第7話「運命の番、魂の誓い」
部屋の空気は、僕とカイが放つフェロモンで満たされ、むせ返るほどに甘く、濃密になっていた。
理性の箍が外れた僕は、ただ目の前のアルファを求め、カイもまた、僕の誘いに抗うことなく、そのたくましい体で僕に応えてくれた。
唇が離れ、熱っぽい吐息が絡み合う。カイの金色の瞳が、熱に潤んで僕を捉えていた。その瞳の中にいる自分は、見たこともないほど扇情的な表情をしている。
「エリアス……」
掠れた声で僕の名前を呼ぶカイは、まるで壊れ物に触れるかのように、優しく僕の衣服を脱がせていく。あらわになった肌に彼の指先が触れるたび、びくりと体が震え、甘い疼きが全身を駆け巡った。
「綺麗だ……」
彼の言葉は、貴族たちが口にするような上辺だけの賛辞とは違った。心の底から、魂が震えるような感動を込めて、彼は僕を見つめていた。その真摯な眼差しが、僕の羞恥心を溶かしていく。
やがて、何も身に着けていない僕の体に、カイがゆっくりと覆いかぶさってきた。筋肉質で、熱い彼の体が、僕を完全に包み込む。肌と肌が触れ合う感覚に、ぞくぞくと快感が背筋を走った。
「……怖いか?」
僕の耳元で、カイが囁く。僕は、彼の首に腕を回し、小さく首を横に振った。
「怖くない。カイと一緒なら」
僕の答えを聞いて、彼は満足そうに微笑んだ。そして、僕のうなじに顔をうずめると、そこに小さく、吸いついた。
「……っ!」
うなじは、オメガの急所だ。そこにアルファの牙が立てられる時――それは、二人が「番」になることを意味する。生涯を共にするという、魂の契約。
僕は、これから起こることを受け入れる覚悟を決めた。この人となら、番になりたい。心からそう思った。
その瞬間だった。
僕とカイの間に、今まで感じたことのない、不思議な感覚が生まれた。まるで、遠い昔から互いを知っていたかのような、強い引力。パズルのピースが、ぴたりとはまるような、絶対的な確信。
『ああ、そうか……』
僕たちは、ただ惹かれ合っただけではなかった。
『この人は、僕の――』
「運命の番……」
僕とカイの口から、同じ言葉が同時に零れ落ちた。
互いに目を見開いて、驚きに息をのむ。運命の番。それは、この世にたった一人しかいない、魂の片割れ。出会える確率は奇跡に近いとされ、多くのオメガとアルファは、番うことなく一生を終える。
まさか、自分が。
追放された、この最果ての地で。
運命の番に出会えるなんて。
「……そうか。だから、俺は……」
カイが、納得したように呟いた。
「初めて会った時から、あんたから目が離せなかったんだ。守ってやりたいと、幸せにしてやりたいと、柄にもなく思った。……そういうことだったのか」
彼の言葉に、僕の目から涙が溢れた。それは、悲しみの涙ではなかった。どうしようもないほどの幸福感に、胸が満たされて、勝手に零れ落ちた涙だった。
神様は、僕を見捨ててはいなかった。アランとの婚約は、偽りのものだった。僕の本当の運命は、ここに、この人の隣にあったのだ。
「カイ……っ」
「泣くな、エリアス。これからは、嬉し涙しか流させないと誓う」
カイは僕の涙を優しく舐め取ると、決意を秘めた瞳で僕を見つめ、そして、言った。
「愛してる、エリアス。俺の、たった一人の番」
「僕も……僕も、あなたを愛しています。カイ」
言葉を交わし、想いを確かめ合った僕たちに、もはや何の躊躇もなかった。カイは、僕のうなじに再び顔をうずめ、そこに牙を立てる代わりに、深く、深く口づけた。まだ本当の番になるには、段階が必要だ。けれど、僕たちの魂は、もうとっくに結ばれていた。
そして、彼はゆっくりと僕の体を受け入れた。初めての経験は、痛みよりも、満たされる喜びの方がずっと大きかった。空っぽだった僕の何かが、カイという存在によって、完全に満たされていく。一つになるというのは、こういうことなのだと、身をもって知った。
何度も、何度も、名前を呼び合った。互いの熱を感じ、愛を囁き、魂の結びつきを確かめ合った。窓の外が白み始める頃まで、僕たちは夢中で互いを貪り、求め続けた。
長い夜が明け、僕が疲労と満足感の中で微睡んでいると、カイが僕の髪を優しく撫でているのを感じた。
「……エリアス」
「……ん」
「俺と、家族になってくれないか」
それは、プロポーズだった。王子がするような、きらびやかな言葉も、高価な指輪もない。けれど、その一言には、彼の全てが込められていた。
僕は、眠気に抗いながら目を開け、目の前にいる愛しい人の顔を見つめた。
そして、人生で一番、幸せな笑顔で、こう答えた。
「はい。喜んで」
その言葉を聞いたカイは、子供のように顔をくしゃくしゃにして笑った。
僕の人生は、偽りの断罪によって一度は終わった。けれど、それは新たな始まりだったのだ。この最果ての地で、運命の番と出会い、魂の誓いを交わすための。
もう、僕は孤独ではない。隣には、僕を世界で一番愛してくれる人がいる。それだけで、僕はもう、何も怖くなかった。朝日が、祝福するように僕たち二人を、優しく照らしていた。
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