第3話 記憶の欠片と新たな脅威
1. 勝利の余韻とざわめく心
ドラゴンの巣窟での戦いを終え、俺、佐藤悠真──いや、悠真・ヴァルハラは、仲間と共に街へと戻った。月明かりに照らされた石畳の道は、まるで勝利の凱旋路だ。ガルドの豪快な笑い声が響き、リアの青いローブが風に揺れる。俺の肩には、ドラゴンの爪痕がまだ疼くが、胸を満たすのは達成感と、どこか懐かしい安堵感だ。
【クエスト完了:紅蓮の災禍 討伐】
【報酬:金貨200枚、ドラゴンの鱗】
【新たなクエスト:失われた記憶の追跡】
ステータスウィンドウが視界の端で光る。新たなクエストの文字が、俺の心に引っかかる。「失われた記憶」。リアの告白──彼女が俺を追って境界を越えたこと、俺の昏睡状態、そして「高校生活」が幻想だったこと──それらが本当なら、俺の過去にはまだ隠された何かがあるはずだ。
ギルドホールに到着すると、冒険者たちが俺たちを迎える。酒場の喧騒が一瞬静まり、拍手と歓声が沸き上がる。金髪の受付嬢、エリナがカウンターから身を乗り出し、笑顔で言う。
「悠真さん、ガルドさん、リアさん! 紅蓮の災禍を討伐したなんて、信じられない! 街の英雄よ!」
「ハッ! 英雄だなんて、照れるぜ!」ガルドが酒瓶を掲げ、豪快に笑う。「さあ、悠真! 一杯やろうぜ!」
「いや、俺はまだ……」俺が断ろうとすると、リアがそっと肩に手を置く。
「少し休んだほうがいいよ、悠真。覚醒したばかりで、体に負担がかかってる。同期率100%でも、記憶の統合には時間がかかるから」
彼女の声は優しいが、どこか心配そうだった。俺は頷き、ギルドの奥にある休息室へ向かう。木の椅子に腰を下ろし、革鎧の重さに少しだけ疲れを感じる。リアが隣に座り、水の入った革袋を渡してくれる。
「ありがとう、リア。で……この『失われた記憶』って何だ? お前、知ってるんだろ?」
リアの瞳が一瞬揺れる。彼女は視線を落とし、杖を握る手に力を込める。
「全部は話せない、悠真。君の記憶は、魔力暴走の影響で断片化してる。無理に思い出させると、君の魂がまた不安定になるかもしれない。でも……一つだけ確かなのは、君がこの世界で大きな役割を担ってるってこと。紅蓮の災禍は、ただのドラゴンじゃなかった。あれは、もっと大きな脅威の一部なんだ」
「大きな脅威? どういうことだよ」
リアが口を開きかけた瞬間、ギルドの扉が勢いよく開く。重い足音と共に、鎧をまとった男が飛び込んできた。見覚えのある顔──ギルドの斥候隊長、クロウだ。彼の顔は青ざめ、額には汗が光っている。
「悠真、リア、ガルド! 大変だ! 北の山脈で異常事態だ! ドラゴンの討伐で魔力の均衡が崩れたのか、古代の封印が解け始めてる!」
「封印?」俺は立ち上がる。「それ、なんだよ?」
クロウが地図を広げ、指で山脈の奥を指す。「ここ、『黒の深淵』。古代の魔王が封じられた場所だ。紅蓮の災禍はその守護者だった。ドラゴンが死に、魔力の流れが変わったことで、封印が不安定になってる。今、深淵から瘴気が溢れ出し、魔獣が街に迫ってる!」
ガルドが斧を手に立ち上がる。「ハッ! また戦いか! 燃えてきたぜ!」
だが、リアの表情は硬い。「黒の深淵……そんな、早くも動き出すなんて。悠真、これはただの戦いじゃない。君の記憶と関係があるかもしれない」
「俺の記憶? どういうことだよ、リア! はっきり言え!」
彼女は唇を噛み、目を逸らす。「ごめん、悠真。今はまだ……でも、信じて。私たちが深淵に向かえば、きっと答えが見つかる」
俺は拳を握る。リアの言葉には何か隠された重みがある。でも、今は行動するしかない。ガルドが肩を叩き、笑う。
「考えるのは後だ、悠真! 行くぞ、魔獣退治だ!」
2. 黒の深淵への旅
翌朝、俺たちは馬に乗り、北の山脈へ向かった。空はどんよりと曇り、風にはかすかに硫黄のような匂いが混じる。ステータスウィンドウが更新される。
【クエスト更新:黒の深淵の調査】
【目的:瘴気の源を突き止め、封印の安定化を図る】
【報酬:不明 / 危険度:Sランク】
「Sランクって……やばくね?」俺は呟く。ガルドが鼻を鳴らす。
「やばいから面白いんだろ! 英雄の出番だぜ!」
リアが馬を並べ、静かに言う。「悠真、気を付けて。この瘴気は、普通の魔獣とは違う。人の心を惑わす力がある。君の覚醒が不安定だと、影響を受けやすいかもしれない」
「心を惑わす? どういうことだ?」
「幻覚や、過去の記憶を見せる。時には、君が一番恐れるものや、欲するものを具現化する。黒の深淵は、魔王の残留思念が宿る場所だから」
俺の背筋に冷たいものが走る。恐れるもの? 欲するもの? 高校生活の幻想が、俺の心の弱さが生んだものなら、この瘴気はもっと深い闇を引きずり出すかもしれない。
山脈の入り口に到着すると、空気が一変する。木々は黒く変色し、地面には不気味な紫の霧が漂う。馬が怯えて進めない。俺たちは徒歩で進むことにした。ステータスウィンドウが警告を発する。
【警告:瘴気濃度上昇 / 精神干渉の危険】
【覚醒同期率:99%】
「99%? まだ完全じゃないのかよ」俺は呟く。リアが心配そうに俺を見る。
「悠真、もし何か変なものを見ても、私を信じて。現実を見失わないで」
「お前がそう言うと、余計怖えんだけど」俺は笑って誤魔化すが、胸のざわめきは収まらない。
3. 瘴気の中の幻影
森を抜け、岩だらけの谷へ。瘴気はさらに濃くなり、視界がぼやける。ガルドが先頭で斧を構え、俺とリアが後ろで魔法を準備する。突然、霧の中から影が動く。小型の魔獣だ。狼のような姿だが、目は赤く光り、牙からは黒い煙が漏れている。
「来るぞ!」ガルドが叫び、斧を振る。俺は剣を抜き、ファイア・ボルトを放つ。炎が魔獣を焼き、悲鳴が響く。だが、次々と新しい影が現れる。まるで霧そのものが敵を生み出しているようだ。
【HP: 110/120 / MP: 65/100】
「くそっ、キリがねえ!」俺は叫ぶ。リアの氷の矢が魔獣を貫き、ガルドの斧が地面を叩く。だが、戦いは消耗戦だ。瘴気が俺の頭を重くする。視界が揺れ、突然、目の前に見覚えのある光景が広がる。
──高校の教室。窓際の席。美咲が笑いながら俺に話しかける。
「悠真、テスト勉強した? また赤点取ったら、私、笑うよ!」
「は?」俺は一瞬、硬直する。美咲の声、笑顔、ポニーテールの揺れ──全部、リアルすぎる。でも、違う。これは瘴気の幻覚だ。俺は剣を握りしめ、叫ぶ。
「消えろ! 偽物だ!」
だが、幻覚は消えない。美咲の姿が揺れ、彼女の声が低くなる。
「悠真、なんで戻らないの? こっちのほうが楽なのに。冒険なんて、痛いだけだよ」
その言葉が、胸に刺さる。高校生活の穏やかさ、退屈だけど安全な日常。あれが偽りでも、確かに心地よかった。俺は一瞬、剣を下ろしかける。だが、リアの声が響く。
「悠真! 目を覚まして! それ、瘴気の罠よ!」
彼女の氷の魔法が霧を切り裂き、美咲の幻影が砕ける。俺はハッと我に返る。ガルドが魔獣を叩き潰し、俺に叫ぶ。
「おい、悠真! ボーッとしてんな! 死にたいか!」
「悪い! もう大丈夫だ!」
俺は剣を振り上げ、魔獣を切り裂く。だが、瘴気の影響は強まる。次に現れたのは、母さんの姿だった。仕事で疲れた顔、でも優しい笑顔。
「悠真、帰ってきなさい。家で待ってるから」
「やめろ……やめろよ!」俺は叫び、炎の魔法で幻影を焼き払う。心が軋む。リアが俺の手を握る。
「悠真、私がいる。現実を見失わないで」
彼女の手の温もりが、俺を現実につなぎ止める。俺は頷き、前に進む。
4. 深淵の門と魔王の影
谷の奥、巨大な岩の門が現れる。黒い石には古代のルーンが刻まれ、瘴気が渦を巻いている。ステータスウィンドウが警告を更新する。
【警告:封印の崩壊率 45% / 魔王の覚醒が迫る】
「ここが黒の深淵の入り口だ」リアが言う。「この門の向こうに、魔王の封印がある。でも、瘴気が強すぎて、私の魔法だけじゃ浄化しきれない」
「なら、どうする?」俺は問う。ガルドが斧を肩に担ぐ。
「簡単だ。ぶっ壊して、魔王だろうが何だろうが叩き潰す!」
「無茶言うなよ、ガルド」俺は笑うが、リアの表情は深刻だ。
「悠真、君の記憶の鍵が、この深淵にあるかもしれない。魔王の残留思念は、君の過去を知ってる可能性がある。でも、危険すぎる。君がまだ完全に自分を取り戻してないなら……」
「危険でも行くしかないだろ。俺の過去、知りたいんだ」
リアが目を細め、頷く。「わかった。なら、一緒に。絶対に君を守る」
門をくぐると、空気が一変する。重い圧迫感、まるで心臓を握り潰されるようだ。瘴気が濃くなり、視界が黒い霧に覆われる。突然、声が響く。低く、冷たい、まるで頭の中に直接語りかけるような声。
「ヴァルハラの英雄……よくぞ戻った。だが、汝の魂はまだ揺れている」
「誰だ!」俺は剣を構える。霧の中から、巨大な影が現れる。人型だが、顔はない。黒いローブに包まれ、赤い目だけが光る。
「我は魔王の残留思念。汝の過去を、運命を知る者だ。欲するか? 真実を」
「真実? 俺の記憶のことか?」
影が笑う。「然り。だが、真実には代償がある。汝の心を差し出せ」
「ふざけるな!」ガルドが斧を振り上げるが、影は霧に溶ける。リアが叫ぶ。
「悠真、気をつけて! これは交渉じゃない、誘惑よ!」
だが、影の声は止まらない。「悠真、汝は何者だ? 英雄か、ただの少年か? 幻想の高校生か、この世界の救世主か? 答えは、深淵の底にある」
俺の頭に、フラッシュバックが走る。剣を振る俺、炎を操る俺、仲間と笑う俺──そして、倒れる俺。血だまりの中で、リアが泣き叫ぶ姿。
「やめろ……見せるな!」
「悠真、落ち着いて!」リアの声が、現実を引き戻す。俺は剣を握りしめ、影に叫ぶ。
「てめえの誘惑なんか、乗らねえ! 俺は俺の道を行く!」
影が笑い、消える。だが、門の奥から新たな咆哮が響く。巨大な魔獣──黒い鱗に覆われ、六つの目を持つ怪物だ。ステータスウィンドウが警告を発する。
【警告:深淵の守護者 出現 / 推定ランク:S+】
「くそっ、今度はこれか!」ガルドが構える。リアが魔法を準備し、俺に言う。
「悠真、君の力を信じて。私たちが一緒に戦えば、勝てる!」
俺は頷き、剣に炎を宿す。この戦いは、ただの戦いじゃない。俺の過去、運命、そしてリアとの絆をかけた戦いだ。
5. 守護者との死闘
魔獣が咆哮し、地面を揺らす。俺はファイア・ストームを放ち、炎の渦で牽制する。ガルドが正面から突進し、リアが氷の結界で援護。だが、魔獣の鱗は硬く、攻撃がほとんど通らない。
【HP: 105/120 / MP: 50/100】
「この野郎、ドラゴンよりタフだぞ!」ガルドが叫ぶ。俺は歯を食いしばり、剣に全魔力を注ぐ。
「フレイム・スラッシュ!」
刃が魔獣の脇腹を切り裂くが、浅い。魔獣の尾が俺を吹き飛ばし、岩に叩きつけられる。
【HP: 80/120】
「悠真!」リアが駆け寄り、回復魔法をかける。温かい光が傷を癒すが、魔獣の攻撃は止まらない。瘴気がさらに濃くなり、幻覚が再び襲う。今度は、俺自身だ。高校生の俺が、鏡の向こうで笑う。
「お前、こんな危険な世界で何やってるんだ? 帰れよ、楽な世界へ」
「黙れ!」俺は叫び、幻影を切り裂く。だが、心の奥で揺れる。高校生活の穏やかさ、偽りでも確かにあった平穏。リアの声が、俺を引き戻す。
「悠真、君は英雄よ! この世界で、君が必要なんだ!」
その言葉に、俺の心が燃える。俺は立ち上がり、剣を握り直す。ステータスウィンドウが、突然新しいメッセージを表示する。
【スキル進化:ファイアマジック Lv.3 → Lv.4】
【新スキル解放:インフェルノ・ブレイズ】
「これだ!」俺は叫び、新たな詠唱を紡ぐ。「炎よ、全てを焼き尽くせ──インフェルノ・ブレイズ!」
巨大な炎の柱が魔獣を包み、鱗が溶ける。ガルドが隙をつき、斧を振り下ろす。リアの氷の槍が、魔獣の目を貫く。咆哮が弱まり、ついに巨体が倒れる。
【クエスト進捗:深淵の守護者 討伐完了】
俺たちは息を切らし、地面に座り込む。リアが俺の肩に寄りかかる。
「悠真、すごかった……やっぱり、君は英雄だ」
「ハッ、俺だけで勝てたわけじゃねえ。ガルド、リア、ありがとう」
ガルドが笑い、リアが微笑む。だが、勝利の喜びは長く続かない。門の奥から、さらなる瘴気が溢れ出す。影の声が、再び響く。
「よくやった、英雄。だが、これは始まりに過ぎん。真実を求めるなら、深淵の底へ進め」
ステータスウィンドウが、最後のメッセージを表示する。
【クエスト更新:黒の深淵の核心へ】
【新たな目的:魔王の残留思念との対話】
俺はリアの手を握る。「行くぞ。どんな真実でも、俺は受け止める」
リアが頷き、ガルドが斧を担ぐ。「ハッ! 面白くなってきたぜ!」
深淵の奥へ、俺たちの新たな冒険が始まる。過去の記憶、魔王の真実、そしてリアの想い──全てが、俺を待っている。
──第三章 完
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