晴霞の王

瀬戸榛名

プロローグ

 冬空を灰色の雲が覆っている。冷たい風が吹き荒れる戦場に、一人の少女が現れた。


 肩で切り揃えられた白銀の髪が風になびく。

 顔にかかった髪を右手で無造作にはらうと、瑠璃色の瞳が覗いた。正面に立ち並んだ敵の軍勢を見据えるその瞳は、冷静な光を湛えている。


 彼女が無言で睨みつけると、銀色の光を纏った風が周囲に吹き荒れる。彼女の魔法に呼応するかのように、雲の切れ間から、太陽の光が彼女に降り注ぐ。

 光に照らされたその姿は、さながら神話の世界の軍神のようだった。


「セフィリア様!」

 後ろから自分の名を呼ぶ声に、セフィリアはただ静かに頷く。

 彼女は口を開かない。代わりに銀色の魔力を纏った風が、敵陣に跳ねる。兵たちは、その威圧感に、全身を射すくめられたように硬直した。


 足のすくんだ兵たちの間を、敵国、リュグルスの将の叱咤が駆け巡る。その声に応え、彼らは懸命に応戦していた。


 しかし、絶え間なく飛んでくるセフィリアからの攻撃魔法に、隊列は崩れ、兵士たちは、一人また一人とその場に倒れる。

 敵からの攻撃がおよそ途切れたのを感じたセフィリアは、正面へ向けて手をかざす。放たれた光の渦が、轟音と共に兵士たちを飲み込む。


「立ち去れ。──ここは私の国だ」


 瑠璃色の瞳が暗く煌めく。彼女の声は王の威厳に満ちていた。彼女の圧倒的な力を前に、なす術がなくなった敵軍は、ついには撤退を余儀なくされた。


 セフィリアは、無人と化した戦場に向け、手を水平に払う。光とともに戦いの痕跡は消え、先ほどまで戦場であった草原は、何事もなかったように草を揺らしていた。

 勝利に歓喜する兵士たちの声を後ろに聞きながら、セフィリアは表情を変えることなく、地平の山脈を眺め、ふ、と一息つく。


 尊敬と畏怖の入り混じった視線が、自国の兵士たちから彼女に注がれる。セフィリアはそのまましばらく山際を眺めていたが、そっと振り返ると、自国の兵士たちに語りかける。彼らは少し距離をあけて、彼女のことを見つめていた。


「来るのが遅くなって悪かった。もう大丈夫だ、私は戻って少し休むよ」

 何事もなかったかのように、微笑む。

「ゼド」

 彼女は短く指揮官の男を隣に呼ぶ。そのままいくつか指示を出すと、戦勝の喧騒に加わることなく、城へと戻った。


 兵士たちは口々に言う。

「何度見ても信じられない。セフィリア様の力は」

「セフィリア様がいれば、この国は大丈夫だ」

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