主人公総受け小説の攻め-あに-が二度目の人生を送ります。
隍沸喰
第1話
青空を見渡せる塔の最上階、その中心にある絢爛豪華な舞台。そこに、名前も知らない古楽器の奏でる音楽に乗せて、煌びやかな衣装を纏い妖艶に踊る踊り子集団がいた。その中心にいる一人だけ違う色の衣装を着た人物は、舞台の外にいる人々の目を端から端まで奪っている。
その場にいる者は全員男で、俺も舞台の上で踊る一人だった。
舞台を中心にぐるりと囲むように席を設けられ、踊り子たちの出し物を見ている男たちは権力者たちであり、特に踊り子たちの正面の席にいる者たちは王族だった。
踊り子は全員口布で顔を隠しているが、目元だけでも見目麗しい者たちであるとわかるだろう。中でもその中心で踊る青年はその動きの派手さと華やかな衣装だけでなく、目元だけで楽しそうに踊っていることがわかり目立っている。
振り付けを無視して自由に踊る青年に、頭を抱える貴族が一人いた。この踊り子集団の持ち主である男だ。俺たちに踊りを教えた女は男にも今回の振り付けを報告しているだろう。伝統的な振り付けをアレンジしたものだったが、しきたりは守っていた。
王族たち……そしてこの国の皇帝の前で、青年は決められた振り付けを無視して踊り狂っている。しかも他国の使節団もいるこの場でだ。
この国の伝統文化を紹介するための前座みたいなものだったが、今回の踊りの中心に選ばれた代理が暴れ回って舞台を台無しにしている。
しかし止めようとするものはいなかった。頭を抱えた貴族の男も、結局は恍惚とした表情になりその青年を見つめているのだから。
踊りの終盤に差し掛かり、青年の踊りはより派手に艶やかに変わっていく、テンションが上がっているのがわかる。やはりこうなったか……。
皇帝のそばまで近づき、曲の最後の音に合わせて青年は終わりのポーズを取る。驚くほど集中していたのだろう、疲れて倒れそうになった青年の細い腰を皇帝がつかみ、支える。その時の顔の近さと、長い時間見つめ合う姿で誰もが気付いただろう。
この青年が、あの冷酷な皇帝の心を掴んだのだと。
***
「やれやれ、やっと終わったか……」
自室に帰ってから、寝台へ倒れるように寝そべりかえる。
14歳の頃、俺は前世の記憶を思い出した。その前世からすると、俺は今二度目の人生を送っている。しかも、この世界がファンタジーBL小説の世界であることもおまけのように思い出した。その小説があった世界のことは知らないが、この世界がBL小説の世界であることは間違いない。
一度目の人生、そして原作の俺は、あの皇帝の心を奪った青年・主人公と幼少期に出会っており、一緒に暮らす兄弟のようなものだった。しかし俺は踊り子の中心を主人公に奪われ、しかも慕っていたあの頭を抱えていた貴族に想われる主人公に、めちゃくちゃに嫉妬した。慕ってくる主人公を利用し、いじめ、主人公を愛しているメインキャラクターたちによって俺は断罪され、処刑される。
そう、この世界は主人公総受けのBL小説の世界だ。
聞いてわかる通り、俺はその小説の登場人物、かっこメインキャラクター。かっこがつくがメインキャラクターである。何度も言うがこのBL小説は総受けである。原作と一度目の人生には、主人公を憎みつつ惹かれていき、最終的に愛憎を抱いたまま主人公を長期間監禁しながら強姦し、主人公の精神状態を最悪にするキャラがいた。それが俺だ。
俺の魔の手から主人公を助け出した皇帝により主人公は立ち直り、他のメインキャラクターたちにも囲まれながらハッピーエンドを迎える。しかし俺はざまあ展開不可避のまま、四肢を切断され妖怪に襲われ食われると言う残酷な処刑方法で死亡。
で……なぜか、二度目の人生である今世、14歳の頃にその最悪な記憶を思い出した。
まだ14歳だったし、主人公へ恋愛感情を抱く前だったし、別れたばかりだったから主人公を好きになることを信じられずにいた。だから二度目の人生のようにはならないだろうとたかを括っていたが……
「舞台の上であんなに変わるとは……」
実は主人公、今回が初めての舞台だったのだ。原作、一度目の人生——今後前世と呼ぶが、前世で俺が踊り子集団にいると知った主人公はちょくちょく俺の様子を見に来て踊りに興味を持つようになる。主人公が雇われていた屋敷の主人があの頭を抱えた貴族の父親で、踊り子を稽古する屋敷に主人公と見に来ていたのだ。主人公はみんなが踊っているのをこっそり見ながら踊りの練習をする姿を、あの頭を抱えた貴族に見られ、目をつけられる。この貴族もまだ恋愛感情は抱いていなかっただろう。
そしてその踊りの中心になる予定だった俺は、催しの当日——つまり、前世の今日、仲間の嫉妬により怪我を負い、踊れなくなる。代理に主人公が選ばれ、皇帝たちメインキャラクターとの恋が始まる……。
まあ、そうなるだろうと分かっていたから、今日まで俺は踊り子として目立つことを避け、むしろヘッタクソに踊るように努めていた。踊るのは好きだったため練習はしていたが、誰かの前で踊る時は必ずロボットのように動いた。
しかも原作では綺麗系の美男子として描かれているため、顔がめちゃくちゃ目立つ、だからわざと太った。悪役ではあるがメインキャラクターだからか太りにくい体質だったため、かなり大変だったがぽっちゃりにはなれた。だから、無駄に綺麗だった桃色の髪も毎日墨汁に漬け込んで無理矢理染めた。メインキャラクターだからか、本当に染められたわけではなく、洗えば元通りになってしまうが。
こう言う努力によって、俺は今世では踊りの中心に選ばれなかったし、醜く下手だからと目立たないようめちゃくちゃ端の立ち位置においやられた。今世では前世で俺の次にうまかった踊り子が中心に選ばれたが、結局妬みにより出られず、代理に主人公が選ばれたわけだ。
そして今まで主人公に恋愛感情を抱くなんてありえないと思っていた俺だが、……今回の舞台の主人公は本当に美しかった。踊りもうまかったけど、何よりすごく楽しそうだった。前世の俺も今の俺も踊りのことが大好きだ、あんなふうに踊られたら、好きになってしまうのも無理はなかったのかもしれない。
まあ、前世の記憶があって、残酷に殺された記憶のある今の俺には主人公を好きになる気がないが……。
でも、皇帝たちメインキャラクターのあの目……もう、主人公総受けのはじまりはじまり〜♪って感じだったな。大変そうだなとは思うけど主人公は幸せになるんだし、俺はこの世界でモブになると決めてるし、どうでもいいことだ。
ただ……舞台で思いっきり踊れないのはきつい。前世でも、幽閉されてもずっと踊り続けてたんだよな。本当に踊りが好きなんだな、俺って。
主人公に嫉妬もするわ……。俺が怪我して代理で出たようなやつにみんな注目してその後もずっと中心で踊らせてもらえないんだもんな……あ、今回は恋愛感情がないから主人公のことまじで嫌いになりそう。耐えろ耐えろ。
「あっ! いた!! 兄上!」
え……。
な、なんでここに九頭杜が!?
九頭杜……総受けBL小説の主人公だ。化粧を落とし口布を外した素顔も、眩いほどに美しい。まさに総受けのために生まれた主人公って感じだ。
ポニーテールにした雪のように真っ白な髪、透き通るような翡翠の瞳、白いみずみずしい肌は触れてみたくなる。
「兄上! 俺の踊りはどうでした!?」
なぜいるのかわからないし距離の詰め方が早すぎて動揺して離れようとすれば、ガシッと腕を掴まれて上目遣いされる。目があったとたん、目の前の子綺麗な顔は眉を寄せて目を潤ませる。
「兄上、九頭杜の踊りはどうでした?」
なんだ!? 近づかれると……めちゃくちゃ押し倒したい気持ちになってくる、そんなこと全く思ったことないのに、これが総受け効果か……!
「と、とりあえず離れてくれないか?」
「兄上! どうしていやがるのですか!」
距離を離すどころかさらに詰められる。
九頭杜ってこんなやつだったか? いや、確かに最初はこうだったかもしれない。いじめ倒して精神崩壊させたせいで、俺を恐れる弱々しい姿しか思い出せないが、小さい頃の記憶を思い出せば、確かに慕われていたような。俺の様子を見に来て踊りに興味を持つんだし、慕われてはいたのか。
「なぜお前がここに?」
「兄上に会いに来たんですっ」
ぐいぐいくるから逃げ腰になっていれば、いつの間にか壁に追い詰められていた。
「兄上、兄上の踊りを見てずっと練習していました! だから代理とはいえ兄上と同じ舞台に立てて本当に嬉しいんです!」
そうか、前世の俺は怪我をしていたし、恨んでいたから、怪我が酷いだの人がいると悪化するだのあらゆる理由で面会謝絶していて、このぐいぐいを受けていないんだ!
「あー……とても、上手だった。みな褒めていたよ」
「本当ですか!?」
ち、近いいい……。
「兄上……ずっと会いたかった……」
涙でキラキラした目が目に入ったとたん、あれ……と思う。この光景をどこかで見たような。そう思ったとたん、頭の中心にビリビリとした感覚が走る。この感覚は……前世の記憶を思い出した時と一緒だ。もしかして、九頭杜はこの人生やり直しに関係があるのか?
バチンッと雷に打たれるような感覚が頭に走り、脳裏に記憶が駆け抜けていく。
——ここは墓場か?
——『九頭杜、なぜそんな奴を——』
——『がつみ、兄上と二人きりにしてくれ』
——『そいつはお前をあんな目に合わせたのだぞ!!』
——『お願いします、皇帝陛下。一生のお願いでございます、どうか、どうか……!』
——『……………………少しの間だけだ』
——『兄上、兄上ぇ』
——『兄上、なぜこんなことに……九頭杜は兄上が生きていてくれればそれで——』
——『兄上がいないこんな人生なんて、必要ない』
——『こんな人生なんて、なくなってしまえばいいのに……っ』
【 九頭杜は禍津見がくるまで伊邪天の墓石を抱き続けた。九頭杜はこの世で一番大切な、たった一人の家族の死を、己が死ぬまで嘆き続けた。】
——………………。ん?
バチンッと言う音が脳に響く。
「あ、兄上? 具合が悪いのですか?」
…………?
ん?
今のって………………なんだ? ん? 理解が追いつかないのだが?
「……九頭杜、お前……俺が死んだらどうする?」
「な、なぜ……そのようなことを!」
近くで涙ぐむ九頭杜の顔に違和感がない。いや、違和感がないことに違和感がある。
「か、考えてみてくれ。俺の頼みだ」
も、もしかして……俺が2度目の人生を送ることになったのは……
「——兄上が死んでしまう人生なんて俺が許しません!!」
…………こいつが望んだから!?
九頭杜は確か原作で神に愛されていたはず。姿は現さずその存在も確かなものとはされていなかったが、文字通り神だ、小説世界の神だ。九頭杜は神力を扱える唯一の人物でありその存在を一時的に確かなものにする稀な能力を持っていた。その能力でメインキャラクターたちを助けていくわけだが……まさかその能力で時間を巻き戻したと……?
小説はハッピーエンドで終わったはずだ。しかし、一度目の世界は小説通りに終わっても、その続きがある、終わらないのだ。つまり、死ぬまで俺の死をいやがっていた小説の延長線上の九頭杜は俺の死をなかったことにするために能力を使って時間を巻き戻した………………なんてことだ。
そして、俺が前世の記憶を思い出したのも俺が同じ道を辿り死ぬことを避けるための神のご意志、と言うわけか。
神の力こわ。
神にも愛されるって主人公総愛され要素もあるのか? いや、俺がいるし違う……いや、俺も好きになってはいるのか! ……うわぁ。
「兄上ぇ……何故そのようなことをぉ……」
うわ、泣かれたら面倒だ。
「落ち着——」
「——そこで何をしている!」
九頭杜の背後から聞こえたその声は、聞き覚えがあった。無地ののれんの奥から現れたのは、あの頭を抱えていた貴族の男だ。前世の俺の初恋だった相手だ。
「——!?」
男は九頭杜の泣き顔を見るなり——俺に縋るように掴んでいるのが見えないのか——俺から九頭杜をひっぺがした。庇うように両手を広げて九頭杜を背に隠す。
「今回の事件、お前が指示していたことは知っている。しかるべき処罰を与えるつもりだったが、代理にまで手を出すとは……!」
なんの話だ? ま、まさか…………怪我をした踊り子についての事故を、俺が指示したことにされている!?
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