審判の日 ~中~
礼拝堂は異様な雰囲気に包まれていた。様々な意図で集まった貴族、商人、市民の表情は一様に緊張している。理由は単純、武装した兵士と聖職者。常識では考えられない状況がそこにあった。
ソフィアが礼拝に参加するのは珍しい事ではない。だが、大抵は直衛五人や侍従を連れてくる程度であった。今回は銃や剣で武装した兵士が十数名。
更に異常を生み出しているのは、教会側も一様に武装していること。その数は兵士とほぼ同数、武装は様々。当然ソフィア側が武装することの報復というのは誰も考え付く。されど、普段の教会なら武装せずに平和の意志を示すはず。
「もし、司祭殿」
「いかがされましたか?」
緊張感に耐えきれず、貴族の一人が司祭へと声を掛けた。女の司祭は、ニッコリと笑って貴族の彼を見る。その腰には、物々しいメイスが吊られていた。
「その、何故、武装を……?」
「此度の礼拝は様々な方がおいでになっております。特例ではありますが、万が一の事があってはならないとの事で武装しております」
「そ、そうか……」
有無を言わせぬ、用意された言葉の圧。上がそう決めている。そう言われてしまえば、貴族といえども問い質すことは出来ない。すごすごと長椅子へと戻る彼。
準備もとうに終わり、困惑と緊張の入り混じった状態が続く。参列者を囲うように聖職者と兵士が立つ。正面の巨大な十字にバツを乗せた形、星徴のある台側には聖職者が固まる。入り口側に兵士が立っている。
しかし緊張は破られる、礼拝堂横側の扉よりフィグラス司教補佐が現れた。続くように、一人の少女と五人の騎士が入って来る。慌てて全員が立ち上がり、礼を行おうとするも、少女はそれを手で制した。
「礼拝は神へと捧ぐもの。この場においては私とて、信徒の一人に過ぎぬのです。当然、礼は不要です」
薄紫の長髪は光を反し、恐ろしく整った顔には薄い笑顔。低い身長も相まって、見た目は完全に可愛い盛りの令嬢である。中身を除けば。
供の騎士は壁際へ、少女ソフィアは最前列へと座った。そしてすぐに、聖卓の傍に立つフィグラスが告げる。
「全員揃いましたので、これより礼拝を始めます。……皆様、ご起立下さい」
バッと音を立て、全員が立ち上がる。物々しい兵士や聖職達も同じく、聖卓側へと身体を向けた。そして、皆一様に聖歌の紙を持つ。始まるのだ、礼拝が。
「開祭に当たり、聖歌によって司教を迎えます。お手元の歌詞をご覧ながらご歌唱下さい」
フィグラスはそう語り、続いてオルガンの前に座る奏者を一瞥する。オルガンの前に座る男の聖職者は、一度頷いて演奏を始めた。温かくも荘厳な音が礼拝堂を包んでいる。
「「「黙せし我らの~天に星は輝き~我らを照らすは~煌く日~」」」
題名は"天よ我らを包み給え"。礼拝でよく歌われる聖歌の一つ。参列する人々の声が響き渡り、一体感を作り上げていた。
歌が歌われる中、左側の入口より一人の女性が現れた。聖布を垂らした祭服に聖杖の装いで聖卓へと歩くのは、シリッサ大聖堂のトップ。クレア・エウフェミア司教。その表情は、人々を安心させるように微笑を浮かべている。
「「「天よ~我らを憐れみ~見下ろし~包み給え~」」」
クレアが聖卓に立ち、歌が終わる。再び静かになった礼拝堂の中で、クレアは静かに口を開いた。
「解心の祈りを行います、私に続けて下さい。全たる天と地に在る朋友へ、言葉を紡ぎます……」
「「「全たる天と地に在る朋友へ、言葉を紡ぎます……」」」
そう言うとクレアは教典を開き、静かに祈りを唱え始めた。続く参列者、礼拝が厳かに始まったのだ。
礼拝は会場の参列者が拍子抜けするほどに、普段と変わらなかった。周囲を囲む武装は物々しいが、始まってしまえばただ居るだけ。ソフィアも大人しく礼拝を行い、クレアも司教としての役割を全うしているだけであった。
時間は過ぎ、礼拝も終わる。残すは閉祭の辞だけであり、主催たるクレアには疲れた様子も無い。
「シリッサを取り巻く状況が変わり往く中で、それでも集まって頂ける朋友へ、改めて感謝を伝えます。地に在る朋友よ、これにて礼拝を終わります。朋友の一日が、よりよいものでありますように」
「「「朋友の一日が、よりよいものでありますように」」」
礼拝は最後の祈りで幕を閉じ、それぞれが帰途へ付こうとザワザワ動く。そして、正面の扉が開いた。
「列席する諸君、帰途につくのは待ちたまえ!」
開いた大扉の先から大きく響いたのは、男の声。何故か礼拝が終わった後、礼拝堂へと入ってくる人物が三人。また違った困惑に包まれる礼拝堂。
ズカズカと礼拝堂の中央を歩んで進むのは、鎧を聖布で包んだ不思議な者たち。騒めく会場を横目に見ながら、聖卓の前に立つクレアの前へと立った。
「司教クレア。請願に応じ参上いたしました」
「友よ、星章をお見せ頂けますか?」
「えぇ、勿論」
クレアに話し掛けた、灰色の布を身に纏った男。彼は聖銀製の星型を懐より取り出し、クレアへと見せる。正に、その星章は異端審問官の印であった。
「感謝します。審問官、お名前は?」
「テレンスと申します。後ろの二人は部下でございます」
先頭の白髪、知性を感じさせる顔立ちを持つ壮年の男。彼はテレンスと名乗り、綺麗に一礼した。
「アルフと申します」
「セルマと申します」
続けて二人も礼をした。色が抜け落ちたような白髪が共通している。アルフが真面目な顔の若い男。セルマが活発な顔立ちの若い女。
「さて、早速ですが……本題に入っても?」
「無論です。始めましょう」
怒涛の展開で参列者は明らかに当惑していた。また騒めく場内。一部の貴族や商人は薄く気付いていた、これが本番か、と。
「改めまして皆様。もう一度、ご着席下さい」
有無を言わさぬクレアの発言。立っている兵士と聖職者の雰囲気が、明らかに重くなっている。
どうにもならないまま、全員が再び着席する。参列者の多くはまだ、状況を掴み兼ねていた。全員が着席した事を確認し、クレアはテレンスへと視線を向けた。そして、彼が口を開いた。瞬間。
「司教。……これは何事ですか?」
動いたのは、座ったままで沈黙していたソフィアだった。彼女は整った顔に困惑を浮かべている。クレアは、変わらぬ微笑で彼女を見た。
「ご存じでしょう?言わずとも、貴女の兵が語っておりますよ」
「参列者の皆様を守る為……だったのですが」
「あくまでシラを切る……と」
「何の事でしょう?それで、一体何事なのです?」
クレアはソフィアの疑問に返答せず、再びテレンスを見た。テレンスは懐より一枚の紙を取り出す。そして、座る聴衆とソフィアへ向けて内容を読み上げ始めた。
「告発者、シリッサ教区司教クレア・エウフェミア。内容、ソフィア・クオーツ・リードラル辺境侯爵は異端である」
端的に告げられた告発内容に、聴衆の動揺が強く走った。
「馬鹿な……!」
「司教様が、リードラル卿を告発……?」
「しかも、異端として?」
様々な場所から聞こえてくる声。多くは状況を確認するような、どよめきである。続けてテレンスは告げる。
「罪過。教会の貧者救済を妨害。無辜の市民や貴族の殺戮。神の教えに対する背教。申し開きはあるか?」
一気にソフィアへと視線が集まる。彼女は口を挟むことなく、静かに内容を聞いていた。そして、焦りなく立ち上がる。一度、彼女は周りを見渡した。
「……まず司教。私の行いは貴女にとって、そう映っていたのですね」
「事実でしょう?」
クレアは微笑を崩さないが、明らかに声が低くなっている。ソフィアは心から悲しそうに、眉を潜めた。
「……一つ一つ、反論致しましょう」
「……『全てを知る天、貴方の景色を私に下さい。信じぬ悪意を、見渡す力を私に下さい』」
語るべく思考を巡らせるソフィアへと意識が集まる中。誰にも聞こえない程小さな声で、目を閉じたテレンスは"星彩"を唱える。そして、悟られぬように目を開き、ソフィアを見た。
テレンスの目が凄まじく見開かれ、震える吐息が漏れた。紙を開く手が、少しだけ震えている。彼は一度ソフィアから目線を外し、彼女をもう一度見た。すると。
「はぁっ……!」
ソフィアが、彼を見ていた。虚無が、彼の目を射貫く。テレンスは悟る、クレアがソフィアを異端と断じた理由を。ただこれは、明確な教会法違反。騒めく会場の中で、彼は揺れる。
次に動いたのはソフィアであった。彼女は黙ってしまったテレンスから視線を外す。そして聖卓側へと上がり、クレアの横へ立った。そして、聴衆を見渡す。やがて、礼拝堂は静まり返る。
「一つ、貧者救済。知っての通り、私は炊き出しや仕事を増やしました。それが教会の領分に立ち入ったとしても、妨害と呼ばれるのは過剰ではありませんか?」
「教え無き救済は堕落を招く。違いますか?」
ソフィアの反論に返すクレア。真顔のソフィアにして、微笑を浮かべるクレア。壇上にて相対する二人。
「私は教会と協同する為に、何度も交渉を行いました。されど、否定したのは貴女の方ですよね?」
「それは……」
事実の列挙に、クレアは言葉に詰まる。そもそもクレアの本命は"星彩"で、告発内容についてはいちゃもんに近い。
「次、殺戮について。私は王国大法もしくは領主法に則り、犯罪者を処断したに過ぎません」
「言葉だけでは証明出来ないでしょう?」
「では、私が好き勝手に処断している事実はどう証明するのです?」
「戮したのは事実でしょう!」
「大罪人を殺すなと?随分とお優しいですわね」
やはり、反論できない。元より証明できない内容で論戦をしている点において、ソフィアがやはり優勢であった。聴衆もまた、罪人に苦しめられた者が多い。故にこのやり取りは、クレアに対して少しの反感を生んだ。我々を苦しめた奴を、救うのか?と。
「最後、背教について。言うまでもありませんが……行事には参加し、祈り、歌い、献金もしています。聴衆の皆も知っているでしょう?」
「心が神を信じていない!違うか!」
クレアにもう余裕は無い。声を上げて、ソフィアの不信心を詰るしかない。クレアは気付いていた、この負け方は聴衆が敵になると。だが、事実と証明できない部分が混ざった語り口に勝てない。ここに来て、クレアはソフィアの強さを感じていた。
「……では、第三者へと聞きましょうか。フィグラス司教補佐、どうでしょう?」
壇の下側に立っていたフィグラスへと、ソフィアが声を掛ける。フィグラスは考える素振りを見せた。
「……一体、何を答えれば?」
「これまで貴方が見てきた中で、私が神の教えに背いた事がありますか?」
「それは……」
「本当に、背教と断じられる行為はありましたか?」
「…………」
フィグラスは答えられない。政治的な手回し、謀略を背教と断じられない。元より、クレアが原因であると言えばそうなのだ。ここでソフィアを断じれば、彼やクレアも同罪だろう。故に、沈黙。
「司教補佐は誠実な信仰者です。私に罪あれば、ここで告げるでしょう」
「違う!」
クレアが声を上げるが、もう論は無い。無視してソフィアは続ける。
「あらゆる真実は否定できない。真実は、私に信仰は在ると語っています。否定できますか、司教?」
「……」
沈黙するクレア。趨勢は決した。聴衆はソフィアを異端と断じない。そもソフィアの統治は崩れていない以上、基本的な民意は彼女に寄っている。良くなった街、残酷な事実がそこにあった。
「審問官テレンス。反論は行いました、これでも私を異端と断じますか?」
「そうですね……」
テレンスはまだ、揺れていた。目で見た事実は、ソフィアを異端と断じる。それ以外の全てが、ソフィアを異端では無いと断じている。彼の頭を渦巻くのは様々。中央の命令、二人の論戦、"星彩"、聴衆の空気。
縋るようなクレアの視線がテレンスへと向く。だが、どうしようもない。この状況でソフィアを異端としてしまえば、フェロアオイとの敵対は確実な上、民意は反教会に傾くだろう。枢機卿の面子は潰れ、テレンスの未来は消える。
息のつまるような沈黙が続いた。何もかもが張り詰めている空気の中、テレンスは口を開く。彼の顔には、フィグラスとよく似た苦悩が映っていた。
「……判決」
ソフィアは無表情で、クレアは祈り、続きを待つ。
「告発棄却。ソフィア・クオーツ・リードラル辺境侯爵は異端では無い」
クレアの全ては今、終わった。後は、転げ落ちるのみ。
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