魔力の広がる世界で僕らは剣をとる—序章〜一章編

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序章 新たな地盤

ep.1 [洵]プロローグ

 僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。黒いスーツ男がぐったりと力の抜けた“僕の形をした何か”を抱える姿を。にいにが申し訳なさそうに優しく手を振る姿を。病的なまでに細身の女が二人に手を触れる姿を。


『絶対に迎えに来るから』


 女の手が二人に触れた瞬間、彼らはどこかへと消えてしまった。

 にいにがくれたその言葉を最後に連絡が取れる事もなく、僕と母は2ヶ月もの期間をただ画面越しにゲートから溢れ出たモンスターに恐怖して、麻痺しだした社会を呆然と見つめることしかできなかった。




 僕が目覚めた春休みの日から三週間ほどで起こった、日本中の田舎町を巻き込んだ悲劇。その元凶となるゲートは、この町から川を跨いですぐそこの河川敷にもひとつ存在していた。

 ゆらゆらと表面の模様が手招きするように揺れる石の台座の周りには囲むように半透明な三角形が3つ。


 ——四週間目に三角が一つ。七週間目に三角が二つ。

 そんな規則性を見せたスタンピードの次の発生場所として、真っ先に考えられるのが橋の先にあるそのゲートだった。

 突如出現したダンジョンのゲートが開いてから九週間。刻一刻と迫るタイムリミットに、僕と母は貴重品を車に詰め込んで札幌に避難した。


 そんな時、長い避難生活が始まると覚悟していた僕たちの前ににいにがひょこっと戻ってきた。

 ——隣にあの細身の女を連れて。



 『準備が整うまで』と用意された臨時家屋の中で、しゅんは同じ長机を共有する年上の少年に向かって質問する。


ぼくはそんな感じ! 陽翔はるとくんはどんなふうにここに来たの?」


 ここに来た時はちょっと怖い顔だったけど今は少し笑ってる。やっぱり緊張してたのかな?


「俺はじいちゃんと誰かとで取引があったみたいなんだけど、男の人に連れられて来たよ。これから俺どうなっちゃうの!?って思ってたからさ、ワープされ仲間がいて安心したわ」


 黒髪短髪。いかにも健康体な青年は気持ちの良い笑顔を見せた。



 集められた僕たちは少しずつ数を増やしながら、魔法で作られたというボロボロの土塊のような仮校舎で生活を始めることになった。

 実をいうと僕は少し特殊で、にいにが貰った“ひと枠”でそこに入学していた。

 『どうしてこんな場所で』と悪感情をこぼしてしまいそうにもなるけど、周りを見ることで自分たちがどれほど恵まれているのかは薄々分かっていた。ただ現実から目を背けたかったんだ。



 文明崩壊。これまで当然とされてきた歴史と化学の結晶は、時間と共に消滅してしまった。

 その異変に初めて気がついたのは、仮校舎からしばらく歩いた場所にあるゲート周囲一帯の人工物が、綺麗に無くなっているのを見てしまった時だった。

 それから日に日に広がる絶望を僕らは肌で感じ取り、一人またひとりと武器を手に取るようになった。


 モンスターを倒せば、理由は分からないけどレベルが上がるらしい。

 レベル1で自分の情報を見られる《下位自己鑑定ステータス》が使えるようになって、レベル5ではモンスターを倒すと得られるペクニアポイントと物資を取引できる《交換》というスキルが手に入る。

 《交換》は元々レベル10で習得できたものが引き下げられたとなると、何者かの意図を感じる。

 僕らはそんな奇妙で壊れた世界を生きていくしかなかった。


 魔力が広がった新世界で人々はインフラを失い、情報網を失い、衣食住の拠り所を失った。

 幸いにも僕ら学校組は守られている。学校には常にダンジョンを出入りする冒険者をまとめる協会の職員が常駐し、異常時にはモンスターから僕たち生徒を守ってくれる。じゃあ僕らは学校組は戦わなくて良いのかと言われるとそうでもなかった。

 守ってもらえるのは同年代のみんなじゃない。僕ら中高生用の学校はまだここ一箇所だけ。そんな恵まれた環境ではあるけれど、だんだんと戦わないことを望んだ生徒にも、戦闘が科されるようになっていった。


 最寄りのゲートにある“時限石”と呼ばれる、スタンピードまでの残り時間を示す半透明の石は三角形が2つ。下級中位と呼ばれる等級のもので、中にはモンスターと呼ばれる凶暴な敵対生物がいる。そこのモンスター、コボルトは犬っぽい顔を持った二足歩行の化け物だった。

 ここは既に一度スタンピードが起こって、解決済みの場所だと聞いた。けれど『なら安心』とはいかないみたいで、他のダンジョンは二回目のスタンピードを起こしている場所もあった。


 次はどうなるか分からない。どんな敵が溢れてくるかも、どのぐらいの数であるかも、その時に対応できる戦力がこの街にあるかも、全部分からない。


 何かを守るには、誰かが立ち向かわないといけない。


『だから戦わないといけない』


 僕にはそれが恐ろしくて、たったの一歩を踏み出すことができずにいた。

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