ブルーローズ
猫姫花
第1話 序章
走る。
走る。
走る。
息が上がっている。
吐息が耳の奥で響いている。
大きな宝石の付いた剣で、突然目の前に現れた狼みたいなものを斬る。
一瞬ぐらいの出来事だったが、その狼みたいなものには足が六本あった。
そこは森のような所。
横目に見える風景が駆け抜ける。
走る、走る。
岩を飛び越え、また岩を飛び越え、そして、茂みを斬り払う。
急に拓けた場所に出て、そこがやっと目的地であることを知る。
そこにあるのは、泉の中の緑色の樹。
葉は一枚もついていない。
うねったようにねじれている枝。
その幹は管状の束で、その樹に、少女が貼り付けにされている。
青銀髪の少女に、意識は無いらしい。
寝ているかのようにも見える。
その姿を見つけ、息を整えながら、近づく。
おろした剣の先が芝の這った地面を削っていたが、意識の外で聞こえているだけだ。
ゆっくりと歩む。
泉の中に入る。
透明な水。
そこまであるとは思わなかったが、腰まで浸かる。
沈殿した泥が、歩く度に対流し、その周辺の水が濁る。
根元に到着して、根を足がかりにして幹まで登る。
感触はぶにぶにとしていて、脈を打っている。
わずかに冷たい。
きっと水が通っているからだろう。
まるで『俺』は、半透明の緑色のホースを触ってるようだ、と思った。
少女の側まで幹をのぼる。
少女の背中辺りはすでに樹に吸収されそうになっている。
侵食している血管のような、葉脈のようなもの。
それがピクピクと脈を打っている。
剣で彼女の周りの太い幹の束を断絶。
あとは彼女を傷つけないよう、素手でぶちぶちと引きちぎる。
解放され彼女の体が傾き、それを抱きとめる。
そのまま幹を蹴り、半端に残った背中の翼を広げる。
空中でバランスを崩す。
芝の這った地面に、背中から着地。
わずかなリバウンド。
小さくうめく。
抱きしめた小さな体。
倒れた状態のまま、上に乗っている彼女の頭に手を添える。
彼女がうっすらと目を開ける。
こちらを見る。
水色の瞳。
少女はこちらの顔を見ると、事情を察したのか、少しだけ微笑んだ。
俺は安心して、溜息を吐く。
そして彼女はまた、気絶した。
※ ※ ※
ヒロセ・ナツメは目を開けた。
うつ伏せになっていた顔を上げる。
「おっはよ~」
『俺』は無言。
「どったの?」
「ん~・・・」
「ん?」
「夢見てた」
「どんなの?」
数秒の沈黙。
「言いたくない」
「ふぅん・・・じゃあ、いいや」
親友のサクラバ・ミツルは、授業中だと言うのに騒いでいるクラスの連中を見た。
「こんな煩い中でよく眠れるね」
「それはヤマウチに言えよ」
桜庭満は笑った。
その時、彼の口の中にガムが在るのが見えた。
「昨日眠れなかったの?」
「そうでもない」
「ああ、そう」
桜庭満はポケットから風船ガムを取り出した。
「いる?」
「ああ」
「嫌な夢見るの?」
「分からない」
俺は受け取ったガムを口の中に入れた。
「最近、同じ夢を見る。だんだんと内容が長くなってる・・・」
「ふぅん・・・」
桜庭満が膨らませた風船ガムが、ぱちんと弾けた。
「僕も最近、そうなんだよねぇ・・・」
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