第九話 イチャイチャンス到来
美術館から黒島さんの自宅に向かう道中も、雨はますますその勢いを増していった。交通情報を聞いてても災害さながらの大雨が降り続き、各種警報が発令されているという。極め付けは、道路の冠水だ。この地域では珍しいとトラブルだが、果たして無事黒島さんを送り届けることができるだろうか。そんな不安に駆られていると、黒島さんのスマホが鳴った。
「えっ、嘘・・・」
黒島さんは青ざめた顔でスマホをのぞいている。
「どうかしましたか?」
「お母さんから連絡がありました。家の周りがどこも冠水して車が通れなくなってるって・・・」
「えっ?そんなに雨降ってますか?」
俺は最寄りのコンビニに立ち寄り、車を停めた。天候があまりに悪い。急いで交通情報や天気予報を確認するが、どうやらこの雨で街中のあちらこちらで道路が通れなくなっているようだ。かろうじて俺の家には帰れそうだが、この調子だと黒島さんの自宅にはとても辿り着けない。
「まいったなぁ・・・。俺の家には行けそうだけど・・・」
「おじさまの家、ですか?」
黒島さんの言葉に、ハッとする。まさか、これはあの縁結びの女神こと岩女の計略か?見事に女性をお持ち帰りする体裁が整えられているではないか。ご都合主義が過ぎるが、やりおったな女神!だが、待て。ここでこれ幸いと黒島さんを家に連れ帰ってみろ。これではただのお持ち帰りじゃないか。幻滅されるに決まっている!
「・・・。どこかレストランとか探して、天気回復するのを待ちましょうか」
「あっ・・・、それはちょと・・・」
黒島さんはまた腕で体を抱え込み、縮こまってしまった。彼女は今、びしょ濡れの上スケスケなのだ。
「その、もしよかったらおじさまの家にいくことはできませんか?実は、体が冷えてきちゃって」
いかん。これはいかん。黒島さんがスケスケどころか体を寒さでふわせ始めてしまった。本格的に風邪を引いてしまうかもしれない。
「・・・俺の家に向かいます。とにかくまずは体を拭かないと」
おのれ、縁結びの神。二重三重と策を巡らせているとみた。ならば乗ってみせよう、この好機に!俺は車を走らせ、自宅へと向かった。さっきまでの悪天候が嘘のように思えるほど雨の勢いは落ち着き、快調に自宅へと向かうことができた。
自宅に到着し、まずは黒島さんを我が家であるトレーラーハウスに招き入れタオルを渡す。次にエアコンをつけ、暖かい飲み物を用意し、俺はなるべく家の端へと移動し、黒島さんに背を向けた。なぜならば、トレーラーハウスはそれ自体が一つの部屋であり、仕切りがない。つまり、彼女が安心して着替えるには俺が壁に向き合い背を向けている他に手立てがない。
「あの、おじさま・・・。シャワーお借りしてもいいですか?」
「えっ?シャ、シャワーですか?黒島さんがよければ、どうぞ・・・」
「あと、服も少し乾かしたいんですが・・・」
「乾燥機あるから、それ使えばいいよ。でも、着替えはどうするの?」
「・・・何かおじさまの服をお借りしてもいいですか?」
頭がとろけていく感覚がする。あれよあれよと据え膳がこさえられていくようではないか。俺は言われるがままに着替えの服を渡し、黒島さんは浴室へと入っていった。
遠くにシャワーを浴びる音を聞きながら、俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。慌てるな、これはあくまで黒島さんが風邪をひかないための緊急措置だ。現に、黒島さんは体を震わせ寒がっていた。シャワーを浴びたいのも、着替えたいのも、きっと寒くて仕方なかったからだ。だから、余計なことを考えるな。彼女にとって俺はおじさまなのだ。俺は紳士なおじさまに徹するのだ!
「さて、覚悟は決まったのかしら?」
「でたな、縁結び改策士の神め!全て貴様の差し金か?!」
「お気に召したから?ホホホホホ」
「アホか!関係深めるにしても一気に懐入る真似して、どうすんだよこれ!」
「あんたこそ、残り時間気にしてるなら、さっさといてこまさんかい!」
「だからといって、これではただのお持ち帰りじゃ・・・」
「奥手なあなたが悪いのよ。さぁ、腹を決めてやってこい!」
「こんにゃろうめ、覚えてろよ!」
岩女との問答をしているうちに浴室のドアが開き、黒島さんがでてきた。俺の服を着てブカブカな格好の上濡れ髪での登場に、ドキンと胸が高鳴った。
「シャワーありがとうございました。あの、おじさまもシャワー浴びませんか?だいぶびっしょり濡れてますけど」
すっかり下心のあれやこれやで忘れていた。俺も全身びしょ濡れだった。普通にシャワー浴びて着替えたい。だが、それではいよいよ据え膳が完成してしまうのではないか。そんな懸念が頭をよぎるので、邪な考えを払拭しようとシャワーを浴びた。無念だ。
そして、自分自身に情けなさが込み上げてくる。さんざ女の子とイチャイチャしたいと願い神頼みまでしたくせに、いざとなれば怖気付く自分が心底情けない。
だが、さらに情けなさを感じたのは、体の異変を感じてからだ。黒島さんのスケスケブラウスを目にしたのに、その他諸々の黒島さんのエロスを垣間見たはずなのに、俺の体は何の反応もみせていない。我が股ぐらに住みし象の鼻が、ぴくりとも動かさないのだ。
なぜだ、なぜだ我が象よ。昔のお前ならスケベを感じれば立派な鼻を屹立させ、その威容を誇ったではないか。なのに、なぜ沈黙を守る?ここは荒ぶって然るべき状況ではないのか?どれだけ象に問いただしても、彼は沈黙を貫くのみだった。
これは、由々しき問題だ。これではイチャイチャどころではない。なんだか勝手に盛り上がっていたのがバカみたいに感じてくる。一度冷静になろう。黒島さんがシャワー浴びたり、俺の服を着たくらいで何を勘違いしているのか。彼女のこれらの行為は、単に濡れたから、風邪をひかないための行動だ。それ以外に意味は無い。そう考えよう。
浴室を出ると、黒島さんの姿が見えない。乾燥機の駆動音が部屋に静かに響き渡っている。ゴソゴソ音がした。その音へと視線を送ると、そこには俺のベッドに横たわった黒島さんの姿があった。
「!!黒島さん!なぜそこに?!」
「あっ、おじさまごめんなさい。体が温まってきたら、少し横になりたくなって・・・。おじさまもどうですか?ベッド気持ちいですよ?」
その気だるい、表情、声、仕草。まさか、黒島さん、俺を誘っているのか?だが、元よりモテた経験のない俺に女心を推しはかる力はない。何が正解だ?俺はどうしたらいい?
逡巡していううちにも、なぜか俺の体はベッドへゆっくりと吸い込まれていく。気づけば、俺もベッドへと横たわり、彼女と向かい合っていた。黒島さんは目を閉じたまま、寝息のように静かに息をしている。その吐息が、俺の本能を狂わせた。
俺はそっと彼女を抱き寄せる。黒島さんは少しビクッと反応したが、嫌がるそぶりは見せていない。そのまま、ゆっくりと下半身や胸部をまさぐっても、抵抗されることはなかった。十数年ぶりの女性の感触に、胸の高鳴りは抑えられず、そのまま彼女の顔へ引き寄せる。唇を近づけるが、その時に、わずかに、本当にわずかに彼女は「怖い」と呟いた。そして、涙が一雫、頬を流れ落ちていった。
抵抗はされていない。でも嫌がっている。多分、このまま流れで押し切り既成事実を作ることはできるのかもしれない。でも、それが果たして黒島さんにとっていいことであるかは、あまりに明白だった。俺は黒島さんの頭を撫で、声をかける。
「暖かい飲み物を用意するよ」
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