間に合えッ！」

　クロは腕を振りかぶり、爆薬瓶を投擲した。

　狙いは割れかけた継ぎ目のど真ん中。

　だが。

　アステリオン・レクスの視線がクロを捉える。

　尾の鉱石の塊が振り上げられる。

　迎撃の動き。

「やっぱ来るよなぁッ！」

　クロは進行方向を急角度で切り、岩場の影へ滑り込む。

　次の瞬間――。

　ガァンッ！！！

　尾が地面を叩きつけ、岩塊が粉砕される。

　粉塵が吹き荒れ、爆薬瓶の軌道が乱れた。

「あっ……やべ――」

　瓶は胸部からわずかに逸れ、鉱石装甲の硬い部分へ弾かれた。

　カンッ！

「外れたぁぁぁぁ！！？」

　直後、アステリオン・レクスのチャージが臨界点へ到達する。

　胸部の光が眩しく膨れ上がった。

「まずいまずいまずい！！」

　クロは岩壁を蹴り、全力で跳躍する。

　背後から爆発に匹敵する光の奔流。

　ズガァァァァァァァァァッ!!!!!!!

　熱風に吹き飛ばされ、クロの体が宙を舞う。

　何度か転がって、乱暴に地面へ叩きつけられた。

「っ、ぐ……ッ！」

　視界が揺れる。

　耳鳴りが止まない。

　全身が軋む。

　見るとHPバーは赤。それも二割を切っており、かすり傷一つで死ぬことになる危険域だ。回復しようにも、その僅かな時間で死ぬ可能性もある。

　ふと視線を上げれば、爆薬瓶の破片が転がり、その周囲の岩盤が溶断したように抉れている。

　ほんの数センチ位置が違えば、胸部の継ぎ目に届いていた。

「……くっそ、ちょいズレかよ……！」

　悔しげに奥歯を噛むクロの前で、アステリオン・レクスがゆっくりと体勢を整えていく。

　もはや溜め技の後隙も終わりかけている。

　そして気づく。

　爆薬、残り１本。

　アステリオン・レクスの内部光が再び明滅を始める。

　チャージに入る気配。

「……二連続じゃなくて、三連続だと？」

　震える空気。

　震える足場。

　だが、クロは笑った。

「いいじゃねぇか……上等だよ、鉱石野郎」

　立ち上がり、最後の爆薬瓶を握りしめる。

　煙玉はまだある。ツルハシもある。

　使い所は今しかない。

　クロはぐらつく足で岩盤を蹴り、アステリオン・レクスへ向けて再び走り出した。

　身体は悲鳴を上げている。だが、動きは止まらない。

「……一発外したぐらいで終われっかよ！」

　アステリオン・レクスの胸部に走る光が急激に収束する。

　三連続チャージ。もはや予兆は短い。余裕はゼロに近い。

　クロはポーチから煙玉を取り出し、指先で転がした。

「一回目と同じじゃ通用しない……なら、二段構えで行く！」

　煙玉を高く放り投げ、その着地より一瞬早く、クロは地面へ密着するように滑り込んだ。

　腹ばいの姿勢。土埃と熱風の中、視界はほぼゼロ。

　そして――。

　煙玉が割れると同時に、白煙が爆発的に広がった。

　ボンッッ！！

　アステリオン・レクスが警戒するように動きを止める。

　視界を奪う白煙に、尾を振りかざして周囲を薙ぎ払おうとする。

「やらせねぇよ！」

　クロは地面を転がる勢いのまま、前脚の膝辺りの鉱石にツルハシを打ち付ける。

　カァンッ――！！

　火花が散り、アステリオン・レクスの体勢がわずかに揺らぐ。

　白煙の中で視界を失った巨体は、前脚への衝撃に反応してバランスを崩した。

　四肢が岩盤へ深くめり込もうと踏み込む。

「今だッ！！」

　クロは滑り込むように前へ飛び出し、煙の隙間から胸部の位置を見据えた。

　内部の光はすでに膨張の極限。爆発寸前の鼓動。

　真正面からまともに食らえば即死。それでも、踏み込みは止めない。

　掌に残るツルハシを、力任せに振りかぶる。

　だが。

　アステリオン・レクスの尾が、まるで本能の反射のように横薙ぎへ走った。

　視界が開けぬまま、確実にクロを叩き潰す軌道。

「――知ってるよ、それ！【粘性】」

　クロの身体が、ぐにゃりと軌道を歪めた。

　スライム・ロードの討伐報酬で得たスキル、【粘性】。その効果は、あらゆる物体に粘性を付与すると言うもの。クロの体は今、筋肉でも骨でもない、まるでゴムかスライムのようにしなる柔軟性を手に入れた。

　反射的に跳ぶのではなく、衝撃を吸収し流すように体の形を変えたのだ。

　ズガァァァンッ！！！

　尾がクロを直撃した。ように見えて、壁まで吹き飛ぶはずの衝撃は、半分以上が逃げていた。

　地面を転がるが、骨が砕けるような激痛はない。

　HPもぎりぎり耐えた。

「……っ、いてぇ……！　けど、生きてる！！」

　粘性の効果は短い。

　長くは持たない。

　視界の向こう、煙の裂け目でアステリオン・レクスの胸が光りきる。

　臨界。

　発射直前。

　巨体はチャージに固定され、逃げられない。

「悪いけど、もう一回視界を潰させてもらうよ！　俺は諦めが悪いんでね！【黒霧】【強酸】！！」

　クロの足元から黒い霧が噴き上がるように広がった。

　【黒霧】によって展開された薄黒い霧が、一瞬でアステリオン・レクスの口元を覆う。

　視界だけでなく、感知能力そのものが鈍るスキル。

　そして同時に、クロは最後の爆薬瓶を握り締めた手へ【強酸】を流し込んだ。

　瓶の外側がじゅうじゅうと音を立て、ガラスが軋む。

　内部の爆薬にまで酸が染み込んでいく。

「これで……絶対に外さない！」

　クロは痛む足を無理矢理踏み込み、爆発寸前のアステリオン・レクスへと全力で跳んだ。

　巨体はチャージ態勢に固定されていて、動かない。

「ズレていい！　ズレた分、ねじ込むッ！」

　クロは宙で体を捻り、爆薬瓶を胸部中央の裂け目へ叩きつけた。

　ガラスが砕ける悲鳴のような音。

　同時に――。

　ジュゥウウウウウッ……ッ！！

　【強酸】で付与された酸が露出した継ぎ目へ流れ込み、青白い内部光が明滅する。

　そこへ酸に浸された爆薬が――

　ドォォォオオオオオンッ！！！

　胸部内部で爆ぜた。

　表面装甲ではなく、内側から。

　衝撃がアステリオン・レクスの内部を食い破り、青白い光が滝のように噴き出す。

　鉱獣が苦悶の咆哮を上げた。

　グオオオオオオオオオッッ！！

　全身を支えていた四肢が崩れ、巨体がゆっくりと倒れ込む。

　大地が揺れ、岩盤が砕ける。

　クロは地面に転がりながら、荒い息を吐いた。

「……っは、はは……っ、やった……！　決まった……！」

　視界の端で、アステリオン・レクスの体表を覆う鉱石が砕け落ち、光が静かに消えていく。

　戦闘終了の合図。

　システムログが画面に一斉表示され、勝利音が耳に届いた。

『エリアボス《星晶獣骸・アステリオン・レクス》を討伐しました』

『レベルアップしました』

『ドロップアイテムを入手しました』