再解釈・うろ覚え史記列伝 ~たしかこんな話だったはず……
島アルテ
第1話 孟嘗君列伝より ~馮驩
馮驩は田文のピンチを再三に渡って助けます。「
私が史記列伝の中で、一番感銘を受けたエピソードは、「
*
田文は
しかし、馮驩の活動によって田文が元の地位に返り咲くと、散っていった食客達は、
馮驩は食客達を再度組織し、田文が引きこもっていた地元の
田文達が馬車で莒城に向かう途中、田文はいまいましさを耐えられなくなって、御者を務めていた馮驩に心のうちを漏らした。
「私は食客達が好きでした。私は食客に望むものは大半与えてきたつもりです。彼らのことを、友だとすら思っていた。ですが、私が宰相の座を追われた時、三千人いた食客は、全員去っていった。残ってくれたのは先生だけです。
「読みました」
「『やっぱり孟嘗君は一味違うと思っていました』『我が君のこと、実は信じてました』『今こそ、我が力を真の英雄のために役立てる時』『状況が変わったので、もう一度再契約しましょう』『問おう、あなたが私の主君か』『当選おめでとうございます。陰から応援していました』『孟嘗君しか勝たん』……ふざけやがって!」
田文は、怒りに乗せて、馬車の後ろに食客達からの手紙の束を放り投げた。破り捨てないのは、何かあったときに証拠として使えるかもしれないと思っているからだ。
「手のひら返しもいいところだ。やつらは恥を知らんのか……先生、食客どもはどのつら下げて私を出迎えるなどと言えるのでしょうか? 私は奴らの顔に唾を吐きかけて、辱めてやりたい! 恥知らず、厚顔無恥、権威に盲従する犬、と書いた看板を首から下げさせて、莒と臨菑の間の百里を行進させるというのはどうでしょうか?」
田文のいらだちの言葉を聞き終えると、馮驩は馬車を止めた。
身をひるがえして、御者台から降り、地に立つと、すぐにひれ伏して、
田文は驚き、自分も馬車を降りる。
慌てながら馮驩を抱え起こし、
「何をなさる?! 」
尋ねると、馮驩は黙って目をつむり、静かに拱手し、頭を下げた。
「先生、先生はもしや、あんな奴らのために、謝罪しているのですか?」
「いいえ。食客たちのためではありません。我が君の失言をお
「私が失言をしたと?」
「はい。我が君は、万物には必然の道理があり、事象には自然の帰結があるということをご存じでしょうか?」
「無学ゆえに、存じていないと思いますが……」
「生あるものは必ず死を迎えるというのが、物事の道理です。富貴な者の
前半の意味はよく分かったが、後半について田文には疑念があった。
田文は馮驩の作風ではカクヨムコンの入賞は難しいのではないかと思ったのだ。
彼の小説はハードSFだった。それも、冒頭で5000文字、硬派な文体で設定語りをするタイプ。Web小説でこれは厳しい。さらに致命的なのは、その設定がさほど斬新でもないということだった。無論、投稿後6カ月経った今でも★もコメントもフォローも全て0である。
そもそも、ハードSFをなぜライトノベルレーベルしかもたない角川系のカクヨムで発表するのか、はなはだ疑問であるとも思った。「横浜駅SF」とか、例外中の例外だろう。が、早川系のWeb投稿サイトなんて今のところ無い気がするので、単にカクヨム以外に投稿する場所がなかっただけかもしれない。
もしかしたら、馮驩はカクヨムコンでの入賞を本気で狙っていないのかもしれないが、真意は測りかねた。知力60~70台の田文には、知力90台後半の馮驩の真意など、読めようはずもないのだ。
思考が本筋から大分ずれてしまったので、田文はもとに戻すことにした。
道理、そう、物事の道理のことだ。
「我が君は、朝方、市場へ向かう人々の列を見たことがありますか? 朝には肩をぶつけあいながら、我先にと門をくぐって市場に向かい、まるでゴミのような愚民の群れがごった返しております。しかし、夜になると人っ子一人いないので、奇声をはりあげて一人カラオケしていても、誰にもとがめられない。なぜ朝は人がたくさんで、夜は少なくなるのか? これは、民衆が朝が好きで、夜が嫌いというわけでは、当然、ありません。彼らが求めるもの、すなわち、市場から得られる利益が、朝にはあって、夜にはない。ただそれだけのことなのです。夜に市場に来るのは変人だけです」
自分が夜、つまり落ち目になった時去っていった食客達は、意外と常識人だったのだろうか? と田文は考えた。
が、すぐに、いや、やつらは度をこして変人なだけだと思いなおす。
変人な上に、権威に群がる俗物根性で動く生命体だから、救いようがない。
「先だって、我が君は位を失い、賓客は皆去りましたが、これも同じ道理です。客をもてなす真意は、返報性の原理を期待してのことであり、我が君も彼らがあまりにも足を引っ張るようなことがあったら、途中で見捨てたかもしれず、最初から最後まで面倒を見るつもりはなかったでしょう? 相互フォローは潜在的読者獲得のためにやるのであり、その関係性は戦略的互恵とも言えます。しかし、読み合い評価を明示的に要求したり、強制すると、規約に抵触する可能性があります。あくまで評価も、食客の恩返しも、自発的に行われるのではなくては、ならないのです」
聞いていて、田文は、いや、ちょっと、フォロワーに対してはあんまり殺伐としたこと言わないで欲しいと思った。
利害関係だけじゃなくて、友情とか、同じ創作仲間である連帯感とか他にもあるだろう、と。
まあ、自分と食客達の間にそれはなかったが。よく考えてみると、食客達と自分の間には共通の夢や理想も無かったので、そこが相互フォロワーとの違いだったのかもしれない。というか、田文は投稿していないのでフォロワーはいない。また、本来フォロワーの中には純粋に読者様もいらっしゃるわけだが…………馮驩にはいないのであった。
「手の平大回転してきた食客や元フォロワーを
道とはなんであるか。政治における道とは、この世のどこかにあるという、最善のやり方のことを指すのかもしれない。馮驩が言いたいのは、要は丸く治めて何事もうやむやにしておいたほうが、後々面倒が少ない、ということだろう。打算的に思える考え方だが、どうせ唯一の真実など、人間社会にはなかなか存在しないのだから。
「実際、この後、斉国は
しれっと未来予知しないで欲しい。それは今はまだ知らない情報のはずだ。
しかし、利用価値という点を考えた時、馮驩の言にはいくつもの理があった。
思えば、今更食客どものような貧乏人を
「先生のお言葉、胸に染み入りました。……しかし、一つ疑問が。先生は、人は皆利益を求めて集まるのだと仰いました。確かにそれは世の真理でありましょう。利の切れ目が縁の切れ目であるとも。ですが、それならば、なぜ先生は、私の下を去らなかったのですか?」
実は田文は、この答えは知っていた。
知っていながら、あえて聞いたのだ。
この野放図で
馮驩は問われるとそっぽを向いて、顔を合わせようとしなかったが、やがて呟いた。
「……魚、ですかな」
「魚?」
「……以前、臨菑の、
言われて田文は思い出した。
馮驩は田文の下に来た当初、まったく働かず、一日中ごろごろしていた。
それだけではなく、夕食が貧相だと文句を言ってきたので、仕方なく田文は自分で市場に出向いて夕食用の魚を買って来たのだった。あの時は内心かなり腹が立った。
「ろくでなしでも、客として迎えたからには誠意を尽くす。そんな底抜けのお人よしに、最後まで付いていく、もの好きが一人ぐらいいたほうが、世の中面白いかもしれない。まあ、その程度の感情ですな」
まったく、素直に言えないやつだ、と田文は思った。
しかし、この男らしい。
「……なるほど。ならば、臨菑に戻ったら、たくさん魚を買い占めないといけませんな。先生には、これからもっと働いていただきたいですから」
「お手柔らかにお願いします」
田文は馮驩の肩をぽん、と叩いたのち、彼と共に馬車に戻った。
士は己を知る者のために命を賭ける、という言葉がある。
ならば、君主も己のために命を賭けてくれる者のことは、友として遇するべきであろう。
多くの人々に裏切られ、見捨てられる経験をして、世の中の無情や不条理を味わった。
しかし今は、真の友がただ一人、ここに共に立っている。
それだけで、自分は人生の意味を知ることができたのではないだろうか。
青雲の
もはやお互い中年であり、気恥ずかしくて、多少気色悪くもあるが、田文の胸中には
「ところで、先生。誰にも読まれないSF作品をずっと投稿し続けていて、つらくはないのですか?」
「虚心坦懐に申し上げますと……正直、すごく、つらい」
「…………」
「…………」
「私がアカウントを作って、身内票を投じましょう」
「身命を
馮驩の忠誠度が最大値になった。
再解釈・うろ覚え史記列伝 ~たしかこんな話だったはず…… 島アルテ @altissima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。再解釈・うろ覚え史記列伝 ~たしかこんな話だったはず……の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます