第4話 終わらない一日
白い光が収まった時、
(戻ってきた……のか。これが、デスペナルティ……)
ゲームオーバーの表示は一瞬だった。死の衝撃も、痛みも、今となっては記憶の彼方だ。ただ、圧倒的な理不尽さと、ミノタウルスのため息によって吹き飛ばされた時の無力感だけが、京介の精神に深く刻み込まれている。
「ここは……始まりの村だニャ。デスペナルティで強制的に戻されたみたいだニャ」
隣で、同じく復活したらしいポヌルが、呆然と呟いている。その声には疲労の色が濃い。京介も同じ気持ちだった。しかし、この狂戦士アバターは、感傷に浸る時間など一瞬たりとも与えてはくれない。
京介が一息つく間もなく、キョウの目がカッと見開かれた。その視線は、一直線にある一点を捉えていた。
(待て、その方向は……まさか)
京介の脳裏を、最悪の予感が稲妻のように駆け巡る。そして、その予感はコンマ1秒の狂いもなく現実のものとなった。キョウは大地を蹴り、猛然とダッシュを開始した。目標は、つい先ほど、彼の蛮行によって壺という壺を破壊し尽くされた、あのおばあさんの民家だった。
(また行くのかああああああ!? やめろ! もうあのおばあさんの精神力ゲージはゼロだ! 風前の灯火どころか完全に消し炭だぞ!)
京介の魂の絶叫は、もちろんキョウには届かない。キョウは寸分の迷いもなく民家の扉を蹴破り、家の中へと乱入した。
「おやまあ、旅の方かね? こんなボロ家でよければ、ゆっくりしていきなされ……」
そこにいたのは、記憶と寸分違わぬ姿のおばあさん。そして、そのセリフも、先ほど聞いたものと一言一句同じだった。なるほど、これがいわゆる
しかし、感心している場合ではない。
キョウは、おばあさんの歓迎の言葉を完全に無視し、部屋の隅に置かれた壺へと歩み寄った。それは、先ほどの破壊を免れた、最後の一個だった。
「ひぃっ! そ、その壺だけは! 亡くなったおじいさんの形見なのじゃ!」
おばあさんの悲痛な叫びも虚しく、キョウは無慈悲に拳を振り下ろす。
パリーン!
乾いた破壊音が響き渡り、おばあさんはその場に泣き崩れた。
(ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい! 僕じゃないんです! この戦闘ゴリラが勝手に! 誰か、誰かこの蛮族をテイムするか、せめて警察を呼んでくれ!)
京介は心の中で血の涙を流しながら土下座した。隣ではポヌルがキョウの足に必死にしがみついている。
「やめるニャ! 貴様には人の心がないのかニャ! ……まあ、ないんだろうニャ、知ってたけどニャ! せめて反省するフリくらいするニャ!」
ポヌルのツッコミが、もはや諦観の域に達している。
壺を割り終えたキョウは、満足することなく、今度は部屋に置かれた木製のタンスに目をつけた。そして、躊躇なく一番上の引き出しに手をかける。
「そこにはワシの年季の入った肌着しか入っとらんよー! もうやめとくれー! ごしょうだから!」
おばあさんの絶叫が、京介の羞恥心を的確に
(やめてくれ! せめて見えないように目を閉じてくれ! 僕の視界とリンクしてるんだから!)
キョウが一つ目の引き出しを開ける。京介は固く目を閉じたが、無情にも視界には、年季の入った純白の布地が映し出された。
そして、キョウが二つ目の引き出しを開けた、その時だった。
カチャリ。
何か、硬いものが当たる音がした。引き出しの奥から出てきたのは、錆びついた一本の小さな鍵だった。
その鍵を見た瞬間、さっきまで泣き崩れていたおばあさんの動きが、ピタリと止まった。
「……その鍵は!」
おばあさんは、まるで奇跡でも見たかのように目を見開き、キョウの手元に駆け寄った。その瞳には、先ほどまでの悲しみはなく、希望の光が宿っている。
「おお……! まさか、こんなところにあったなんて! それは、亡くなったおじいさんの遺言にあった、宝箱を開けるための鍵なんじゃよ! ありがとう、旅の方! 本当にありがとう!」
手のひらを返したような、見事なまでの感謝の言葉。京介は、そのあまりの展開の速さに、思考が追いつかなかった。
(おじいさんの宝箱、一体何個あるんだよ! さっきも見つけただろ! どんだけ遺産を隠し持ってるんだ、この村の不動産王か何かか!?)
怒涛のツッコミが京介の脳内を駆け巡る。だが、物語がようやくまともなRPGらしくなってきたことに、彼はほんの少しだけ安堵していた。よし、この鍵で宝箱を開けて、まっとうな冒険を始めよう。
京介の淡い期待は、しかし、次の瞬間に裏切られることになる。
深々と頭を下げるおばあさんを完全に無視して、キョウはくるりと踵を返した。そして、蹴破った扉から外へと飛び出す。
(お、おい! 話を聞け! クエストが発生しただろ! 次は宝探しだ!)
京介の制止も虚しく、キョウは一直線に走り始めた。その進む先は、村の出口。そして、その先にあるのは……見覚えのある、鬱蒼とした森。
(またか! 学習しろ!! さっきミノタウルスに息で吹き飛ばされて死んだばっかりだろ! なんでまた魔王城に向かうんだよ!)
京介の視界が、猛烈なスピードで流れていく。そして、彼は気づいてしまった。この不規則で、酔いを誘発する最悪の揺れ。その原因が、キョウの手に固く握りしめられているものにあることを。
「やっぱりこのパターンかニャアアアアアアア!!」
ポヌルの尻尾を掴んだまま、狂戦士キョウは再び魔王城へと向かう。
レベル1のまま、同じ過ちを繰り返すためだけに。京介の終わらない一日は、まだ始まったばかりだった。
そして、この単調なループの先に、勘違いが、勘違いを呼ぶ英雄伝説の幕が開こうとしていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます