第50話
「君さ」
剣戟と怒号が入り混じる戦場で、
ハロルドは世間話でもするように言った。
「その戦い方、自己流でしょ?」
「……それが、何だって言うんだ?」
ライカが吐き捨てる。
「うん。やっぱり」
軽く頷き――
「筋力も判断力も、申し分ない。
だからこそ、もったいないんだ」
次の瞬間。
距離が、消えた。
「――っ!?」
踏み込みが、速すぎる。
「適当すぎるよ」
斬撃。
ライカは反射的に斧を構える。
だが――
ハロルドの手首が返り、
剣筋が“途中で変わった”。
「クッ……!」
刃が、肩口を裂く。
熱と共に、血が跳ねた。
「ほら」
淡々とした声。
「真っ直ぐ打ち込んで切るだけじゃないんだ」
さらに、斬撃。
ライカは歯を食いしばり、後方へ跳ぶ。
(……知らない……こんな、斬り方……)
「素早いね」
ハロルドは感心したように言い――
「はい、ご褒美」
腰の装備に手を伸ばし、ベルトにこすりつけるように走らせる。
火花が散る。
次の瞬間、
何かが投げられた。
(――爆弾!?)
身構える。
爆音。
だが、衝撃は浅い。
殺すためのものじゃない。
ただ――視界と、呼吸と、動きを奪うだけ。
それで、十分だった。
ライカの動きが、止まる。
「ごめんね」
サーベルが、松明の光を受けて煌めく。
「俺は戦士でも、剣士でもない」
一歩、踏み出す。
「軍人なんだ。勝つためなら、何でも使うよ」
その言葉は、斬撃よりも鋭く――
ライカの価値観を、切り裂いて──
サーベルが、ライカの肩を貫いた。
「――ッガァ!!」
衝撃と激痛。ライカは膝をついた。
「もうやめておきなよ」
ハロルドの声は、静かだった。
「君じゃ俺には勝てない。
降伏しな。女の子は、殺したくない」
その目にあるのは、確かに――優しさ。
だが、ライカにはそれが哀れみにしか見えなかった。
「……っ!」
次の瞬間、ハロルドの目が見開かれる。
ライカは――
肩に突き刺さったサーベルを、素手で掴んでいた。
引き抜こうとしていた。血が、指を伝う。
「やめなよ」
ハロルドが、思わず声を強める。
「肩を壊す。指も落ちる。
君の生き方が、なくなってしまう」
「……うるさい」
低く、擦れた声。
「人間……」
ライカの目は、濁っていた。
生き延びようとする者の目ではない。
かといって、狂気でもない。
“引き返すことを拒否した者”の目。
「絶対に……殺してやる」
その瞬間、
ハロルドは理解してしまった。
――この
「……残念だよ」
彼は、ほんのわずかに目を伏せる。
「君にも、笑える未来があったかもしれないのに」
左手が動く。
ナイフを抜く。
それは憎しみではない。
怒りでもない。
“処理”だった。
彼なりの――
救い。
終わらせるという、選択。
「――待ちなさい」
その声が、戦場を切った。
怒号でも、命令でもない。
感情すら削ぎ落としたような、静かな声。
だが――
誰もが、それを無視できなかった。
「それ以上は、私の許可をもらわないと」
まるで、
自分の持ち物にたかる蝿を払うような口調。
ハロルドの視線が、わずかに上がる。
いつの間にか――
甲板には、新たな縄梯子が掛けられていた。
そこから現れたのは、
大柄な女の
「……メアリード」
ハロルドが、呆れたように言う。
「船長自らお出ましとはね」
「久しぶりだな! クラゲ野郎!
まだ生きてやがったか!」
メアリードは豪快に笑う。
だが――
先ほどの声は、彼女のものではない。
続々と乗り込むシャチの海賊たちの声でもない。
メアリードの背に、
“何か”が背負われていた。
ぽん、と肩を叩く。
「悪いな、ヴェロニカ。今おろしてやる」
ロープが解かれ、
人間の女が甲板に降り立つ。
ずぶ濡れのまま、
彼女は髪をかき上げ、整えた。
まるで、
ここが戦場ではないかのように。
「……ヴェロニカ?」
ハロルドが、初めて名を確かめるように言う。
「獣王様、だっけ?
最近、よく聞く名だ」
「そう?」
女──ヴェロニカは、楽しげに笑った。
「名前が売れてるなら、結構なことだわ」
その瞬間――
甲板の空気が、
完全に彼女のものになった。
「シャチじゃない
ハロルドはサーベルを持つ手を軽くひねりながら、
視線をヴェロニカから外さずに言った。
「君の手下だったのかい?」
「グ……」
肩を貫かれたまま、ライカが呻く。
「おいおい」
メアリードが一歩踏み出し、腰のカトラスに手をかける。
「陰険な真似をするじゃないか、クラゲ野郎!」
だが、その動きを――
ヴェロニカが、片手で止めた。
「残念だけど」
淡々とした声。
「貴方は、あっち」
指先が示す先。
そこでは、海賊たちが海兵に包囲されつつあった。
「……冗談だろ?」
メアリードが歯を剥く。
「親玉を前にして、アタイに引けって言うのか?」
「別に、ここに残ってもいいわ」
ヴェロニカは、視線を向けない。
「その代わり――
大切な仲間が、死ぬ」
「……せ、船長……」
周囲の海賊たちが、思わず声を漏らす。
一瞬。
メアリードは、戦場全体を見渡した。
そして――
「……チッ」
吐き捨てるように、言う。
「行くよ、野郎ども」
カトラスが抜かれる。
「海兵共を、蹴散らす!」
その背中に、迷いはなかった。
彼女は“船長”として、自分の戦場へ戻った。
メアリードが突撃すると、海兵たちは文字通り吹き飛ばされた。
その姿に引きずられるように、海賊たちの士気が一気に跳ね上がる。
――大海の咆哮船長。
“噛み千切りメアリード”
その名は、偶像ではない。
いくつもの村を焼き、船を沈め、生き延びてきた。
戦場に立つ者の重みが、彼女にはあった。
「ふむ」
ヴェロニカは一つ頷いた。
「上出来ね」
「……あのさ」
ハロルドが、困ったような声を出す。
だが、その目は油断なくヴェロニカを測っていた。
「上機嫌なところ悪いけど、君一人になってしまったよ?」
立ち振る舞い。
武器を持たない両手。腰には無骨なナタ。
気迫のなさ。
そして、結論。
「魔法使いでも剣士でもない。
ヴェロニカ、だったかな?」
一歩、踏み込む。
「君一人で、俺をどうにかするつもり?」
「しないわ」
即答だった。
「貴方なんか相手にしない。私、そんなに暇じゃないの」
一瞬。
ハロルドの表情が、確かに変わった。
「……なるほど」
声が低くなる。
「じゃあ、この状況をどうする?
君の可愛い
「お姉さん!!」
ライカが叫ぶ。
「ウチが抑える!
その間に逃げてくれ!!
絶対に、コイツに追わせない!!」
肩を貫くサーベルを、素手で掴み。
噛みつき、引き抜かせまいと踏ん張る。
その姿を――
ヴェロニカは、ただ見ていた。
哀れみも、怒りも、焦りもない。
あるのは、
“選択”を下す者の目だけだった。
──続く。
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