第1話 えっと……あー、こういうのって、時間かかるやつだよな

 白波の家は、靱の家から歩いて五分もかからない距離にある。

 昔からおすそ分けだの、課題を一緒にやるだので、もう数えきれないくらい来ている。


「おじゃましまーす」

「はーい、どうぞー。玄関あがってすぐのリビングねー!」


 靴を脱いで、勝手知ったる家の中を進む。

 ふと香るのは、いつも白波の家に漂ってる甘いハーブティーの匂い。

 この匂いを嗅ぐと、「あぁ、またここに来たんだな」って感じがする。


「お、来た来た!」

 リビングのソファには、すでに白波が座っていた。

 テーブルの上には、見慣れない黒いヘッドギアが二つ――ひとつは新品っぽくて、もうひとつは使い込まれている。


「こっちが靱用ね。最新型ヘッドギアオルフェウスギアⅡ。軽いし、酔いにくいし、しかも高解像度!」

「……おい、これ本当に貰っていいのか?新品じゃん」

「新品じゃないよ!一度装着しただけ!」

「それを新品って言うんだよ……」


 靱は苦笑しながら、ヘッドギアを手に取った。

 思ってたより軽い。

 表面はマットな黒で、どこか近未来的なデザイン。


「で、まずはアカウント作成して――っと」

 白波がタブレットを取り出して操作しながら、にやりと笑う。

「キャラメイク、楽しみにしてたんだよねぇ」

「何その言い方、怖いな」

「いやぁ、靱がどんなキャラ作るのか興味あるじゃん?」

「普通でいくよ、普通で」

「その普通が一番怪しいんだよなぁ」


 そんなやりとりをしながら、二人でセットアップを進めていく。

 画面に表示されるのは、幻想的なタイトルロゴ。


 ――《Mythologia Online》


 音楽が静かに流れ始め、ログイン前の演出が始まった。


「うわ……すげぇ。まるで映画みたいだな」

「でしょ?正式版から演出も強化されてるんだって!」


 白波が誇らしげに笑う。

 そして、ログイン手順を教えてくれながら言った。


「キャラ作成のとき、職業選べるけど……おすすめは剣士か魔導士。バランスいいし、初心者でも扱いやすいよ」

「へぇ……」

「でも、もし変なの選んだら、すぐ詰むからね?」

「脅すなよ」


 靱は笑いながら、ヘッドギアを頭に装着する。

 ほんの少し緊張して、喉が鳴った。


「じゃ、行くか」

「うん!また後で!」

 白波の声が遠のき、視界が白に染まる。

 重力が消えるような、奇妙な感覚。

 そして――


 視界が光の粒で満たされた。

 目を開けると、そこは真っ白な空間。

 足元には鏡のような床が広がり、無数の光がゆらめいている。

 中央には、一人の女性型NPCが立っていた。

 透き通るような銀髪に、青い瞳。

 どこか神殿の巫女を思わせるような、神秘的な雰囲気。


『――ようこそ、異邦人。あなたの魂に新たな形を与えましょう。』

 穏やかで、どこか無機質な声。

 どうやら、キャラクリエイトのナビゲーターらしい。


「うわ、すげぇ……これ、全部ゲーム内の映像なのか」

『最初に、種族の設定を行います。』

 ウィンドウが切り替わり、淡く光る文字が浮かび上がる。

 そこには、沢山の種族が書かれてあった。


【種族】

《人間》《エルフ》《ハーフエルフ》《獣人》《天使》《悪魔》《オーガ》……


「まぁ、人間で良いかな。下手に変えると怖そうだし。一応、説明を見ておこう」


『特徴のない凡庸さこそが最大の自由。成長バランスが良く、職業縛りが少ない。全ステータスに+1』


 種族を設定すると、新たなウィンドウが現れる。

『続いて、外見の設定を行います。性別、体格、髪色、瞳の色をお選びください』

「えっと……あー、こういうのって、時間かかるやつだよな」


 目の前にホログラムのような操作パネルが浮かぶ。

 まるで美容室のシュミレーションソフトを触っている気分だ。


 その後、数分間の格闘の末、鏡のような床に靱そっくりのキャラが立ち上がる。

 見た目は限りなく現実の靱。身長も体型も、ほとんど変えていない。ただ、髪色と瞳の色は変えてみた。黒髪なのは変わらないけど、青褐色のメッシュを入れた。瞳は濃紺と濃紫のオッドアイに。

「……まぁ、これでいいや。変に盛ると後で恥ずかしいし」

『外見の設定、完了しました。続いて、名前を設定してください。』

 正直良いのが思いつかないし、ここは普通に『クロ』で打ち込む。


『名前の設定、完了しました。続いて、メインジョブ、サブジョブを選択してください。』


 ウィンドウが切り替わり、淡く光る文字が浮かび上がる。

 職業選択の画面だ。


 【メインジョブ】

 《剣士》《弓使い》《魔導士》《僧侶》《盗賊》《錬金術師》《召喚士》《商人》……


「おお、結構あるな……」

 どれも魅力的ではある。

 けど、靱の目は自然と、ひとつの項目に止まった。


 《錬金術師》


 見慣れない小瓶や器具のアイコン。どこか地味で、戦闘職に比べると目立たない。説明分には、こう書かれていた。


『アイテムの生成・調合を得意とする職業。あらゆる素材を組み合わせ、新たな存在を生み出す。DEX、INTに+2』


「……存在を、生み出す?」


 思わず小さく呟く。

 他のジョブの説明が「敵を倒す」「支援する」みたいな実用的な内容なのに、これだけやたらと詩的だ。

 なんか、気になる。

 少し考えて、苦笑する。

「どうせ初心者だし、最初から器用に戦えるわけでもないしな……」

 

 結局、靱はこの職業にすることにした。その理由は簡単。

「まぁ、どうせ遊びだしな。面白そうな方でいくか」

 軽い気持ちでタップすると、アイコンが柔らかく光を放つ。

『メインジョブに《錬金術師》を選択しました。スキル【分解】【合成】【錬金】を獲得しました。続いて、サブジョブを選択してください。』


 再びウィンドウが開き、同じ一覧がずらりと並ぶ。


 【サブジョブ】

 《剣士》《弓使い》《魔導士》《僧侶》《盗賊》《錬金術師》《召喚士》《商人》――

 その一番下に、ひとつだけ他と違う枠があった。


 《冒険者》


「……ん?」

 何気なく視線を止める。

 説明文を開くと、こう書かれていた。


『特定の専門職を持たない一般探索者。スキルの成長幅が広く、どの職にも転向可能。STR、AGI、VITに+2』


「なるほどな……なんでも屋ってやつか」


 確かに地味だ。

 でも、どの職にも転向可能という一文が妙に引っかかった。

 柔軟で、自由で、制限がない。

 ――錬金術師と組み合わせるなら、悪くないかもしれない。


「まぁ、戦闘得意でもないし、無難に動ける方がいいか」


 そう呟いて、《冒険者》をタップする。


『サブジョブに《冒険者》を選択しました。スキル【アームチェンジ】【野営術】【自動回収】を獲得しました。』


 淡い光が広がり、ウィンドウがひとつ閉じる。

『ジョブの選択が完了しました。次に、ステータスを割り振ってください。』

 視界に新しいウィンドウが展開される。

 中央には、シンプルなステータス表が浮かんでいた。


【ステータス分配】

HP  50

MP  10

STR 0

AGI 0

VIT 0

DEX 0

INT 0

MND 0

LUK 0


 残りポイント:100


「なるほど……こういう感じか」

 残りの100ポイントを自由に振れるらしい。

 試しに項目に指をかざすと、説明文がポップアップ表示された。


『STR:物理攻撃力および装備制限に影響』

『AGI:行動速度に影響』

『VIT:物理防御力に影響』

『DEX:命中率および精密性に影響』

『INT:魔法攻撃力に影響』

『MND:魔法防御力および状態異常発生率に影響』

『LUK:ドロップ率およびクリティカル発生率に影響』


「……うわ、どれに振っても後悔しそうだな」

 どれも重要そうに見える。

 けど、《錬金術師》なら魔力と器用が要になるだろう。

 それに、素材集めやクラフトを考えると、多少の持久力も欲しい。

「よし、どうせ初心者なんだ。後悔はしない!……はず」

 ウィンドウのバーを指で滑らせると、数値が淡く変化していく。


 ちょうど100を使い切った所で、ウィンドウが現れる。

『ステータスを確定しますか?』

「……ああ、確定で」

 確認の音と共に、光が身体の中に流れ込むような感覚。

 筋肉が引き締まり、意識が澄み渡っていく。


『ステータス設定、完了しました。初期装備を付与します。』

 視界が淡く揺れ、いつの間にか装備が変わっていた。

 薄い灰色のローブ、革の手袋、小さな腰袋。

 その腰袋の中には、小瓶や試験管らしきアイテムがいくつか入っている。

「……おぉ。思ったよりそれっぽい」

 鏡面の床に映る自分は、確かに錬金術師っぽい格好をしていた。

 ロマンと地味さを両立した、なんとも言えない見た目だ。


『キャラクター作成が完了しました。あなたの冒険を開始しますか?』

 淡い声が響く。

 深呼吸して、そっと頷いた。

「――ああ、行こう」

 床が光に包まれ、足元が溶ける。

 重力が消え、視界が白く弾けていく。

 そして次の瞬間、靱はゲームの世界に降り立った。


名前 クロ

レベル 1

種族 人間

性別 男

メインジョブ 錬金術師

サブジョブ 冒険者

所属ギルド ―(未所属)


ステータス

HP  50

MP  330

STR 10  +8 /18

AGI 10  +6 /16

VIT 12  +11 /23

DEX 24  +3 /27

INT 24  +8 /32

MND 14  +1 /15

LUK 6   +1 /7


装備(防具)

胴 初心者のローブ(破壊不可)(VIT+3 INT+5)

腰 初心者の腰袋(破壊不可)

脚 初心者のズボン(破壊不可)(VIT+3)

足 初心者の靴(破壊不可)(AGI+3)


装備(武器)

右手 初心者のナイフ(100/100)(STR+5)

左手


アクセサリー

初心者の手袋(破壊不可)(VIT+2)


スキル

ジョブスキル(メイン)

【分解】

消費MP2

物質を分解する

【合成】

消費MP2

物質を合成する

【錬金】

消費MP2

物資を錬金する


ジョブスキル(サブ)

【アームチェンジ】

インベントリ内の武器と交換する

【野営術】

野営時にHP・MP回復効率+5%

【自動回収】

戦闘後、素材や装備を回収する


獲得スキル

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