夜明けの空にまいた種
船越麻央
王と王妃の歴史絵巻
余は庭に出て星を見ていた。
月の美しい夜だ。
「王様。このような夜更けにどうなさいましたか」
いつの間にか王妃が余のそばにやって来ていた。余はこの国の王である。
「おお、王妃ではないか。少々夜風にあたろうと思ってな」
「王様……眠れないのですか。少しは休まれないと体に毒です」
「すまぬ王妃。心配をかけたようだな。余のことを思うてくれて嬉しいぞ」
「……反乱軍のことでお悩みなのですね。王様……お気を強くお持ちください」
余は深く恥じた。王妃まで不安にさせているのか。
実は反乱軍がこの都に迫っているのだ。明日にでも逆賊どもが都になだれ込んで来るかもしれぬ。我が官軍は都の入口を固め、海には水軍の軍船が多数浮かんでいる。
しかし予断を許さぬ状況なのだ。反乱軍は日に日に兵力を増し侮りがたい戦力となっている。敵軍に寝返る将軍も多い。このままでは官軍に勝ち目はない。
「王様。官軍には多くの勇将がいるはずです。賊軍ごときに遅れをとるとは思われませぬ。明日には吉報が届くことでしょう」
「ああ王妃よ。余が愚かであった。民のことを考えず世を乱した。余は……余は天罰を受けておるのだ」
「そのようなことを……王様、わたくしがついております。弱気になってはいけませぬ」
「王妃よ……もはやそなただけが頼りだ」
恐らく我が官軍が敗れ、都は反乱軍の手に落ちる。宮殿は炎に包まれ阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられることになるだろう。まさに悪夢である。
嗚呼、余の代で滅びるのか。十五代、二百七十年続いたこの王朝が幕を閉じるのか。余は命が惜しいわけではない。しかし余は歴代の王に何と申し開きをしたらよいのだ。
余は王妃と共に時が過ぎるのを忘れて天を仰いだ。
「王様。これをお受け取り下さい」
やがて……王妃は涙を浮かべながら余に小さな紙包みを手渡した。
「王妃よ、これは何だ?」
「王様……中身をご覧ください」
余は王妃に促されて紙包みを開いた。その中身は数粒の小さな種であった。余には何の種かは分からぬ。
「こ、これは何の種だ?」
「王様。間もなく夜が明けます。その種を空に向かってまくのです。お願いします王様。わたくしの言う通りにしてください」
「そうか王妃。この種を夜明けの空にまけばよいのだな。よかろう」
余は王妃の言う通りにすることにした。もう夜が白々と明けてきた。余は……余は紙包みの中の種を空に向かって思いっきりまいた。
余は我が目を疑った。余が夜明けの空にまいた種は皆小さな光となったのだ。そしてその光の粒は輝きながらゆっくりと空に昇っていくではないか。
余は夢でも見ているのか。
「王妃よ! これはどうしたことだ! 種が、種が光の粒となって天に昇って行くぞ」
「王様。これで……これで良いのです。この機に国が生まれ変わるのです。王様……もう苦しむことはありません。わたくしと共に生きましょう」
王妃は余の手を取った。余は……王妃のぬくもりを感じた……。
了
夜明けの空にまいた種 船越麻央 @funakoshimao
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