【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】

空木 架

理不尽の始まりと最初の勘違い

第1話 この狂戦士、操作不能につき

 先師京介せんし きょうすけは、自らのアバターの中で白目を剥いて気絶寸前になっていた。

 ​遡る事1時間前。


​「息抜きに、ちょっとだけ……」


​ 大学受験まで残りわずか。蛍光ペンとインクの匂いが染み付いたノートを閉じた京介は、自分に言い訳をするように呟いた。

 彼が手を伸ばしたのは、最新型のVRヘッドセット。友人たちの間で話題沸騰のVRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン(通称MDO)」だ。


 十七歳の京介にとって、この選択が地獄の始まりになるとは、知る由もなかった。

​ 視界が光に包まれ、心地よい起動音が響く。


『ようこそ、ミステイク・ダストボックス・オンラインへ』


 ファンタジックな音楽と共に、目の前にキャラクタークリエイト画面が広がった。名前、性別、種族、職業……無数の選択肢が並んでいる。


「名前は……本名から取って『キョウ』でいいか」


 京介がプロフィールを入力し終えたその瞬間だった。


『プロフィールを確認。あなたに最適なキャラクターを自動生成します』


「え? 最適って……勝手に決めないでくれ! 選ばせてくれよ!」


 京介の困惑を無視して、画面のパラメータが猛烈な勢いで回転を始めた。筋力(STR)と体力(VIT)のゲージが振り切れんばかりに上昇し、代わりに知力(INT)や器用さ(DEX)は見るも無残な底辺を這っていた。


​「なんだこの脳筋パラメータは!? 僕の個人情報からどう読み取ったらこんなゴリラが生まれるんだ!」


『キャラクター「キョウ」を作成しました。職業:狂戦士バーサーカー


 目の前に現れたのは、獣のような鋭い目つきと、あらゆる理性を母親の胎内に置き忘れてきたかのような野性的な風貌の男。無駄に隆起した筋肉、そしてなぜかお尻には、僕の家系には存在しないはずの爬虫類めいた太い尻尾まで生えている。


「僕の要素どこ!?」


 京介の悲痛な叫びは、仮想空間に虚しく響いた。そして、さらに絶望的な事実が彼を襲う。


(このアバター、僕の意志と全く関係なく動くぞ!?)


 ​まるで魂と肉体が分離したような奇妙な感覚。視界はキョウのものなのに、手足一本、指の一関節すら動かせない。キョウは勝手に腕を組み、満足げに頷くと、チュートリアルエリアを猛然とダッシュで駆け抜けていった。


「待って! 操作方法とか! アイテムとか! あ、キャラメイクからやり直そう! ログアウト! ログアウトさせてくれ!」


 メニュー画面を開こうと意識を集中させるが、何の反応もない。システムメッセージが脳内に直接響く。


『ログアウト不可:現在、特殊なイベントが進行中です』

「どんなイベントだよ!」


 そうこうしているうちに、キョウは「始まりの村」に到着していた。石畳の道、素朴な家々、行き交うNPCたち。のどかな風景に、京介の心は少しも安らぐはずもなかった。


「頼むから、変なことはしないでくれよ……!」


 その願いは、一瞬で裏切られた。

 キョウは近くにあった民家の扉を、ノックもせずに蹴破った。


「うわああああ! 僕じゃない! 僕の貴重な息抜きタイムが、開始わずか数分で前科に変わる! ごめんなさい、おばあさん! 僕が高校三年間かけて積み上げた『品行方正』という内申点の評価が、音を立てて崩れていく!」


 家の中には、人の良さそうなおばあさんNPCが編み物をしていた。突然の侵入者に驚くかと思いきや、キョウの姿を認めてにこやかに微笑んだ。


「おや、たくましい旅の方だね。何か用かい?」


(違うんですおばあさん! こいつが勝手に人の家に上がり込んでるだけなんです!)


 京介の心の叫びも虚しく、キョウはおばあさんを完全に無視。部屋の隅に置かれていた年代物の壺に目をつけた。


「やめろ、やめてくれ……! それ絶対高いやつだ! 民芸品的な価値がありそうなやつだ! 僕のバイト代じゃ到底弁償できないオーラを放ってる!」


おばあさんは血相を変えてキョウの前に立ちはだかった。


​「ま、待っておくれ! それだけは!」


​泣きながら懇願するおばあさんを、キョウは獰猛な笑みを浮かべると、いともたやすく脇に押しのけた。そして、その壺を高々と持ち上げる。


「ウガァァァァァ!」


 獣の咆哮。それが、このアバターが発した最初の「言葉」だった。

 次の瞬間、壺は床に叩きつけられ、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。


ガッシャァァァン!!


(終わった……。僕の輝かしい(はずだった)VRMMOライフが、開始数分でジ・エンドだ……)


 ​京介の絶望をよそに、キョウは目につく壺という壺を片っ端から破壊し始めた。だが、その破壊衝動は壺だけでは収まらなかった。勢い余った拳が、部屋の壁に叩きつけられる。

 ゴッ!と鈍い音と共に、漆喰の壁に亀裂が走り、崩れ落ちた。


「壁まで壊した! 建造物損壊! もうただの器物損壊じゃない、罪がランクアップした! 衛兵さん、こいつです! 僕じゃありません!」


 京介が頭を抱えたその時、壁の向こう側から小さな空洞が現れた。空洞の奥には、埃をかぶった木箱が一つ、静かに置かれている。

 それを見たおばあさんの目が、大きく見開かれた。


「お、おお……! これは、亡くなったおじいさんが隠したと言っていた我が家の宝箱……! なんてことだ、若者よ、あんたはもしやこの宝箱を見つけるために……?」


(違うんです! 断じて違うんです! このおばあさん、善意の解釈がすぎる! こいつはただの破壊神です!)


 京介の内なる絶叫とは裏腹に、おばあさんは感激の涙を流しながらキョウの手に駆け寄った。


「ありがとう、本当にありがとう! ずっと見つからなくて諦めていたんだよ。荒っぽいけど、あんたは幸運を呼ぶ恩人だねぇ」


 おばあさんは宝箱を開けると、中から古びた猫のぬいぐるみを一つ取り出し、キョウに押し付けた。


「お礼だよ。これはただのぬいぐるみじゃない、『困った時に助けてくれる妖精が宿ってる』って言い伝えがあるんだ。あんたみたいな不思議な方には、きっと力を貸してくれるだろうさ」


 京介が事態を飲み込めずに混乱していると、キョウはぬいぐるみを無造作に掴み、再び満足げに頷いた。

 ​そして次の瞬間、キョウは踵を返し、今度は村の出口へ向かって、再び猛然とダッシュを開始した。その先にあるのは――凶悪なモンスターがうろつく平原と、その遥か彼方にそびえ立つ、禍々しい魔王の城だった。


「待って! なんでそっち行くの!? レベル1だぞ!?」


 こうして、京介の受験勉強よりハードな現実ゲームが始まった。


(……って、参考書より先に攻略本が必要な状況があるか! まずはログアウトさせろぉぉぉ!)

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