司教補佐、フィグラス・ラブレ
リードラル卿と挨拶の最中、クレアがバタッと倒れてしまった。天に対する考え方の違いで彼女と争うことは多い。だが、あの有様……。流石の僕でも同情してしまう。
そもそも無礼二連続で、僕らの評価は地に落ちてるのは間違いない。僕は興味と、資質を試すのにリードラル卿へと問答を仕掛けた。無礼を承知で。これで切られるぐらいなら、どうせこの町は終わりだ。そう思いつつ。
誤算だったのは司教が“星彩”の祈祷を無断で使った上、リードラル卿を攻撃しようとした所だ。相手の目に映る、信仰を見る祈祷。クレアはバレないと思って使ったんだろうけど……愚かだ。……僕も、人の事は言えないか。
「どうするかな……」
ベッドに横たわって静かに眠るクレア。今の状態から見れば、先程の狂乱が嘘のようだ。僕はその脇に座って、色々考えながら様子を見る。
間違いなく、司教補佐になって一番の危機だ。いや、信仰史の中でも一番かもしれない。
「…………」
僕らは二つに分かれている。クレアの聖女派と、僕の教典派。僕のって言うと齟齬が出るか。理想の為なら何やってもいい連中が聖女派で、現実と教典の合間に生きるのが僕ら教典派。当然、仲が悪い。
「何故、分かり合えないんだ」
ポツリと零れる。この体制になってからかなり経つが、どうにも上手くいかない。中央出身のクレアと、地方出身の僕。ぶつかってばっかりだ。お互い神を信じる者であるが故に、戦いや罵り合いにはならないけど……。少しずつ、齟齬が出ていたのは事実だ。向き合ってこなかった故に、最悪の形で出てしまったんだろう。
「信徒の皆……」
僕らの無礼で、確実に扱いは悪くなるだろう。ただでさえクレアの放漫財政で、運営は傾きつつあるのに。彼女は、与える自分に酔ってる節がある。“天は言を降す。与えるではなく、分け与えるを知れ”、彼女に限らず、最近の聖職はこれを忘れつつあると思う。
「しかし……」
誤算は幾つかあったけど、一番はリードラル卿だ。最初は若い傀儡と考えてた。蓋を開けてみれば、あれは凄まじい傑物だ。シリッサについて聞き、状況認識の程度を知ろうとしたが……。十六の少女だ、悪い空気、とかの回答が出てくれば十分だと思った。それがどうだ。
────光の中だと、星が光っているか分からないだろう?
神学における光とは絶対だ、祈祷にそれも現れている。この理屈は神の理屈ではなく、世界の理屈だ。そして何より、納得してしまった僕がいるのが恐ろしい。少なくとも、地方をかなり巡って説法や、問答を潜ってきた。だから、自信が少しはあったんだ。そもそも、こんな話になるなんて思わなかったし……。
悲しいかな、僕も全容は理解できてないんだろう。自由という言葉に含んだ何かを、十倍にして返された。そして僕は、言葉に溺れてしまった。全く、嫌になる。
「司教補佐、よろしいですか?」
「……どうぞ」
色々と考えていると、ドアがノックされる。聞こえてきた声は、司祭の声。適当に答える。
「失礼いたします」
入って来た司祭は、波打つ黒髪を持つ長身の男。傭兵だった過去を持つ彼は、静かに僕を見てくる。軍人特有の落ち着いた雰囲気が、過熱しそうだった僕の思考を冷やしてくれる。助かるよ。
「……ご様子は?」
「見ての通り。身体の問題じゃない」
「心、ですか」
「恐らく」
お互いに戦場を知ってるから、その辺の前提を共有できているのがありがたい。知らないと、心で寝込むなんてあんまりピンと来ないからね。
「一部の司祭が、リードラル卿が司教を攻撃したと騒いでおります」
「勘弁してくれ……」
聖女派、その中でもクレア信者に近い連中はすぐこうなる。クレアは確かに綺麗で華があって、やってることは善意に見えるからね。その裏で後始末をする羽目になってる僕らを、見ようともしない。
「愉快な連中です」
「実際、護衛は精鋭中の精鋭。恐れるのも無理はないか」
リードラル卿を守っていた五人の兵士。武装はパッと見平凡だが、武装の柄だけダンジョン産の名品だった。ともすれば、隠してるだけで全員が凄まじい装備なんだろう。
何より、立ち振る舞いや雰囲気で分かるよ。僕も戦場をそれなりに渡ってるからね。五人で一つみたいに動いてる、常に死角を持たない状態。いやぁ、怖いね。
「何より、あれほどの武力にして統制が取れています」
「リードラル卿は傑物だ。五人から忠誠を誓われてる」
「形式ではなく?」
「あれは、心からだろうね」
普通は統制を取れない筈なんだ。護衛達も強い自覚があって、だから無能やお飾りだと舐められる。でも様子を見る限り、リードラル卿の命を守るために一致団結してるようにしか見えない。十六歳だろう?あれだけで偉業だよ。
「闘れる?」
「一人相手に時間稼ぎが精一杯です」
「だよね」
「予定が?」
「ないない」
手を横に振りながら、司祭を見た。いつもの鉄面皮。流石、あの護衛と戦うかもって言われても汗一つかかないとはね。……冗談で済んでよかったよ。
「でも、そうなる可能性はあった」
「……恐ろしい話で」
「そもそもさ、成り立て辺境侯が持っていい兵力じゃないよね」
「間違いないかと。忠誠、維持、編成、どれも一級品です」
普通の貴族家が持てる兵じゃないよね。ダンジョン産の武装っていっても、明確に役立つレベルのはそうそう出ないし。全身とか余計に無理だし。銃兵もしっかり訓練されてるみたいだしさ。
「流石、フェロアオイのご令嬢なだけあるよ」
「……七大ですか。通りで」
「そ。西方の騒ぎも、リードラル卿が潰したって」
「なるほど、卿が……」
もう既に何個も潰してきてるんだ。今更教会の一つや二つ、余裕で潰すだろう。教会の情報網から色々聞いている。曰く腐敗貴族は文字通り、地上から消し去られたらしい。
恭順には飴を、敵対者は容赦なく根切り。単純だけど、どこまでも強い方針だ。やれる人間が多くないってのを除けば。まだ十二の頃でしょ?ほんと、信じられないな。
「知己の傭兵達は言っておりました。従えば羽振りが良いが、敵対すれば誰も残らん……と」
「だろうね。末恐ろしい」
「だからこそ、三年で治まったのでしょう」
「今度は僕らが当事者だからね、笑えないよ」
お互いに重苦しい顔を見合わせる。リードラル卿に従えば、悪いようにはならないだろう。少なくとも取り潰しは無い。だが、統治が良いかどうかはまた別の話だ。それを見極めるための問答だったんだけどね……。
「とりあえず、煩いのを鎮めに行こうか」
「承知しました」
行くかぁ、と腰を上げた。
「んぅ……」
ベッドの方から声が聞こえた。今、起きるんですか?いや起きられるのはいいんですけど。
「……ここは?」
「貴女の自室です、司教」
「寝てたの……?」
「えぇ、前後は覚えておりますか?」
ポヤポヤと目を擦っているクレア。少しずつ思い出して頂けるよう、誘導する。変に思い出されてしまうと色々と面倒なことになってしまう。
「……リードラル卿が来るって話よね?」
「はい」
「それで、急患が来て」
「そうです」
「その後、対面して」
「……」
「祈祷…………!!」
一気にハッとして口を手で抑えるクレア。思い出しましたか、僕らの笑えない無礼の数々を。司祭は相変わらずの鉄面皮でこちらを見ている。多分、視線が背に刺さってるし。
「あの怪物は!?」
「ご帰宅されました」
「帰しちゃったの!?」
「司教が倒れてしまったので」
「なんで戦わないの!?」
「戦ってどうするんです」
「異端は死ぬべきよ!」
大声で詰ってくる司教を適当にいなす。ここまで大声を出して怒るのは珍しいのだ。善意が根底にあるが故に、基本的には優しい司教様のはず。本当に、何を見てしまったんだ?
「司教。我々はそれを見ておりません」
「正気の虚空。神を信じないのではなく、神がいないことを知っている目」
「知っている?」
「あの女、天に神を見てないのよ」
「……本当に?」
「えぇ。異端も異端」
神を信じない者ではなく、神がいないことを確信している?そんな馬鹿なことがあるのか?天を何だと思っているんだ、リードラル卿は。
だが、そうだったとしてもどうしようもない。“星彩”を基にした異端審問は禁じられている。高位の聖職者が止めてしまった、理由は迷う者も異端と映してしまうが故だそうだ。
「ですが……」
「中央に連絡するわ」
「……司教。時期尚早です」
「中央には、司教の友人が何人もいるの」
「……?」
「だから、異端と言えば通るわ」
「!?」
そこまですることでは無いでしょう。そう思うも、クレアの意志は固すぎる。三度目は絶対に駄目だ。リードラル卿に明確な敵対が悟られれば、僕らは全員絞首台に上がることになる!
「もう少し、証拠を集めてからでは駄目なのですか?」
「時間が勿体ないわ」
「ですが、中途半端では握り潰されます」
「大丈夫よ。皆信仰に生きてるもの」
そうでしょうね。だから困るんですよ。もし通れば、聖女派とフェロアオイ公爵家が敵対する事になる。法務卿家だ、これを理由に教会の大幅弱体を図ってもおかしくない。今度は、僕らが消される。
「ですが、相手はフェロアオイです。地盤を固めてからでも遅くありません」
「……そうね。相手は法務卿家、中途半端な証拠だと消されちゃうかも」
よかった。何とか落ち着いてくれた。一旦これで保留に出来る、後はどこまで遅延できるか……。一旦外に連れていこう、また再燃しないとは限らないし。
「……お二方」
「あら司祭。居たのね」
「はい。回廊にて少々騒ぎが」
助かるよ、司祭。やっぱり優秀だ。
「一旦、騒ぎを解決しに行きましょうか」
「そうするわ!行きましょう!」
そうして我々三人は、部屋の外へと向かい始める。さて、これからどうなるのかな。やることは多い、ただ、教えと信徒の為にやれることをやるさ。
─────天たる神よ、御覧下さい。地にて光らぬ、人の子を。どうか。
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