第3話(4)「ノイズ」
Rec.に戻るとカツヤは居ない。
晶叶は一番奥の今は使われていないスタジオに居る。
「晶叶、入れる?」
「うん…」
「食べ物買ってきた。晶叶が好きそうなの。」
中に入ると狭いスペースに小さな二人掛けのソファが置かれていた。使わないものを無理矢理置いて、機材やコードが隅に山積みになっている。
「ありがとう。めちゃくちゃ腹減った」
「良かった。食欲あって」
「どうする?明日のライブ出れそう」
「………どう、かな。」
人に合うのが怖い。
「透真くんに相談する?蟹くんに直接いう?」
「………」
「どっちみちこんなことがあったのを、晶叶だけが苦しむの、俺は嫌なんだけど」
「………」
「蟹くんのせいでしょ。」
「……蟹くんは、……本当に、ミナトくんにひどいことをしたのかな。」
「まぁ、そこだよね」
「したかもしれないって俺は思っちゃって。だから抵抗できなかった。違うって言えなかった」
「俺も正直バンド仲間になって。誤解してた部分も多いなって思う。蟹くんて、ふざけはするけどちゃんとしてるよね。女の子にも。俺たちにも。」
でも本当だったら?………言えない。海老名も蟹江、蛍井の後輩。
またかいてしまう。痛い。
「……蟹くんが今どう思ってるのかがききたい。それ次第では、一緒にバンドやってくのは無理かもしれない……」
無理かも。
喉の奥から熱いものが込み上げてきてまた涙が滲む。
「俺もそうだな…。なんだかんだで本当はあの噂嘘なんじゃないかって気持ちにかけてたとこもあるし。」
海老名は同意してくれた。
晶叶は、感情が長い間、振り回されて、もう、すべてを投げ出してしまいたい。
「一回寝ない?」
「食べたら眠くなったね」
「寝よ寝よ」
ソファに腰をずらしてお互いに寄りかかりあった。
ポケットに入っている硬いものが太ももに当たる。デモテープだ。取り出して肘置きに置いた。
「もしかして新曲?」
「うん、SATELLITEみたいな曲作りたくて。あとおまけで2曲作った」
「うわ、聴きたい。けど、今じゃないかー…」
海老名は、残念そうに宙を見つめる
「うん、無駄になっちゃうかもしれないしね…」
「無駄にはならないでしょ?」
「蟹くんのドラムが聴きたくて作った曲だから。蟹くんと演奏できないなら意味ない」
「あー…そっか。」
海老名は、もしSODA FISHがなくなったら、自分はどうするのかと考えた。晶叶が作った曲は、蟹江と演奏できないならお蔵入り。それは勿体ない気がするけど、蟹江じゃないドラマーが叩いたら魅力は半減してしまうんだろう。
「同じ年なのに今まで、ちゃんと話せてなかったね」
「そうね、俺あんまりみんなと喋ってなかったから。でも蟹透真のこと疑ってるからしょうがないよね。」
晶叶は蟹透真のバンドの常連だと最初に聞かされて、否定派の自分は疎外感みたいなもの感じていた。
「かにとーま」
ニコイチ扱いに笑ってしまう晶叶。
笑ってくれたのが嬉しい海老名。
「蛍井だからホタルイカで蟹イカコンビでもいいけど」
「何それ、いいかも。けどそれ言ったらカニエビのほうが血縁関係濃ゆそう」
「確かに!」
笑いながら眠れるまで話し続けよう。
「晶叶は、なんでSODA FISHに入ったの?」
「蟹くんと、透真くんの演奏が好きで。でも、あの2人と俺は違うかなって思ってた。カッコよすぎるって言うか。でも海老のベースが、すごく好みで。この音ならって、思ったんだ。」
「ええー、そうなんだ…。ありがと。」
海老名は、正直に照れてしまった。緩む頬を掻いて、蛍井にメッセージを送る。
「明日の前座はできない。代わりを探してほしいです。」
モバイルをテーブルに置いて、もう目を閉じている晶叶の隣に身を沈めた。いつでも助けを求められるように、温度を伝えられる距離に。
────眠ったら2時間たっていた。
「やば。カツヤくん、外出てるよね?」
晶叶が先に身体を起こす。
「うん、俺が入ってきたときには居なかったよ。」
ゆっくり海老名は後に続く。
「スタジオの予約入ってないか、留守電聞いてくる。」
こんなときにもちゃんと仕事してエライな…なんて思いながら海老名はRec.の入口のカウンターへついて行く。
電話機は小さな赤いランプが点滅していて、留守番電話が入っていることを知らせていた。
やっぱり電話が鳴っていた。
カツヤに申し訳ないという思いと、間に合って欲しいという気持で、録音されたメッセージを再生する。
「……透真です。
晶叶、大丈夫か。
直接じゃなくてもいいから、
落ち着いたら連絡ちょうだい。
……蟹が、謝りたいって言ってる。」
晶叶は一拍、指を止めた。
心配されているのは分かる。
でも、その言葉の奥に、
もう答えが用意されている気がして。
謝りたい、という言葉は
許すかどうかを考える前に
もう「終わり方」だけを差し出されたみたいだった。
直接じゃなくていいって、
俺はまだ何も決めてないのに
「もう、知ってるってこと?」
「まさか。」
「……透真くんは、優しいよね」
海老名はそう言って、
それ以上は何も付け足さなかった。
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