第10話 怒られた……当然か
クロは両手を頭の後ろで組み、ひとつ大きく伸びをした。
「……夜の街って、なんか落ち着くよな」
「昼より人が多いけどね」
シェルは軽く肩をすくめながら、隣を歩く。
通りの端では、屋台のNPCが香ばしい匂いを漂わせ、通りすがりのプレイヤーたちがログインチャットを楽しんでいる。
「なあ、シェル。もしあれが完全に完成したら、どうなるんだろ」
「化け物みたいな生物が生まれるんじゃない?」
「笑えねぇ……」
「笑えないでしょ、実際」
シェルはため息をつきながらも、クロの横顔をちらりと見た。
その表情がどこか楽しげなのを見て、呆れたように眉を下げる。
「……でも、ちょっとワクワクしてるでしょ」
「……まあ、ちょっとな」
「あ、いらっしゃい。2人そろって今日はどしたの?」
「やっほーミリィ。ちょっと奥で話せる?」
「あー……了解。来て」
ミリィはカウンターから立ち上がり、手招きしながら2人を奥の部屋に連れて行く。
部屋の中は、店の外観とはまるで違っていた。
木目調の壁に、整理された棚と素材瓶。
そして壁一面のモニターが、各地の採取エリアや市場の相場データを映し出している。
「……ここ、相変わらず凄いねぇ。まるでギルドの司令室」
「そんな大げさな。情報整理してるだけだよ」
ミリィは笑いながら椅子を回転させ、2人を座らせる。
「ここは私のプライベートルームだから、遠慮なく話して良いよ」
シェルは頷きながらウィンドウを操作する。その画面には、昼にシェルが見せてきた北の平原の討伐履歴が映っていた。
「……北の平原でエリアボスが倒されたのは知ってるよね?」
「うん。プレイヤーの間でも話題になってるからね」
「で、気付いてると思うけど、そのエリアボスを倒したのはクロよ」
「知ってる。名前見た時びっくりしたもん。何やったら錬金術師でそんな事に?」
「いやーまぁ、成り行きで……」
「成り行きでエリアボスが倒されるなんて……」
ミリィは呆れ顔のまま、椅子の背にもたれかかった。
「ほんと、何で生産職なのに物騒なことしてるの?」
「いや、こっちだって想定外だったの。素材試してただけで、あれ出てきたんだから」
「あれって何」
ミリィの目が細くなる。クロは少し言葉を濁したが、シェルがすぐ横から補足した。
「スライム・ロードの素材を合成してたら、なんか黒い球体になって、自己進化してる」
「……は?」
ミリィの表情が完全に固まった。
「ちょ、待って。合成した?エリアボスの素材を?」
「うん。誘惑に抗えなかった」
「……バカじゃないの?」
「すごい勢いで言うな!?」
思わずクロがツッコむ。だがミリィは本気で怒っている様子だった。
「それ、せめて素材を見せて欲しかったわ。何を混ぜたの?」
「王核とスライム・ロードの脳髄液」
「……うん、王核は理解できる。脳髄液って何?」
「……初討伐報酬」
「あ、そう……」
ミリィは額に手を当て、長い息を吐いた。
「はぁ……クロ、これからは錬金術やるときは冷静にね?酷い事になりそう」
「いや、そんなつもりじゃ――」
「結果がこれでしょ? 自己進化って言ったわよね? 進行度は?」
「……8%」
「さっきより上がってるんだけど……!?」
「すまんシェル。これは俺もびっくり」
部屋に沈黙が流れる。
ミリィはため息をひとつつき、椅子を回して端末を起動した。
「……で、本題は素材ってわけね?」
「うん。例のスライム・ロードのドロップが手元にまだあるから、売るかどうか迷ってて」
「なるほどね。クロ、素材見せてもらっていい?」
「了解」
クロがウィンドウを開き、素材一覧を表示する。
「おわー、こりゃあ凄い」
ウィンドウに表示されているのは、一応売っても良いとクロが判断した素材。
と言っても、膨大な粘液とスライムジェルしかないのだが。
ミリィは目を細め、スクロールしながら一つひとつの素材を確認していく。
「……うん、悪くない。っていうか、量がバカみたいに多いわね」
「そりゃ、ボスが溶けて消えるまで殴ってたし」
「いやそういう問題じゃなくて! これ、スライム系の通常ドロップを何千単位で拾ったってことでしょ?」
「あぁ……多分
「それただの物量チートよ……」
シェルが苦笑しながらミリィの横に回り、価格ウィンドウを覗き込む。
「これ、いくらになるの?」
「ざっと見積もりで……全部合わせて四十万G前後。粘液が思ったより高値ついてるのよ、最近」
「まじで? ただのスライムの粘液が?」
「うん。初心者向けの回復薬やスライム系防具の触媒に使う人が増えてるからね。あと、ここだけの話イベント前で市場が動いてる」
ミリィは軽く指を動かし、相場グラフを表示する。波形が右肩上がりに跳ね上がっていた。
「……となると、売るなら今か」
「そうね。ただ、ジェルの方はもう少し寝かせてもいいかも。今後、上位化の触媒素材に指定される可能性がある」
「上位化?」
「ええ。運営がテストしてるっぽい。スライムジェルはその基本触媒として有力候補」
「……上位化って、まさか俺がやったみたいな?」
クロが苦い笑いを浮かべると、ミリィは静かに頷いた。
「まさか。あれは予想外じゃない?ま、上位化で出来る様になるかもしれないけど」
シェルが腕を組み、少し考え込む。
「つまり、ジェルを持ってればその時に一気に値上がりする、ってこと?」
「そう。うまくいけば十倍以上ね」
「十倍って……」
クロの目が思わず輝く。だがすぐに、ミリィがジト目で釘を刺した。
「ただし、あんたの場合はその前に爆発させそうだけど」
「な、なんでそう決めつける!?」
「実績」
「うぐっ……」
シェルが笑いを堪えきれず、肩を震わせる。
「クロ、今回は半分売って半分残そう。資金も必要でしょ?」
「……まぁ、それが無難か」
「うん。そうしておきな。粘液は全部買い取るから、後で振り込み申請しとく」
ミリィが操作を終えると、取引用ウィンドウが開き、金額が表示される。
【売却総額:223,500G】
「わお……」
「やったじゃん。これで装備も更新できるし」
「いや、それよりも……次の錬金資金ができたな」
「ちょ、クロ!? 今その発言禁止!」
「いや、もう何もしないって! たぶん!」
「たぶんって言った!今こいつ多分って言ったぞ!」
ミリィは呆れたように笑いながら、最後の確認を終える。
「取引完了。――でも、本当に気をつけてね。あなたの手元にある素材、序盤で手に入る素材じゃないよ」
「……わかってるよ」
クロは小さく息を吐き、窓の外の夜景に目をやる。
街の灯がゆらゆらと揺れ、どこか現実よりも温かく見えた。
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