子爵令嬢、ミリゼ・フィッツァー・エデロル
──────ミリゼ・フィッツァー・エデロルがソフィアの邸宅に招待されたのは、あのお披露目会からしばらく過ぎてからだった。
「お嬢、見えてきましたよ!」
「あれが、ソフィア様の……」
エデロル領から馬車で半日、まぁまぁ遠い距離感。アタシの胸中は、楽しみ三割、不安七割ってとこだった。護衛の私兵も、御者はもっと不安いっぱいだろう。だって今日の朝、急に目的地が男爵家から公爵家になったんだもの。
遠目から見ても存在感を放つ、日光に照らされる白レンガ造りの広大な邸宅。所々に紫の色彩が見えるのは、フェロアオイ公爵家が紫色をよく使っているからだろう。星に見えざる色。そう聞いた。
「ちょっと、お腹痛くなってきたわ」
「勘弁して下さいや、この馬車高いんですよ?」
「心配しなさいよ!」
「へいへい、大丈夫そうですね」
まったく……。微塵も敬意を感じられないウチの御者と話しながら、近づいてくる威容に冷や汗が止まらなかった。大きすぎない?
ギジレン男爵家にお誘いを頂いた。そう両親にお伝えして下さい、とソフィアから念を押された。どうにも面倒ごとは避けたいらしい。
両親は男爵家からのお誘いだからこそ、キチンと子爵としての“格”を出してきなさい!と乗り気。アタシの頭の中はグルグル回りっぱなし。
気がつけば、樽一杯の菜種油を抱えて超絶上級貴族様の邸宅にお邪魔することになってしまった。楽しみだけど、それ以上に怖い。何が無礼に当たるのか分からないもの。
「お嬢!家の方から騎兵が来ます!」
「アタシが応対するわ!」
声を張り上げ、身体を起こして窓側に寄る。しばらくすると馬車が停まり、窓の外から赤髪の男が姿を見せた。
「こちら、フェロアオイ公爵家の私有地で御座います。ご用向きをお伺いしても?」
「ミリゼ・フィッツァー・エデロルよ。ソフィア様にご招待頂いて来たの」
「招待状はお持ちですか?」
「もちろん!」
私は鞄から白のシンプルな封筒を取り出して、彼に渡した。彼は封筒と中身を確認すると、周囲に手を振る。そこから打って変わって丁寧な様子で封筒を返してきた。
「失礼いたしました。ここから先、我々がご案内いたします」
「よろしく!」
彼は馬上でうやうやしく一礼すると、先導するように前へと向かっていった。続くように馬車も動き出す。
「……強いわね」
エデロル領は山とダンジョンが多い。戦う連中も多いから、アタシもそれなりに強い奴は見てきた。だからこそ、赤髪の彼が強いのが分かる。顔つき、体格、装備。一個だけが強いんじゃない、全部が同じように強い。しかも、圧倒的な高水準で。
「ほんと、何てとこに来ちゃったのかしら……」
馬車に揺られながら、アタシはボヤーっと思うのだった。
「遠路はるばるお疲れ様。ミリゼ」
「ソフィア様、とんでもないです」
「……顔が真っ青よ?少し休みなさい」
邸宅の正面で馬車から降り、あの日と変わらず美しいソフィアに迎えられる。ほんと綺麗。顔色が悪いのは長旅七割、不安三割ってとこかしら……。言えないけど。
荷物はフェロアオイ家の使用人が持ってくれて、今日泊まる部屋まで案内される。正直、余り気分は良くなかったから助かるわ。
「自由に使って。ドレスを緩めて、少し眠ったらどう?」
「ごめんなさい……。ソフィア様」
「いいのよ」
フラフラとベッドに倒れ込み、フカフカの中で緩やかに意識が溶けていった。
////////////////
「んぅ……?」
ここは……?ウチに、こんな部屋あったかしら?どこよ、ここ?……あ。
「……何やってるのアタシ!」
バッ!と起き上がり、周囲を見回す。そうか、着いて早々気分が悪くて寝てしまったのだ。失礼とか言うレベルじゃないわ。どうしよ……。
豪華だけど、嫌味にならない落ち着いた色彩。ウチとは違って、どこまでも静かで落ち着いた部屋。ベッド横の台を見ると、ハンドベルが置いてあった。
「……」
もうひと眠りしてやろうかと悩むものの、恐らくもう昼を過ぎてかなり経っている。向こうの準備も滅茶苦茶だろう。ならもう、鳴らすしかない。
震える手でベルを鳴らす。チリンチリン、と軽快な音が響いた。不安に思う間もなく、部屋がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします。ご体調は如何ですか?」
「落ち着いたわ。迷惑を掛けたわね」
「とんでもございません。痛む処など、ございませんか?」
「強いて言うなら、頭かしらね」
「よろしければ司祭として、診させて頂いても?」
「貴女、司祭なの?」
「元、ですが」
長い白髪の老婆、でも背筋はしっかりしている。なんで使用人なんかやってるの。聞いたこと無いわよ、元司祭って。少しだけ祈祷を齧ってましたなら分かるけど、司祭って。聖職の詐称は極刑よ?この家に限って、そんなことが無いのは分かるし、余計意味わかんないわ……。
「じゃあ、お願いするわ」
「では、失礼致します」
額にそっと触れられる。もうどうでもよくなって目を閉じた。なんなら二度寝したっていいわ。
「……『宙を流れる星の欠片よ、その正律を与え給え』」
瞼の奥で、青色の光が瞬いた。締まるように痛んでいた頭が、スーッと落ち着いていく。アタシ奇跡には詳しくないけど、絶対これ凄い奴よね?ねぇ。
「如何ですか?」
「嘘みたいに無くなったわ」
「祈った甲斐があったというものです」
「貴女、名前は?」
純粋な興味から、聞いてみる。
「申し遅れました。私は筆頭家令、ミモザと申します」
「ミモザ、ね」
肯定するように優雅に頭を下げるミモザ。その動作でさえ、洗練されているのが分かる。だけど、どれだけ凄いのかが分からないのが私の限界な気がした。
「ソフィア様は?」
「お嬢様は魔法の学習をされております」
「私も混ざって大丈夫そう?」
「お嬢様はお喜びになられるかと」
「そ、なら行くわ」
「ご案内致します」
ベッドから立ち上がった所で、動きやすい服装に変わっていたことに気がついた。
「僭越ながら、お嬢様の指示で」
「いいわ」
「ありがとうございます」
自分の格好を確認した瞬間、ミモザが話し掛けてくる。ドレス、動きにくいしキツいから苦手なのよね……。ま、丁度良かったわ。
ミモザに軽く手を振ると、一礼してまた外へと歩き始めた。そのまま付いていく。
廊下に出て、歩いていく。薄い青色の絨毯が敷かれ、壁側には大きな窓。長さは、ウチの何倍もあった。規模感、規模感が違う……。
使用人の人達は、私を見るなり一礼してくる。よく訓練されてるのが分かる、無様じゃない見た目に表情、談笑しながら働いている者などいない。少しだけ冷たいように思ったけど、正しいのかは分からなかった。
「お嬢様、よろしいですか?」
「いいわよ」
少し外れた一室の前にミモザが立ち、部屋をノックする。少しすると、中からソフィアの声が聞こえた。
そのままミモザは扉を開き、私の方に向かって腰を折り、頭を下げた。どうやらここまでしか来ないらしい。それもそうか。
「失礼します。ソフィア様」
「もう大丈夫?」
「はい、祈祷も掛けて頂きました」
「効くでしょう」
「効きました」
ふふ、とたおやかに笑うソフィア。朝露で揺れる花のような笑み。儚くて、悪い笑み。やっぱり綺麗なのはズルいわ。
そしてもう一人、緑の長髪に気の抜けた見た目。明らかに魔法使いに見える女の人。視線を向けると、大慌てで立ち上がって頭を下げてきた。
「ど、どうも!アイヴィー・アトモスと申します!」
「ミリゼ・フィッツァー・エデロルよ。……アトモス?」
「そうですが……」
「学院を?」
「一応、卒業してます……?」
明らかに平民なのに姓がある。そして、エデロルの魔法使いと話している時に、小耳にはさんだ話があった。曰く、優秀な生徒は教室に囲われる。曰く、突出した生徒には卒業後も“教室”を語ることが許される、と。
よく見てみれば、漏出していない魔力。使い込まれた杖、握りやすいように削ってある。魔石も放出型になるように弄ってあった。私も少しは魔法を齧っているものとして、何となくレベルの高さは察せる物がある。垂れている目も、私じゃなくて私の周りに漂う“魔力”を見ていた。
「ミリゼ様は、魔法を使うんですか?」
「嗜む程度に」
「あら、そうなんですか?」
「ソフィア様、減点です!」
「あら……」
「魔法使いは、どこに魔力が滲むんでしたか?」
「掌です……」
「正解です!次回からは気を付けるように!」
普通に求めてるけど、結構レベルの高い話してるわよ。その辺の魔術学校なら、卒業前にやれたら充分レベル高いって感じなんだけど。えぇ……?
「まだ時間はありますし、ミリゼも一緒に受けてみませんか?」
「……よろしいんですか?」
「勿論です!生徒が増えちゃいました!」
やったー!と両手を挙げるアイヴィー。気のせいじゃなければこれから魔法学院卒の才媛と、フェロアオイ公爵家のお嬢様と一緒に授業を受けるって?アタシ死ぬんじゃない?難易度的に。
「ではでは、続きをやりましょう!」
「よろしくお願いします、先生」
「……お手柔らかにお願いしますわ」
──────どこまでやれるかしら。こうなりゃヤケよ、エデロル家の底力、見せてやるわ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます