処刑投票の村に転生しました。僕だけ死に戻りできます

しげみちみり

第1話 転生初日、石盤の前へ

【前ループの変更点】初回のためなし


 鐘が三つ鳴った。

 広場の中央に据えられた黒い石盤が、朝の光を吸い込み、刻まれた名を一つだけ淡く浮かび上がらせる。


「多数決は正しい。神火は嘘を焼く」


 長(おさ)サウラの低い声に、村人たちはそれぞれの胸に手を当て、期待と恐怖のあいだに立ち尽くす。粉屋の娘ミラは袖口を噛み、祈祷師ナヘルは目を閉じ、外套の傭兵ダゲンは眠そうに空を見ていた。旅の書記リオは、乾いた筆先で何かを記し続ける。誰に読ませる記録なのか、誰も問わない。


 浮かび上がった名は、僕のものだった。


 瞬間、石盤の縁から金の火花が立ち、炎は糸のように伸びて僕の足首を絡めた。逃げようとすればするほど締まり、焦げた匂いが空気へ混ざる。叫び声は出なかった。喉より先に肺が灼け、とっさに、どうして——という思考だけが鮮明になった。


 どうして僕なのか。

 どうして彼らは、こんなにも静かに僕を見るのか。

 どうしてこの村は、朝ごとにひとりを焼かねばならないのか。


 炎は暖かかった。燃える側にも、少しだけ。


 視界が白く弾け、次に目を開けたとき、夜だった。昨夜と同じ位置、同じ月、同じパンの匂い。違うのは、胸の奥にざらつきがひと粒、煤(すす)のように残っていることだけ。


(戻った?)


 手足は無傷で、服は焦げていない。広場の隅、物見台の陰に座り込んだ僕は、自分の手の甲をつねってから立ち上がり、静かな村を見渡した。灯りは少ない。風が穂先を撫で、家々の屋根は眠っている。僕の脳裏には、朝の光景が線画のように残っていた。

 長の声。

 ミラの袖口の歯型。

 ナヘルの指先の震え。

 ダゲンの欠伸。

 リオの筆先。

 そして、石盤の文字に吸い寄せられる視線の流れ。


 僕は転生した。異世界の言葉が、はじめから口に馴染んでいる。けれど、この世界の“朝”にだけ、理がねじれている。多数決が儀式となり、罪と疑いが燃料になっている。


(ルールがある。なら、攻略がある)


 考える順番を決める。まず観察。次に仮説。そして小さく介入。

 初日の死は回避不能だったとしても、二日目は違う。僕には“前夜へ戻る”機会が与えられている。失敗は資産になる。ゲームが人狼であれ、村の慣習であれ、そこに嘘が混じっていれば、論理でほどけるはずだ。


 粉屋の前を通ると、ミラが袋詰めをしていた。彼女は僕を見ると、少し驚いて会釈し、また手を止める。

「おはよう……じゃ、ないね。夜だった」

 言い直した僕に、ミラはくすりと笑う。緊張が解ける音がした。

「あなた、見ない顔。旅の人?」

「転——いや、通りすがり。投票のことを教えてほしい」

 言葉を選んだが、彼女は怪しまない。村では、投票は誰にとっても“日常”なのだ。彼女は袋の口を縛りながら、早口で説明した。毎朝、鐘が三つ鳴る。広場に集まり、石盤に名を刻む。もっとも多く刻まれた名の人が、神火に呑まれる。理由は、昔からそうだから。人喰いがいるから。祈祷師がそう言うから。


「人喰いって、本当にいるの?」

 問うと、ミラは少しだけ視線を泳がせた。

「いるって、皆が言う。夜に羊が消える日があるし……でも、見た人はいない。私は——信じたい。誰かが悪いからじゃなくて、私たちが生き延びるための投票だって」


 信仰と恐怖のバランス。根拠の薄さ。

 僕は礼を言って店を出る。角を曲がったところで、外套の男とぶつかった。ダゲンだ。肩幅が門のように広い。

「人混みは嫌いだ。朝の広場は、なおさらな」

 彼は呟き、腰の刃に指をかけた。防衛の姿勢。守る者は、殺す者と紙一重。

「誰を守る?」

「金を払ったやつか、俺の機嫌だ」

 彼は笑い、闇に消えた。


 祈祷師の家は丘の上にあり、藁縄で巻かれた柱が目印だった。外には、焼け跡のように黒い痕が点々と残る。ナヘルは戸口で香を炊き、僕を一瞥してから言った。

「朝までは、口を慎め。言葉は票になる」

 それがこの村の戒律であり、脅しでもあるのだろう。僕は頭を下げ、家の脇に回り、井戸のロープを確かめた。摩耗。粉の袋に小さな裂け目。石盤へ続く道の砂が、ところどころ濃い。これは——人の流れの誘導線だ。


 広場の隅、旅の書記リオが焚き火の明かりで書を綴っていた。

「記録は誰のため?」

 僕が問うと、リオは顔を上げずに言った。

「読む人のいない記録は、ただの紙の浪費です」

「じゃあ、読む人はどこに?」

「村の外」

 短いやり取りに、冷たい風が入り込む。村の“儀式”は、内側のためだけではないかもしれない。


 そして夜は明けた。

 鐘が一つ、二つ、三つ。

 人々が石盤の前に並ぶ。僕は列の最後尾に立ち、吸い寄せられる視線の流れを逆に辿った。長の視線が誰かの肩に落ち、それが別の人の眼を揺らし、票が移動する。祈祷師の咳払いで、迷いが一つ固まる。粉屋の前で交わされた昨夜の会話が、今朝の刃になっている。


 石盤が光り、名が浮かぶ。

 ——また、僕の名だ。


 炎が足首に絡む。逃げない。今回は、見届けるために。どこで線が繋がったのか。誰の沈黙が票になったのか。

 熱が脛を上り、胸を貫く瞬間、僕は広場の四隅と、人々の顔の温度を心に刻んだ。長の口角。ミラの涙の量。ナヘルの指の震え。ダゲンの位置取り。リオの筆の速さ。

 白い閃光。夜へ。


 目を開ける。

 同じ月。同じ匂い。胸の煤は、今度は二粒に増えていた。寿命は少し削られたのだろう。それでも、勝算は増えた。

 僕は息を整え、拳を握り、最初の介入を決める。


【次回の実験】粉屋の配給列を一人分ずらす/祈祷師の口上を遮る言葉を用意/狩人の立ち位置を奪う——票の“誘導線”を切る。

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