BOOK-ON 鍍金の刃事件

さわみずのあん

万引きは犯罪です。値引きも犯罪です。

 少し昔。

 私が古本屋で、アルバイトをしていたときのお話。

 扉が開いたままの、事務室。

 店長が私にスマホを渡して、

「いいか、俺の顔だけだぞ。録画するのは、こいつの顔は写すんじゃねえぞ」

「音は?」

 スマホを受け取り、私は尋ねる。

「録音はOKだ。くそっ。忌々しい。なんで、犯罪者にこんなに気を遣わなくちゃならねえんだよ」

 後半のセリフは、他の人に聞こえないよう。

 小さく、けれど、力強く。愚痴る。

「分かりました、店長の顔だけ写せばいいんですね」

 事務室の開いたままの扉を背景に。

 椅子に座る店長が画角に収まるように。

 私は、カメラを。まわした。

 机には、ワゴンセール五十円の。

 古い漫画が、十冊以上重ねられていた。

 そして、机の向こう側。

 店長の反対側に。

 ランドセルを背負った。

 小学生の男の子。

 おっと、危ない。

 スマホを店長の方に向ける。

「お店がね。本一冊を売ると。いくら儲かるか。分かる……」

 店長は子供に。

 よく聞く、本屋が一冊万引きされると、その損害を埋めるために、何冊の本を売らなくてはいけないか。

 という話を説教した。

 本屋と古本屋じゃ。

 利益率が全然違うのだけれど。

 という考えは、もちろん私は、言わなかった。

「……分かってんの? 君」

 少年は何も言わず、ただ不貞腐れたように。

 小さく頷いただけだった。

「正直ね。君がただ、万引きをしただけだったら。まだ良かった。でもね。今回は手口が手口だから。簡単に、(ピー。編集にて。)すれば、見分けられるんだけれど。模倣犯が出たら困るからね。通報させてもらうよ」

「そ、そんな、だって、盗んだわけじゃ」

「盗難じゃなきゃ我慢できる? 示談だって我慢できねえよ!」

 店長は机の上に置かれた漫画たちの。

 ワゴンセール五十円の値札が貼られた。

 カバーを外していく。

 中からは、大人気漫画。

 『鍍金めっきやいば

 一巻二巻三巻………



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