おばあちゃん・サブスクリプション
ちびまるフォイ
おばあちゃんのセカンドライフ
「今度の休み、実家に帰省するんだ。お前は?」
「いや俺は帰らない」
「なんで?」
「うち実家が島にあるからさ……。気軽に帰れないんだよ」
「帰りたいとは?」
「そりゃ思うよ。なんかもう都会のビル群に疲れちゃって。
昔のように縁側でアイスかじりながら、おばあちゃんの手料理が食べたいよ」
「だいぶこじらせてる……。
ならサブスクおばあちゃんにでも契約したら?」
「なんだその人身売買の新しいカタチは……」
「そんなんじゃないって」
サブスクおばあちゃん「MY HOME」に登録した。
指定された場所にいくと、急に田園風景が広がり実家として指定された家がある。
まるで映画や漫画に出てくる「ザ・実家」のたたずまい。
「おや、おかえり」
「こ、こんにちは。このたびはどうも。
えとサブスク契約者のものです」
「なに他人行儀な。ほら入っといで。麦茶のむかい?」
「え、ええ」
「おばあちゃんは帰ってきて嬉しいよ」
最初こそぎこちない会話だったが、
おばあちゃん特有の優しい雰囲気が緊張感をやわらげる。
いつの間にかすっかりリラックスしていた。
「ねえ、おばあちゃん。仕事の上司がうんちで……」
「都会じゃうんちも仕事できるんだねぇ。おばあちゃん驚いた」
おはぎを食べながらおばあちゃんはうんうんと話を聞いてくれる。
自分の中のストレスが無くなっているのがわかった。
「それじゃおばあちゃん、また来るね!」
「いつでもいらっしゃい。顔が見れただけでおばあちゃん嬉しいよ」
サブスクおばあちゃんの初日を終えた。
この時点でアップグレードプランに契約することを決めた。
それほどまでに心が軽くなる体験だった。
「というわけで、サブスクおばあちゃん……めっちゃ良かったよ」
「それはよかった。話を聞いてもらいたいなら、
キャバクラやガールズバーでもいいんじゃないか?」
「ちっちっち。若い子のところだと、なんか緊張するんだよ。
良いカッコしたくなるから疲れちゃう。
おばあちゃんだからこそ良いんだよ」
「めっちゃ語りだした……」
「ともかく俺はアップグレードを決めた。
こんなにいいサブスクは使い倒さなくちゃ!」
「アップグレードすると何が変わるんだ?」
「より自分のパーソナリティに沿った内容になる!」
「……全然魅力がわからない」
「ふふ。お前のようなおばあちゃん子初心者はそうだろうな」
サブスクを「おばあちゃんプラス会員」にアップグレード。
おばあちゃん家にいくと、見慣れたシルエットになっていた。
「この家の外観……まさに俺の実家そのものじゃないか!!」
「おやおかえり。あんたの好きなおせんべいあるよ」
「こ、このおせんべいは子供の頃好きだった……!!
自分の趣向が完全に反映されてる!! すごい!!」
これまではおばあちゃんの癒やしを提供するだけだった。
アップグレードにより自分をより知ってもらえるようになり、
ますます実家の安心感と癒やしのクォリティが大幅アップ。
「もうここにずっと住みたい……」
「いつでもいらっしゃい」
「おばあちゃ~~ん~~!!!」
すっかり入れ込んでしまった。
もう自分の心の穴を埋めてくれるのは恋人でも家族でもなく、おばあちゃんだ。
それからしばらくは実家のように通い詰めていた。
仕事が一番忙しい時期、頭にあるのはおばあちゃんだけ。
「しんどい……。でもこの仕事が終わったら、
おばあちゃんにあって死ぬほど甘えるんだ……!!」
こじらせた承認欲求がおばあちゃん欲に変容してしまっている。
もう自分でも止められない。
仕事を終えるとダッシュでおばあちゃん家に向かう。
その信号待ちをしているとき。
ボンボンとバカでかい音を鳴らしながら、
外国の超高級車が信号で停まっていた。
その運転席にはーー。
「お、おばあちゃん!?」
サングラスと金のネックレス。
白髪ウィッグを外したおばあちゃんが高級車を運転していた。
「お……俺の知ってるおばあちゃんじゃない……」
高級車はふたたびなんだか知らない洋楽を響かせながら、
街灯の少ないおばあちゃん家へと向かっていった。
自分の中の幻想にヒビが入るのがわかった。
「そりゃそうだよ……。あんなにお金貢いでるんだもん……。
いい暮らしするに決まってるんだ……」
あのおばあちゃん家もスタジオでしかない。
おばあちゃんを終えたおばあちゃんは、都心のタワマンの高層階で。
きっとワインでも飲みながら葉巻くゆらせてペルシャ猫なでつけてるのだろう。
そんな生活を自分が支えているかと思うと、
あんなに熱を上げていたサブスクを辞めるのにちょうどよかった。
「……やっぱり実家だよな。実家が一番だ」
その日の週末。久しぶりに実家へ戻ることにした。
飛行機と電車、さらにフェリーに定期船。
おそらく日本にあるあらゆる交通機関を余す所なく乗り継ぎ実家へ向かう。
「ずいぶん人が多いなぁ」
島への定期船にはめずらしく人がぎっしり。
観光地でもないのに人が多いのはめずらしかった。
懐かしき実家が近づいてくる。
「もうすぐだ。もうすぐで実家のおばあちゃんに会える!」
もう夢が壊れることもない。
そして自分の愚痴や身の上ばなしをしこたま話すんだ。
一切否定されずに聞いてもらえる心地よさに身を投じてやる。
船が島に到着するや、早足で実家へと急ぐ。
もう辛抱たまらない。
「はやく……はやくおばあちゃんにっ……!!」
見慣れた道を歩き、ついに実家へとたどり着いた。
けれどそこにあったのは見慣れた平屋の実家などではなかった。
「なにこれ……」
金ピカの壁に、広い庭にはマーライオンの銅像が水を吐いている。
神殿のように豪勢な見た目の家に変わり果てていた。
その入口からは宝飾をジャラつかせたおばあちゃんがやってきた。
「おば……おばあちゃん!?」
もうその事実すら受け入れられそうもない。
「おや、たかし。久しぶりだね。帰ったのかい?」
「それよりなんだよこの宮殿は!?
何があったら古き良き古民家が、こんな石油王の実家に変わるんだ!?」
「おばあちゃん、新しいビジネスを始めたのよ。
今もこれから出勤するところ」
「ビジネス……?」
おばあちゃんは白髪のウィッグをかぶり、
あえてクタクタにした割烹着を身につける。
「
疲れた現代人を癒やすお仕事さ。
ちょっと話を聞くだけで簡単に稼げるんだよ」
おばあちゃんは運転手付きのリムジンで、
出勤先のふるめかしい古民家へと向かっていった。
きっと今も自分以外の誰かに甘えられているのだろう。
それを思ったら、なんかもう実家には二度と帰りたくなくなった。
おばあちゃん・サブスクリプション ちびまるフォイ @firestorage
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