第10話



 ギルガメッシュの体は膨れ上がり、もはや人の形を保てなくなる。


 筋肉と骨格が軋み、衣装は裂け散り、覇気が劇場を渦巻く嵐となる。


 照明は粉々に砕け、天井が軋み、観客席は吹き飛ぶ。


 劇場の壁は、王の意志によって瓦礫と化す。


 悲鳴が上がる。


 逃げ惑う人々。


 観客たちは出口を求めて押し合い、階段を踏み外し、倒れ、互いを引きずりながら這い出そうとする。


 舞台袖では、スタッフが泣きながら祈っている。


「神様、これは演出じゃない……やめて……!」


 火花が散り、落ちた照明が観客の上に崩れ落ちる。


 コウの体は1.5倍に膨張し、その足音は地鳴りとなり、息遣いは竜巻となり、視線は都市の構造を歪ませた。


 天井を突き破り、光が逆流する。


 その瞬間、劇場全体が空間ごと反転した。


「俺の神話に、世界は不要だ」


 舞台を踏み砕き、壁を突き破り、外へと進む。


 その一歩ごとに、現実の都市は崩壊する。





 各都市の空は裂け、電波塔が折れ、言語は意味を失い、人々の記憶は混線する。


 室内で祈る者、家族を抱き締めて泣き叫ぶ者、膝を折って「赦してくれ」と誰にともなく呟く者。


 高層ビルが倒壊する度に、つんざくような悲鳴が上がった。


 海は逆流し、山は沈み、太陽は複数に分裂して昼と夜が同時に存在する。


 建物は砕け、道路は空洞となり、街灯は光を失う。


 人々は逃げ惑いながら、崩れ落ちる街を見上げた。


 誰もが理解していた。──神が、帰ってきたのだと。しかも破壊神となって。


 地殻が軋み、大地が裂け、嵐と火山と津波が同時に襲いかかる。


 世界は、ギルガメッシュの意志に合わせて変貌と崩壊を繰り返す。


 天に祈りを捧げた者は、その声が雷鳴に呑まれた。






 その混沌の只中に、ひとつの影が立つ。


 流生──エンキドゥ。


 髪は血に濡れ、体は裂かれながらも、その目には原初の怒りと友情が宿っていた。


「ギルガメッシュ! もうやめろ!

この世界は、お前の遊び場じゃない!」


 叫ぶと同時に、拳が炎を纏う。


 その一撃は天を裂き、雷鳴のようにギルガメッシュの胸を打つ。


 爆ぜた衝撃で空が2つに割れ、嵐が吹き荒れた。


 だが、王の体はびくともしない。


 むしろその表情には、退屈を払うような笑みすら浮かんでいた。


「……やはり、お前しか俺に立ち向かえんな」


 ギルガメッシュの掌から、金色の円環がいくつも展開する。


 そこから古代兵器が雨のように出現し、空を覆い尽くす。


 エンキドゥは両腕を広げ、地を蹴る。


「ならば、俺も誠意を捧げよう!」


 大地が反転し、根が逆巻き、地表から緑の巨獣が生える。


 その背に乗り、エンキドゥは天へ跳躍した。


 光と影が交錯する。


 炎が降り注ぎ、水が噴き上がる。


 神々が築いた古代都市の残骸が、次々と蒸発していく。


 ──人類の記憶そのものが燃えていた。


「貴様の祈りは過去の遺物だ」


 ギルガメッシュが指先を弾く。


 その衝撃波が世界を横断し、ビル群を吹き飛ばす。


 爆風に巻かれながらも、エンキドゥは立ち上がり、吠えるように詩を唱えた。


「風よ──我らを赦せ、命をもう一度刻め!」


 風が逆巻き、崩壊した都市に一瞬だけ緑が芽吹く。


 だが、それもすぐに黒く染まり、灰となる。


 ギルガメッシュの目が冷たく光った。


「赦しなど不要だ。

俺は、もう“創造”すら超えた」


 王の足元に円環が広がり、次の瞬間──光速の剣群が空を埋め尽くす。


 天と地が繋がるその瞬間、エンキドゥが吠えた。


「俺はニンスンの加護を受けた!」


 突き合わせた拳が衝突し、世界の骨格が軋む。


 ギルガメッシュが一瞬だけ動揺し、後退った。


「まさか。嘘だ。母が俺を見捨てるはずがない」


「お前の現世の母は──先日死んだ。

目を覚ませ! 元に戻れ! お前は失敗作ではない!」


 空が震え、星々が一斉に明滅する。


 ギルガメッシュが蹲り、頭を抱えて唸った。


「……違う……俺は……王だ……!」


「しっかりしろ! 取り込まれるな、戻れ!」


 エンキドゥが近付き、ギルガメッシュの肩に手を置く。


 その一瞬、ふたりの周囲にかつてのウルクの街並みが幻のように浮かび上がった。


 黄金の塔、民の笑顔、夕焼けに染まる川──。


 と、その時。


 拳が閃光となり、エンキドゥの胸を貫く。


 血が舞う。


 それは液体ではなく、赤い星屑だった。


「ぐっ、はっ……それでも、人間は……滅び……ない……」


 エンキドゥの体が光に変わり、風に溶けていく。


 最後に残った声は、祈りにも似た断片。


「……俺は、ただ──お前を……一人にしたく……なかった……だけだ。

……この4,000年間、ずっと……」


 その言葉が空気に消えた瞬間、世界が一段階深く沈黙した。


 ギルガメッシュが、まるで不思議なものを見るように手を伸ばす。


 その力に触れた瞬間、流生の体は光に包まれ、命ごと砕けるように消滅する。


 記録帳が刻む。


 《友情、断絶》《浄化、失敗》


 ギルガメッシュは流生の残骸を見下ろす。


 沈黙。風も止まり、光も揺れない。


「……俺は永遠の王だ」


 その言葉と共に、神々の記録帳は静かに閉じる。


 頁はもう二度と開かれず、記録は終焉を迎えた。


 神話は、孤独のまま完結した。








 建物が空中で粉砕され、道路が裂け、橋が落ちる。


 川が逆流し、湖が蒸発し、森林が火焔と化す。


 都市の残骸からは電光が迸り、空間が歪み、現実そのものが震える。


 人々は逃げ惑う間もなく、街は神話の圧倒的な力によって完全に書き換えられる。


 地殻が軋み、大地が裂け、嵐と火山と津波が同時に襲いかかる。


 世界は、ギルガメッシュの意志に合わせて変貌と崩壊を繰り返す。




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