ビッチ吸血鬼さんのデザート係
膳所々
私のデザートだから
「あの二人、また授業抜け出してたぜ」
「先生も注意しろよ......」
「
「流石ビッチの白樺さん」
「あいつがいけるなら俺も相手してもらえるんじゃねーの?」
そんなクラスメイト達の声に歓迎されながら、俺と白樺
聞こえていないと思ってるのか知らないが、残念ながら俺は耳がいい。全てバッチリと聞こえてしまっている。
俺と一緒に噂されているはずの蓮華は気にしてるのかそもそも聞こえていないのか、いつもと変わらず、つまらなさそうな目をしながら自分の長い爪を眺めている。
それに倣って、俺もいつも通り目を瞑った。
「じゃ、脱いで」
遡る事30分前、俺はクラスメイトの
多分このセリフを聞いたら先程俺の事を羨ましがっていた男子が鼻血を出す勢いで興奮するのだろうが、残念ながらそんな鼻血が出るような展開はない......いや、血は出るが。
「いただきます」
彼女、白樺蓮華は吸血鬼だ。今日も体育の時間を抜け出して、俺の二の腕部分を愛おしそうに眺める。
「変な噂されるから、せめて放課後にしてくれないか」
「無理。君が汗かくのがいけないんじゃん。いつも美味しそうな匂いさせてさ」
「体育の時間に汗をかくなと言われても不可能だろ。人間の基本だ」
「ウソ。私かかないもん」
「人間じゃないからな」
「ふふ。吸血鬼ジョーク」
小さく笑いながらそう言い、彼女は俺の二の腕に唇を近づける。
お互いの存在しか感じられない、人の気配のない女子トイレ。彼女の口の端から漏れる湿度の高い吐息は感じるけど、二の腕に痛みは感じない。
蚊が麻酔成分のある唾液を分泌するようなものなのだろうか。彼女の吸血行為で俺が痛みを感じたことは無く、今も俺の腕から垂れた少量の血液でようやく血を吸われているのだと自覚する。
二十秒ほど経っただろうか。二の腕に口づけをしている彼女を眺めていると、満足そうに「ごちそうさまでした」と呟いた。行儀は良いらしい。
「別に血を飲まなくても生きていけるのに、なんでわざわざ俺の血を吸うんだ?」
俺は長袖を手首まで下ろしながら彼女に聞いた。生きるために血液が必要ない事はつい先日彼女から聞いたことだった。
「女の子っていうのはデザートは別腹なの。つまりそういうこと」
「なるほど」
つまり深く追及すればするだけ面倒だという事だ。とにかくやめてくれないという事だけが分かればいい。
「先に戻っててくれ。後から行く」
「最近思ってたんだけどさ、なんで一緒に戻らないの? 面倒じゃん」
俺が気を遣ってやってるのにも気づかない、鈍感な吸血鬼に思わずため息を漏らす。
「不純異性交遊が疑われるからだ。最近そんなくだらないデマがずっと流れてる。帰るタイミングまで一緒なら噂が助長するだろ」
「あ~......そっか」
納得したような声を漏らした彼女は、トイレから出ようと取っ手にかけていた手を戻し、自分の制服のボタンに手をかけた。
「なら、デマじゃ無くす?」
「なっ......!」
彼女にグイっと詰め寄られ、主張の強い胸元と彼女の白い肌とは対照的な黒の下着に意識を吸い取られる。しまった。面白いくらいに分かりやすく狼狽えてしまった。
「ざんね~ん。ただのスイーツ君にそんな権利はありませ~ん」
けらけらと笑った彼女がトイレを後にする。
「......」
一人女子トイレに取り残された俺は、小さく息を吐きながら壁にもたれかかる。
......なんでまともに相手してるんだ。俺。
ほんと、何でまともに......。
「もしもし?」
そう声を掛けられ、飛び起きる。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「あはは、凄い反応」
目の前には俺に声を掛けたのであろう女の子。残念ながら俺は彼女の名前を覚えておらず、クラスメイトに「委員長」とだけ呼ばれている事だけしか記憶になかった。
「おはよう。学校終わってみんな帰っちゃったよ?」
委員長の言葉に教室内を見回す。本当に誰もいなかった。
「......起こしてくれてありがとう。委員長」
俺はそう言って逃げるようにカバンへ手を伸ばす。俺がここ数年まともにコミュニケーションを取ったのは親を除けば白樺蓮華だけだ。目の前の正統派な女の子相手にまともに話せるわけがない。
「ダメ、まだ帰らないで?」
カバンに伸ばした手を止められる。彼女の手は白樺蓮華より小さくて、冷たかった。
「せっかく二人になれたんだからお話しようよ。その、聞きたい事もあるし」
「聞きたい事?」
少し頬を赤らめて話す彼女の聞きたい事というものに心当たりはもちろんない。
白樺さんと──彼女の口はそう言った気がしたが、もともと風鈴みたいに儚かった彼女の声は勢いよく開いたドアの音にかき消された。
「来て」
ドアを開けた主、蓮華が乱暴に俺に言って、俺の答えを待つことなく腕を引っ張った。
そのまま俺は力のまま腕を引かれ、部活に取り組む生徒の声すら聞こえないくらいの校舎の奥まで連れていかれる。
「吸う」
一言だけ、吐き捨てるように言って、俺の首筋に唇を寄せる。いつもと違う場所を吸われ、首筋にあたる吐息と唇の感触がこそばゆかった。
「......そこ、跡が残るからやめてって言わなかったっけ」
「うるさい」
乱暴な吸い方のせいか、珍しく少しだけ痛みを感じた。
「これから、他の女と、話すの、禁止」
呼吸もせずに吸っていたからか、首筋から口を離した蓮華が少し息を切らして言った。口の端からは、少し血が零れていた。
「話す相手が居ない」
「さっきの女が居た」
「偶然だ」
「偶然でも駄目。一回だけでも駄目」
「何で?」
そう聞くと、彼女は意外なまでに狼狽えた。自分でもその理由が分からないらしい。「なんで......なんで......」一種類しか言葉を教えられていないオウムみたいに、彼女は何度も繰り返した後、ようやく理由を見つけたのか、彼女は艶美な笑みを浮かべた。
「君は、私専用のデザートだから」
ビッチ吸血鬼さんのデザート係 膳所々 @nandeyanenn
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