女の子の夢に入っちゃったサキュバスが、新たな扉を開いてしまうまでの話
あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強
女の子の夢に入っちゃったサキュバスが、新たな扉を開いてしまうまでの話
「間違えて女の子の夢に入っちゃった……」
サキュバスのリーユは気がついた。
ここは満員電車。彼女が作り上げた夢の世界。
セーラー服姿のリーユはつり革を握りながら自分の致命的な過ちに気がつく。
彼女の目の前では同じくセーラー服を身につけた少女がつり革を握りながら不思議そうに首を傾げていた。
「あなたは誰?」
「わ、私はその……」
やってしまった。薄暗い部屋でしっかり顔を確認しなかったとはいえ、まさか女の夢に入ってしまうとは……。
サキュバスとして致命的なミスである。
せっかく痴漢プレイをしてたっぷり生気を吸い取ってやろうと息巻いていたのに、相手が女だと全く意味がない。
さっさとこの居心地の悪い女の夢から抜け出して、新たなターゲットを探しに行こう。
「あなた……もしかしてサキュバス?」
が、その前に少女にそんなことを言われて彼女は硬直する。
「ど、どうしてわかった?」
「だって女の子の夢に入っちゃったって言ってたし……。それにその牛みたいな角もコウモリみたいな羽もネットの画像で見たことあるから」
どうやら自分で思っている以上に自分は有名だったようだ。
が、そんなことはどうでもいい。いち早くこの夢から抜け出そう、
そう思った彼女だったが、その前に『ぐぅ~』と腹が鳴り、リーユは思わずお腹を押さえた。
「もしかしてお腹空いてる?」
「お前には関係ないっ!!」
「サキュバスって男の生気を吸い取るんだよね? お腹が空いてるってことは狩りが上手くいってないってこと?」
少女の言葉にリーユの顔が熱くなる。
「うるさいっ!!」
そう返すのがやっとだった。
悔しいが、彼女の指摘は図星だった。
リーユはここのところ狩りが上手くいっていない。
少女の言ったとおり、サキュバスという生き物は男の生気を養分にして生きている。
男をより興奮させれば、それだけ取れ高がありお腹がいっぱいになるのだが、何が悪いのか彼女が男から手に入れられる生気はいつも花の蜜程度である。
これじゃいつかは餓死してしまう。
少女の指摘はもっともだが、リーユにはそのことを人間の、それも女に指摘されるのは癪に障る。
「とにかく女に興味はない。私は帰る」
今度こそ彼女の夢から抜け出そうとしたリーユだが、また腹が鳴った。
その音は少女の不敵な笑みを誘う。
「へぇ~満員電車ね。もしも私が男の子だったらあなたはここで何をするつもりだったの?」
「決まってるだろ。満員電車で私のようにナイスバディの美女がいたら男は欲求を抑えられないに決まってる」
「それは考えが甘い」
「甘くなんかない。男なんて単純な生き物だ」
「そんなこと誰が言ってたの?」
「それはその……ブックオフでえっちな漫画をいっぱい読んだから知ってる……」
「勉強熱心なんだね。でも狩りは上手くいってないんでしょ?」
「お前に心配されるようなことじゃないっ!!」
本当にこの女の言葉はいちいち自分のペースを狂わせる。
この女とこれ以上一緒にいてもイライラするだけだ。今度こそリーユは彼女の夢から抜け出そうとした。
「私が教えてあげよっか?」
が、その前に少女の発した言葉にリーユの体はピタリと止まる。
「私が男のことを興奮させる方法……教えてあげよっか?」
「ほ、本当にっ!?」
リーユはサキュバスとしてのプライドを忘れて思わずそう口にせずにはいられなかった。
それからリーユは夢の舞台を満員電車から公園のベンチに切り替えて少女とともに腰を下ろす。
そこでリーユは少女の名前が美咲であること、ここから近くの高校に通っていることを知った。
「リーユちゃんには情緒が足りないんだと思う」
「情緒? とはなんだ……」
そう訪ねるリーユの手に隣に座る美咲の手がわずかに触れる。直後、美咲はぽっと頬を赤らめてリーユからわずかに目を逸らした。
そんな美咲の仕草にリーユの顔が熱くなる。
「これが情緒だよ」
「こんなので男は興奮するのか?」
「リーユちゃん今少しだけドキッとしたでしょ? 確かに満員電車も悪くないけれど、その前に男の子を本気にさせないと」
「そのためにどうすればいい?」
「五感で感じることだよ」
「わ、私にはわけがわからんぞ……」
困惑するリーユの首筋に美咲の顔が接近してきた。彼女のショートボブの髪がリーユの頬にわずかに触れて少しくすぐったい。
「リーユちゃんって良い匂いがするね」
「そ、そんなことない……」
「もしかして少し緊張してる? リーユちゃんの匂いと汗の匂いが混ざりあってる。サキュバスでも女の子は女の子なんだね」
わずかに触れあうリーユと美咲のセーラー服がこすれる音、彼女の少し荒くなった息づかい、鼓膜を震わせる彼女の囁き、リーユは五感で美咲を感じた。
リーユの焦りは募る。
相手は人間のそれも女である。人間の男を興奮させるために生きてきた彼女が逆に興奮させられている。
サキュバスとしてのプライドをズタズタにされているにも関わらず、胸を締めつけられるほど魅了されていた。
そこへ不意打ちのように美咲がリーユの手に触れてぎゅっと握りしめた。
「ダ、ダメ……」
思わず手を引っ込めようとするが美咲はリーユの手をぎゅっと握って離さない。体を強ばらせるリーユの顔を覗き込むと空いた手を彼女の顔へと伸ばした。
「桜の花びらみたいな唇……。食べちゃいたくなるね……」
美咲はリーユの頬を包み込むように触れると、親指で彼女の下唇を撫でる。
「その可愛い顔、もっと私に見せて」
「わ、私……女の子なんかに……」
リーユは理性の限界だった。
サキュバスとしてこんなに胸を震わされるのは屈辱だ。
だけど……だけど……。
「リーユちゃんはいけない子だね」
「わ、私はサキュバスだぞ……人間の女なんかに……」
「嘘つき」
リーユの唇が美咲の唇に触れた。
その瞬間、ベンチのそばににょきにょきと桜の木が生えて瞬く間に大木へと変わる。枝からは無数のつぼみが顔を出して満開の花びらを咲かせると、二人を花びらの吹雪が覆った。
熟れるにはまだ早すぎた果実をかじったような美咲の唇の味。
リーユの想像力は夢の中の美咲の唇をこれでもかと甘酸っぱくさせた。
時間の概念の存在しない夢の中で、美咲との口づけは無限のように長く感じる。
美咲はゆっくりと唇を離すと、母親にいたずらがバレた子どものように微笑んだ。
「リーユちゃん、実は私、女の子同士の恋愛漫画を描いているんだ」
「漫画? そんなものを描いて楽しいのか?」
「楽しいよ。きっとリーユちゃんがいれば素敵な漫画が描けると思う」
「でも私はサキュバスだぞ?」
「リーユちゃん、これからももっともっと一緒に私と夢を見ようよ。リーユちゃんにもメリットがあると思うけれど」
「ど、どうして人間の女の夢なんかに」
「私との夢は嫌い?」
「嫌い……じゃない……かも……」
リーユは頬が熱くなるを堪えながら囁くように答える。美咲はそんなリーユの頬を折り曲げた人差し指でぷにぷにと押しながら言った。
「二人でいっぱい勉強しようね」
「べ、勉強する……」
この日、リーユは自身がサキュバスである前に一人の女の子であることを知った。
※短編がいくつかあるのでこれからもちょくちょく出していきます。
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