第壱話
ガサゴソと何かを漁る音がする。
神様らしきおじいさんと出会って、ものの一分もしないうちに暗闇に落とされた俺は、音だけが聞こえる世界にいた。
この音はダンジョンを徘徊する魔物の足音か、はたまた餌を貪るモンスターの食事音か、暗闇の中では、認識することはできない。
俺は、声を立てず、周囲を探ろうと手を動かそうとした。しかし、その手は何も触ることができなかった。それではと足を動かそうとした。だが、その足は何も蹴ることが出来なかった。
それもそのはず、手も足も動かすことが出来ないのだ。なぜなら、自分の身体に付いているはずの手や足の感覚がまったくないからである。
一体どういうことか。
俺は、頭を捻った。答えは簡単だ。あのじいさんの仕業以外思い当たる節はまったくない。
そんなことを考えていたら、いきなり泣き声が聞こえてきた。何の、誰の。
こんなところで泣き声を上げたら、魔物やモンスターの餌食になる。
そう心配していると、突然、眩しいまでの光が降り注いできた。
そして、自分の身体が持ち上げられるのが分かった。
そうか、俺は赤ん坊として転生したんだ。だから、手足が自由に動かないし、声も上げられない。
ここはおそらく産婦人科の病院で、新生児室か病室のどこかなのだろう。周囲には産まれたばかりの赤ん坊がいて、泣き声を立てているのだ。ガサゴソと聞こえた音は、赤ん坊が動かす手足の音か、看護師が何かをしている音なのだろう。
ちょっと待て。声も上げられない?
いや、いくら異世界でも、赤ん坊の俺が声を上げられないのはおかしいだろ。赤ん坊は泣くのが仕事の筈だ。
もしかして、声を失って生まれたのか。
俺は自分の運命に愕然とした。これから、俺は声を発することなくこの世界で生きていかなければいけないのだ。
手話というものがこの世界にあるのかどうかは知らないが、俺は声の代わりに伝達する方法を覚えなければならない自分の将来を憂いた。
五体満足で生まれたかったが、まあ、これも試練と受け入れた。
だが、あのジジイだけは恨んだ。折角生まれ変わるなら五体満足に生まれ変わらせて欲しかった。
じゃあ、この見えない目はどうだ。
やはり、声と同様、視力も失っているのかと思った。
だが、よくよく考えると、赤ん坊の視力が高くなるのは、数ヶ月経ってからだと聞いたことがあるのを思い出したのだ。
であれば、今、溢れんばかりの光に包まれているのは、問題ないと言うことになる。見えるようになるかどうかは、時が経つのを待たなければならない。
つまり、視力に関しては保留と言うことだ。
では、手足の感覚がないのはどうだ。
それは、まだ俺が新生児だからなのだろう。新生児のうちは手足が自由に動かせないのだ。だから手足の感覚がないのだろう。そのうち手足の感覚が持てれば、自ずと自分の思いどおりに動かせるようになる筈だし、手足を自由に動かせるようになれば、手足の感覚を持てるはずである。
俺は、そう思い込み、手足に関しても保留とした。
赤ん坊とはかくも不自由なものなのかと、三十七年も生きてきた俺は、意識のある状態で改めて体験することに、面白みを感じた。
さて、赤ん坊の仕事は泣き、
ところが、聞こえてきた声がそれを許さなかった。
「折れた杖……。これは私のじゃないよね……。でも、私の杖見付からないし……。私の杖はいったいどこへ行ったのよ……。こんなゴミを漁るような真似をしなきゃいけないなんて……。この私が……。」
その声はか細く、今にも消え入りそうな涙声で、時折鼻を啜る音がする。
どうやら、一人の女性が自分の杖を探して、ゴミ捨て場かどこかを漁っているようだ。彼女の言葉を信じるなら、俺は折れた杖で、彼女のものではどうやらないらしい。元々ゴミ捨て場に捨てられていた、折れた杖のようなのだ。
って、ちょっと待て。折れた杖?
俺は、「俺強え」って言ったよな。まさかあのクソジジイ「俺強え」を「折れ杖」と間違えたのか。どんな間違いしてるんだよ。誰が好き好んで折れた杖に転生したいんだよ。
だが、いくら声を上げようと、いくら
俺は、赤ん坊として、声が出ない訳でもなく、手足が不自由な訳でもなく、目が見えない訳でもなかった。ただ単に、折れた杖だったのだ。そもそも動くことすら出来ないのだから。
いや、ちょっと待てよ。
俺は、気が狂い、パニックになりそうな心を、なんとか落ち着けようと、努めて冷静でいるように仕向けた。こんな時にパニックになっても、誰も助けてはくれない。俺を持ち上げた女性は、既にパニックになっているのだから、彼女に助けを期待することはほぼ不可能である。
そこで、俺は、自分が折れた杖であることは、受け入れ難いが、ひとまず受け入れようと考えた。まあ、受け入れざるを得ないのだが。
そして次に、杖である俺に意識があることがおかしいが、それも、あのクソジジイの悪戯として、受け入れるしかないと考え、これもひとまず受け入れた。
だが、ここで冷静に考える。
杖というのは、音が聞こえるものなのか。光を感じるのものなのか。
俺は貧相な物理の知識で考察した。
確かに、音は空気を振動させる波であるから、その波を杖であっても感受することは可能だろう。光も大雑把に言えば波であるから、感受できるのかもしれない。
そう考えれば、音と光を認識できることは可能なのだろう。
声が出せないのは、発声器官がそもそも備わっていないのだから、それも当然のことである。
そう考えれば、今、俺が置かれた現状は、理に
でも、不思議だ。
音と光を感受できる可能性は思い至った。
実際音はきちんと聞こえているし、転生特典なのか、この世界の女性が発する言葉が理解できている。
だが、光はどうだ。
周囲は相変わらず白光に包まれていて、ものを認識することがまったくできない。受光器官である目というものがないからなのか、それとも他に理由があるのか分からないが、これでは周囲がどうなっているのか認識できない。
冷静に考えろ、俺。
受光器官がないと言うことは、光を身体全体、いや杖全体で感じていることになる。つまり360度、全方位からくる光を全身で受け止めていて、それをこれまで三十七年もの間、二つの目を通してしか処理してこなかった脳が処理をしようとしているのだ。
処理が出来る訳がない。
そうだ。処理能力がオーバーしているから、白光としての眩い光にしか感じられないのだ。
俺は、そう結論づけた。
で、俺を拾い上げた女性はいったいどうなったのか。周りが見えないから、正確なことは分からないが、どうやら、まだ泣きながら自分の杖を探しているようだ。
「リーネ、あんたまだ探してたの。ほら、これ、あんたの杖。もう粉々よ。」
そこへ突然、もう一人別の声が聞こえてきた。
「嘘……。私の杖が……。あいつら……、あいつら……、絶対許さない。」
一体何が起こったのか良く分からないが、どうやら俺を拾い上げた、リーネと呼ばれた女性の友人が現れて、元々リーネの持ち物だった杖が粉々に砕かれていたのを見付けて、持ってきてくれたようだ。
「リーネ、あなた手に持っているそれは何。」
「これ、これはここで見付けたの……。折れた杖。」
友人が尋ねる言葉に、リーネは涙混じりの声で応える。
「折れた杖って、あなた。それどうするつもりなのよ。まあ、あなたの粉々になった杖よりはマシでしょうが、使えるの?」
「分からないわ。」
「ちょっと試してみなさいよ。」
「試すって……、これ折れてるのよ。」
「ほら、これを使って直せるでしょ。」
俺は、突然何かでグルグル巻きにされた。おそらくテープか何かで補修されたのだろう。
「ほら、これで大丈夫。」
「試すだけだからね……。試すだけ……。……ファイヤーボール。」
リーネが俺を振ったのだろう。上下の感覚がないから良く分からないが、身体がふわっとする感覚がした。
そして、身体の中から湧き上がる熱を感じ、この世の終わりかと思うような、もの凄い轟音が響き渡った。
いったい何が起こったのか。
リーネさん解説プリーズ。
しかし、待てど暮らせど、リーネの口から状況が説明されることはなく、もう一人の女性からも何の発言もなかった。
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俺強えを願ったのにどうしてこうなった 劉白雨 @liubaiyu
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