第14話 領主からの無茶ぶり依頼

朝。

豪奢な天蓋付きベッドの上で、俺――悠真は、シーツの海に沈んでいた。

羽毛布団の感触は柔らかい。ふわふわ。

……なのに、心はまるで地の底。


「……なんで俺が優勝してんだよ……」


半目で天井を見上げながら、寝言みたいに呟いた。

脳裏には、武闘会のあの瞬間が何度もフラッシュバックする。


観客の歓声。紙吹雪。

そして――あの三人の、複雑すぎる笑顔。


(あれ絶対、“え、なんで悠真が?”って顔してたよな……)


いや、わかる。

俺だってそう思ってる。


「優勝? 俺は転んでただけだろ!?」


あのときはほんとに偶然だった。

相手が勝手に滑って倒れた上に、俺の剣がちょーど当たっただけ。

なのに観客席からは歓声の嵐。

「英雄再来!」「新星誕生!」とか叫ばれて、もう地獄だ。


「はぁ……。平穏、どこいった……」


布団の中で転がっていると、ノックの音。


「ユウマ様、領主様がお呼びでございます」


執事の渋い声が響いた。

はい、来た。フラグが立った音が聞こえたぞ。


「……やっぱり平穏は長持ちしねぇのか」


俺はシーツを頭までかぶった。

逃げたい。全力で逃げたい。

だが、逃げたら逃げたで「謙虚な英雄」とか言われるのがこの世界の悪いところだ。


――結局、俺は重い足取りで謁見の間へ向かった。



謁見の間は、相変わらずやたらと眩しかった。

天井から吊るされたシャンデリアの光が、俺の目に突き刺さる。


玉座には、領主ガルド卿。

その隣には、娘のクリスティア嬢。

いつもどおり、キラッキラしている。なんだその髪のツヤ。


「よく来てくれたな、悠真」


「い、いえ、その……俺なんかが、恐縮です」


礼をしながら、心の中では「なんで呼ばれたんだ……?」と泣いていた。


ガルド卿は、ゆっくりと立ち上がり、重々しい声で言った。


「単刀直入に言おう。――そなたに、我が領地を脅かす魔物を討伐してもらいたい」


「……は?」


俺の脳が一瞬フリーズした。

魔物? 討伐? 俺に?


「いやいやいや! 無理ですって! 俺、剣の柄で足つるレベルですよ!?」


思わず叫んだ。

ガルド卿は「なにを謙遜しておる」と微笑んだ。

いや謙遜じゃねぇ、本気だ。


「村を救い、武闘会で勝ち抜いた実力……しかも聖剣に選ばれし男。そなた以外に誰がいる」


「いや、あれ全部偶然ですから!? たまたま倒れただけでっ!」


「慎ましさも英雄の美徳ですわ!」

クリスティア嬢が目を輝かせて言い切った。


(ちがう。お前ら全員、現実を見てくれ)


俺が必死で否定しても、二人のテンションは爆上がり。

もはや話が通じない。


「領内の最高位の冒険者も返り討ちにあった。勇者パーティに頼むつもりだったが、あやつら今は遠征中でな」


「……で、代わりが俺と」


「うむ!」


ガルド卿は誇らしげに頷いた。

いやそこは違うだろ! 俺は最下層代打要員だぞ!?


「安心せよ。そなた一人では行かせん。腕利きの護衛をつけよう」


扉が開き、三人の影が差した。


「またあなたと一緒ね」

――ミリア、ツンデレ枠代表。


「悠真さんを放っておけないから」

――セレナ、包容力枠。


「わ、私も……応援したいし!」

――リサ、癒やしと爆弾を兼ねた枠。


「いやいや! 余計ややこしくなるだろ!」

俺は絶叫した。が、誰も聞いてくれない。


ガルド卿は満足げにうなずき、クリスティア嬢は「私も本当は行きたいのですが……」とか言って頬を赤らめていた。

(いや、来なくていいから!)


「討伐対象は、領地北の森に潜む魔物――巨大な狼のような怪物だ。群れを率い、家畜を襲っておる」


「……完全に危険なやつじゃん」


「大丈夫だ、そなたならできる」


いや、大丈夫じゃないって言ってんの俺だぞ!?


――こうして俺の“強制討伐ミッション”が決定した。


「頼む、誰か俺を平凡にしてくれ……!」


俺の悲鳴は、天井のシャンデリアに虚しく吸い込まれていった。




夕方。

客間の窓から見える庭園は、黄金色の光に包まれていた。


テーブルの上には荷物。ポーション、保存食、最低限の武具。

俺はため息をつきながら、小さく決意を口にした。


「明日は……死なない。とりあえず、それを目標にしよう」


ノックの音。

最初に来たのは、ミリア。


「――準備、進んでる?」


「まあ、なんとか……死に装束だけどな」


「縁起でもないこと言わないで」


ミリアは腕を組み、やや不機嫌そうに眉を寄せた。

けど、少しだけ目が柔らかい。


「あなたは強くない。だから、ちゃんと守るから」


「お、おう……ありがとう? なんかちょっと傷つくけど」


「事実でしょ」

頬を少し染めて、ミリアは顔をそむけた。

(はいツンデレいただきました)


続いて入ってきたのはセレナ。

落ち着いた微笑み、白衣のような服、いつも通りの癒やしオーラ。


「もし怪我しても、私が治すから。一人で突っ走らないでね」


「突っ走るほどの脚力ないけどな……」


「そういう冗談が言えるなら大丈夫」

彼女は柔らかく笑った。

その笑顔だけで体力が50くらい回復する。


そして三人目――リサ。

部屋に入るなり、手をぎゅっと握ってきた。


「……絶対、帰ってきてね」


声が震えている。

その瞳の奥には、何か不安なものが見えた。


「もちろん。俺、死んだら損しかしないタイプだからな」


「もうっ、そういうのじゃなくて!」


リサは真っ赤になって拳で俺の胸を軽く叩いた。

軽いはずなのに、なんか心臓に効く。


三人が去ったあと、俺はベッドに座り込み、頭を抱えた。


「……俺の死亡フラグ、何段重ねだよ」


それでも、胸の奥はほんの少し――温かかった。




夜。

静かなテラス。月が白く光を落としている。


俺は一人、腰掛けて空を見上げていた。

勇者もいない。

冒険者たちも倒れた。

それなのに――なぜ、俺なんだ。


「俺なんて、脇役でいいんだよ。誰かの後ろで拍手してるだけでさ」


風がそっと吹き抜ける。

その風に混じって、優しい声がした。


「それでも、あなたは“誰かを助けた”んでしょ?」


振り向けば、セレナ。

月明かりに照らされて、銀色の髪が揺れている。


「あなたが“脇役”でもいい。けど――誰かを救える人でしょ?」


「……やめてくれ。そういうこと言われると、断れなくなる」


「それでいいの」

セレナは静かに笑った。


そこにミリアが現れる。

「いつまでセンチになってるのよ。ほら、明日早いんだから寝なさい」


「お前も寝ろよ」


「……心配だから様子見に来ただけ。別に特別な意味はないから」


(はい、ツンデレ追加ポイント)


そしてリサが最後に顔を出す。

「ねぇ、みんなで一緒に頑張ろうね。絶対に」


「……ああ。頼りにしてる」


三人の笑顔に囲まれ、俺はほんの少しだけ覚悟を決めた。

脇役でもいい。

けど、守りたいものがあるなら――逃げない。


「巻き込まれるのは嫌だ。でも……みんなが無事なら、それでいい」


三人が頷く。

月光の下、まるで小さなチームみたいだった。


そして俺は小さく笑った。


「明日、また転んでも……できれば、立ち上がれるといいな」


夜風が答えるように、静かに庭の花を揺らした。


――平凡を望む脇役の戦いが、また始まろうとしていた。


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