第四話:魔術の根源

ファルはひとしきり笑ったあと、呼吸を整え、私を見つめた。


「サラさんほどの魔術師に、私が教えられることなんてありませんよ」


「嘘。あなたの魔術は生成速度も密度も桁違い。しかも……私の魔術も結界も、消したじゃない……!」


思わず声を荒げ、言葉の最後で頬が熱くなる。

ファルはにこやかなまま、さらりと口にした。


「まあ……サラさんたちの使う“現代魔術”とは、根本から違いますからね」


「根本的に違うって……どういうこと?」


促すと、彼はゆっくりと指を組み、語り始めた。


「今の魔術は術者の魔力に依存しています。そして、杖を媒介にして発動する」


「媒介……?」


「杖には秘匿された魔術式が刻まれていて、術者の魔力を外へ導き、制御を可能にしているんです」


「……そんな仕組み、知らなかった」


「杖の術式だけは昔も今も〈エクレシア・ルミニス・バクリ〉が作っています。教会から小現代魔術を体系化した教会です」


その名に、小さく息を呑む。

サルモール大陸の聖都ルセリオンを拠点に世界中に信徒を抱える巨大組織。

だが魔術師にとっては、日常よりも「信仰に狂う教会魔術師」の方が印象強い。


「……それを、なんであなたが知ってるの?」


「さあ。なぜでしょうね」


あっさり笑う。


「対して――古代魔術は杖も魔術式も不要。本来の魔術です」


「……伝説だと思ってたのに」


「媒介は肉体や魂そのもの。魔力は個人に依存せず、世界や精霊――根源から引き出される」


彼の声は淡々としているのに、森の空気が張り詰める。


「……でも、古代語の詠唱が必須じゃなかった? あなた、詠唱してなかったでしょ」


問い詰めると、ファルは少しだけばつが悪そうに笑った。



「……企業秘密です」


「そこが一番肝心なのに!」


声を荒げても、彼は穏やかにかわす。


「古代魔術は教会が禁術と定めました。だから今の世に使い手はいないことになっている」


彼の声は淡々としているのに、どこか寂しげだった。


「もし私の存在が広まれば……教会の魔術師たちが殺到するでしょう」


「じゃあ……私が話したら?」


「そのときは雲隠れするだけですよ」


軽く笑いながら言う。だがその目は、なぜか私を信じているように見えた。



---


「そろそろ森を出ましょうか。入り口まで送りましょう」


「でも……捕まってしまったら」


「捕縛対象を心配するんですか?」


からかうように笑う。私は思わず口元を緩めた。


二人で歩く帰り道、会話はほとんどなかった。けれど、不思議と居心地が悪くない。

たった二度、数時間しか会っていないのに、懐かしさすら覚える。


森の出口が見えてきたとき、私は無意識に足を止めていた。


「サラさん?」


「……どうしたんだろう」


自分でも理由が分からない。ファルは小さく笑うと、私の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。


(……黒なのに、深い湖みたい。真っ黒じゃない)


思考がふらつく。次の瞬間、彼の手が私の頭に置かれた。


「な、なに?」


驚く私に、穏やかな声が降りてくる。


「サラさん。気をつけて帰ってください」


「……子ども扱いしないで!」


思わず手を払い、早足で歩き出す。

振り返ったときには、もうファルの姿はなかった。


(……調子狂うなぁ)


馬のもとへ戻り、手綱を握る。

帝都へ向かう道のり、胸の奥に重くのしかかる思いはひとつ。


(やば……報告書、どうしよう)



---


帝都の門をくぐり、詰所へ戻ると──最悪のタイミングでルシアン隊長と鉢合わせた。


「ずいぶん遅い戻りだな。収穫は?」


「……芳しくありません。報告書で確認してください」


逃げるように冷たい声を出す。だが、隊長は鋭い目で私を見た。


「サラ。このまま一緒に来い。口頭で報告してもらう」


(……完全にやってしまった)


必死に頭を回転させるが、まとまらないまま隊長室の扉が開かれてしまった。

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