異動からは逃れられない


「寒すぎ……」


 季節は巡り、シリッサへの引っ越しも近くなってきた冬頃、本家から仰々しい封筒が一つ届いた。適当に剥がしたせいか、封蝋がボロボロと机に落ちる。例によって執務中です。寒いのに。

 暖炉が露骨に煙くて、風魔法で私の周りを換気してます。お陰で、どうにも寒くてかなわんね。屋内でマント羽織ってたら、ミモザに剥がされたし……。


「中身は……と?」


 綺麗に折られた紙を開いて読む。内容は簡潔で、私の脳内にはこの文だけが残った。気のせいかな、一回読み上げてみるか。


「フェロアオイ公爵家が令嬢ソフィア。汝をリードラル辺境侯爵へと任じる」


 気のせいじゃない、終わりだ……。お家戦争回避の為、分家にされちゃった。しかも辺境侯。そりゃ西北を治めるなら辺境侯程度はいるよね。

 んで何より、本家はガチで私に西北を任せるらしい。最近十六歳になったばかりの娘に?正気か?思わず頭を抱える。有事の際に使われるぐらいの名誉職だと思ってたんだけど。


「……後で考えよ」


 一旦、手紙を机の隅へと追いやる。そして、別の封筒を手に取る。今度は地味な奴ですね、白に涙のマーク。とりあえず開けてみるか。ナイフで上部を切り開く。どれどれ……。


「頼んでた奴か」


 本家の諜報部に西北とシリッサの調査を頼んでいた。その結果が届いたらしい。平和で、有能な貴族が治めてて、ギルドや商会が経済回してて、教会が貧者救済やってる街なんだろうなぁ。


「シリッサ調査報告……」


 大きめの封筒、中には数枚の紙にびっしりと文字が書かれていた。達筆だな、結構ちゃんとした調査をやってくれたらしい。適当な訳じゃないけど、ここまで本気なのは珍しい。

 

「治安……」


 曰く、悪い。シリッサを統治してるメーザリー侯爵家。当主が西方鎮圧のゴタゴタで暗殺され、夫人が統治するも奸臣まみれで操り人形状態。反乱は無いが、腐敗で治安悪化。

 西方鎮圧の時、反乱貴族は軒並み消したけど、反乱の気配のない奸臣は流したからな……。その辺含めて消すには時間と余裕がね。はぁ。


「ギルドは……」


 曰く、増長。貴族粛清の空席、奸臣との癒着で既得権益と属人化の巣窟。冒険者ギルドは自警団を気取って、一部はスラムのギャングと癒着……?マジ?

 ギルドもダメか。まぁ元々利権団体だし。冒険者ギルドがギャングとつるんでるのは流石にヤバいけど。また勇者機関と交渉?怠いんだけど。


「きょ、教会は……」


 曰く、内紛。粛清された聖職貴族の空席争いに忙しいらしい。貧者救済を本気で唱える聖女派と利権ありきの救済を唱える教典派に分かれてるらしい。

 シリッサ、大都市なだけあって教会もデカいからなぁ。教会に手を入れるのはめんどくさいんだこれが。何か手を打っとくか……。


「終わってね?」


 良くも悪くも市場は活気づいているらしい。そりゃそうだろうね、混沌の都だよこれ。こんなとこに就任すんの私。嫌とかいうレベルじゃないんだけど。

 机に額を擦りつける。精一杯の現実逃避ですねこれが。やってらんないよ。仕事する気がみるみる萎んでいく。


「……一回、外出るか」


 ペンを置き、重要書類だけは鍵付きの引き出しに突っ込んでおく。他はいいや、ほぼサインするだけだし。誰かやってくれるなら万々歳だ。は~あ。

 暖炉の火を落とし、窓を閉める。そうして廊下に出ると、寒気が一気に首筋を走る。さっむ!


「……」


 冬の屋敷はどこまでも静かで、舞う埃でさえ雪の結晶のように輝いていた。宛てもなく、歩き始める。玄関の方へと向かうと、ミモザが逆側からやってくる。あ、目が合った。


「……お嬢様。お仕事は?」

「休憩中。手、空いてる?」

「何かありましたか?」

「あり過ぎて逃げてきたの」


 怪訝な顔でミモザが見てくる。言った通りよ、それ以上何もない。私は両手を横に曲げ、首を傾げた。ますますミモザの目が絞られる。なんすか。


「左様で」

「ねぇ」

「?」

「聖女派と教典派、どっちがマシ?」

「馬鹿と阿呆のどちらが優れているかという話です。それは」

「あ、なるほど」

「はい」


 どっちも厳しいなぁ。地獄じゃないの~。はぁぁ。溜息を吐きながら周りを見る。誰もいないわね。


「誰も居りませんよ」

「……シリッサの教会、割れてるらしいわ」

「……そうでしょうね」


 あっ地雷踏んだか?何か空気が重いんだけど?まぁ元司祭だもんね。そりゃ思うとこもあるよね。


「シリッサに限らず、大都市は大体そうです」

「対処は?」

「何かと教会は縦です。飛び越すのが吉かと」


 上に賄賂かぁ。枢星の聖女か、枢機卿か。その辺、父上がコネあるだろうし手紙送っとこ。ジト目でミモザが見てくる。流石に教会の中央とやり合うだけの強さは無いわよ?やりたくないし、信仰ってのは面倒なの。マジで。王国の法律と宗教はある意味で関係が深いのだ。


「父上に聞いてみるわ」

「それが宜しいかと」


 何とも言えない沈黙が流れる。はい、ガチの神学校出の司祭に賄賂の話してすいません。必要なことなんで許して……。


「ごめんなさいね」

「構いません」

「軽く見てる訳じゃないの」

「ですから、構いませんよ」

「ほんと?」

「本当です」


 そう言って薄く笑うミモザ。何とか許されたか……。


「時間、取らせたわね」

「では、失礼致します」

「えぇ」


 ミモザと別れ、適当に歩き回る。何となく外に出てみた。更に寒くなった。直衛達が例によって訓練中。寒いのによくやるわね~。いや、やってくれないと困るんだけどさ。

 あ、ロブが気づいた。流石隊長。他の直衛達は摸擬戦やってるみたいで、バリバリ剣戟中。ロブに手招きすると、こっちに歩いてくる。威圧感あるのはちゃんと軍人よね。うむうむ。


「お嬢様!どうされたので?」

「時間ある?」

「勿論です」


 周囲を何となく見渡すと、ロブも同じように見渡して、頷いてくる。目と耳は無し、ね。


「シリッサに内偵飛ばしたのよ」

「えぇ?」

「内情、知ってる?」

「いえ……」


 そりゃそうよね。てか、そんな目を丸くしないで。異動先に内偵飛ばすのは流石に当然でしょ。何の準備も無しで統治なんて出来る訳ないわ。


「混沌。実戦が一杯あるわよ」

「本当ですか??」

「えぇ。市街地戦の想定しといて」

「……了解しました」

「敵はギャング、冒険者かな。格下だけど、地の利は向こうにあるわ」

「新しい屋敷の見取り図は」

「後で渡すわ。市街の地図も併せてね」

「助かります」


 お互いに直衛達の練習風景を暫し眺める。


「私の命、守ってみせなさい。貴方達の命は私が守るわ」

「無論です」


 お互いに頷き合い、私は屋敷に戻る。ロブもまた、訓練へと戻っていった。

 私はそのまま書類仕事へと戻った。結局、終わらせないと現実が追いかけてくるからしょうがないっすね。


////////////////////


「ソフィア様。大丈夫ですか?」

「……少し、考え事を」

「私でよければ聞きますよ?」


 先生の講義を聞くも、どうにも集中できず。先生に気を使われる始末である。特徴的な垂れ目が私の目を覗き込んできた。ぼんやりと見返すと、余計に心配される。


「シリッサ異動の件、面倒事が多くて」

「聞いても大丈夫ですか?」

「ギルドも結構アレらしく……」

「あぁ……」


 何かを察したように先生は同情してくる。ただの利権とかならまだマシなんすけど。反社が絡むとヤバさが跳ねあがるんですよ……。


「上ですか?下ですか?」

「上は癒着、下は利権でしょうね」

「へぇぇ……」


 変な音を出す先生。私も似たような感じですよ。どうしましょうか。


「勇者機関に伝手はありますが、現地ギルドには無いんですよ」

「なら、私が力になれるかも」

「よろしいので?」

「勿論です!」


 そういって胸を張る先生。頼もしいっす。心から。


「色々なパーティーにお邪魔させて頂いてたので、意外と知り合いは多いんです!」

「意外では無いですね……」


 そうですか?と首を傾げる先生。私も口を皮肉を浮かべるように、への字へと曲げる。


「でしたら、後でリストを見て貰いましょうか」

「リスト?」

「シリッサの冒険者ギルド、構成員の名簿です」

「それ、見ていい奴なんですか?」


 今度は少し怯えたようになる先生。大丈夫ですよ、もうフェロアオイの勢力内に貴女は居るので。


「私と関わる以上、シリッサではまず狙われるでしょう」

「……!」


 ゴクリ、と先生の喉から聞こえた気がした。


「もう、貴女は我々の内側に居るんですよ」

「……嬉しいです」

「え?」


 嬉しいってマジ?私が自分で言うのもあれですけど、貴族家の勢力内って面倒しかないですわよ。

 先生はニコニコしている。分からん。


「新居はお決まりで?」

「まだ決まってません!」

「でしたら、屋敷に来られますか?」

「いいんですか!?」

「保安上、不安がありますので」


 やった~!と揺れている先生。吞気だなぁこの人。でも、これぐらいの緩さが必要なのかもしれない。


「ぜひ!」

「では、そのように。……そろそろ、授業に戻りましょうか」

「行けますか?」

「勿論です」


 面倒ごとは色々あるが、とりあえず考えないことにした。先生の授業は続く。



──────そうして、シリッサ行きの準備は進んでいく。私の数少ない余暇と引き換えに。どうして……。


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