その7 デート
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その7 デート
「うおおおお! なんやここ! めっちゃ人おるやん! テンション上がるわ!」
家から少し、バスに揺られて。
辿り着いたのは、巨大なショッピングモール施設。
賑わう人混みの中で、私は目をキラキラさせる鈴原くんと並んで歩いていた。
何で、こういうことになったんだろう。
緊張して、喉が渇く。
バスに乗っている間も、鈴原くんとどんな会話をしたのか全く覚えていない、思い出せない。
だって、それどころじゃなかったから。
ええと、今朝鈴原くんがいきなりうちに来てくれて、デートしようと言ってくれて。
ぽかんとする私の手を引いて、そのまま連れ出してくれて。
お互い引っ越してきたばかりだから、東京のことを色々知ろうって話になって。
お財布も携帯も、用意する暇がなかった。
……どうしよう、バスの運賃、出してもらっちゃった。
「あ……あの……ごめん、ね……」
「んー? 何がや?」
「ば、バスのお金……帰ったら、絶対、払うから……その……」
「ええんやって」
ぽん、と頭の上に鈴原くんの手が置かれる。
そのまま、くしゃくしゃっと、頭を撫でられる。
誰かに頭を撫でられるのなんて、いつぶりだろう。
くすぐったい、けど、何だかこういう感覚、嫌いじゃない。
胸の奥が、あったかい物で満たされていく気がする。
「ワイが勝手に連れ出したんやから、こずえちゃんは何も気にすることないんやで? その代わり、今日はワイにめいっぱい付き合ってや!」
そう言って、鈴原くんはニカッと笑顔を向けてくれて。
……凄いなあ。
人に気を遣わせないというか、なんというか。
自然体の自分でぶつかってきてくれるのに、全然いやだとか、そういうマイナスな感情を思い起こさせない。
どうして、こんな素敵な人が私に優しくしてくれるんだろう。
昨日から、その答えがいくら考えても出ない。
「あっ! ママ! ぼくの風船っ!」
ふいに、小さな子供の甲高い声が聞こえた。
泣きそうな声に、私達は揃って反応して、声がした方向を見る。
男の子が、赤い風船を手放してしまって狼狽えていた。
先に動いたのは、鈴原くんだった。
鈴原くんは勢い良く駆け出して、高くジャンプして、その風船を手に取って。
しゃがみこむと優しく笑って、その子に風船を差し出した。
「ほい。気をつけるんやで?」
「ありがとー! 赤い髪のお兄ちゃんっ!」
泣きそうだった男の子の顔が、一瞬にして笑顔に変わる。
ただ立ち尽くすことしかできなかった私は、それを見つめて。
……やっぱり、鈴原くんは凄い。
そう再確認する。
当たり前のように、親切なことを実行できる。
当たり前のように、誰かに優しくできる。
……本当に、雲の上の存在みたい。
「こずえちゃん? ぼーっとしてどないしたん?」
気がついたら、鈴原くんは私の元へ駆け寄ってきてて、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
至近距離に鈴原くんの顔があって、心臓が跳ね上がる。
「あ……えと……鈴原くん、凄いなって……かっこいいな、って……思って……」
たどたどしくも、思ったことをそのまま伝える。
途端にさっと鈴原くんの頬に赤みが差した。
彼の髪の色と同じ色。
鈴原くんは私から目を逸らし、指で自分の頬をぽりぽりと掻き始めた。
「……おおきに、な」
そう言って、少しはにかむ。
しばらく鈴原くんは私の方をちら、ちら、と見ていたけれど。
「よっしゃ! こうしててもしゃあない! 行こか! 来たからにはめいっぱい遊ぶで!」
「は、はいっ……」
気圧されて、頷いてしまった。
私の反応に、鈴原くんは満足そうだ。
それから、彼の背中に置いていかれないよう頑張ってついていこうとしたけど、鈴原くんはずっと私に歩幅を合わせてくれた。
◆
「こずえちゃん! クレープあるで、クレープ! めっちゃ女の子並んどる! 美味いんやろか!? な、ワイらも並ぼっ!」
「す……鈴原くん……あの、私、お金……なくて……」
「心配すんな! そんくらいワイがちょちょいっとおごったるわ! ほな、行くで!」
「そ……そんな……悪いよ……あ、ま、待って、鈴原くん……!」
女の子がたくさんいる行列に、鈴原くんは無遠慮に並ぶ。
無邪気に笑って、とても楽しそうに。
こういう所は、鈴原くんの強みだと思う、本当に。
勇気、あるなあ。
結局鈴原くんは、私の分のクレープも買ってくれた。
笑顔で差し出されたイチゴ味のクレープはきっと甘かったんだと思うけど。
緊張して、申し訳なくて、味はほとんど良くわからなかった。
◆
「うおおおおお! 東京凄い! 凄いでほんま! オモチャめっちゃ売っとるってレベルやないで! ほれ、これ見てみ、こずえちゃん! 愛情戦隊ラブレンジャーの変身アイテム! これでな、ぱぱーってヒーローになって悪をどかーんって倒すんやで! 派手やろ! かっこええやろ!」
「え……えと……特撮……好き、なの……?」
「大好きや! なんてったって、主役、赤やしな! 赤って一番イカすやろ! ……あ、でもライダーはちょい違うかな。いや、赤がメインカラーの時も……まあ、どっちもかっこええからええけど。日曜朝はテレビの前で正座待機、やで! こずえちゃんも今度見てみ! めちゃくちゃ熱いから! 胸がこう、グワーッてなるで! 血が沸騰するで!」
……鈴原くん、赤、好きなんだ。
髪の色も、Tシャツの色も赤だもんね。
子供のようにはしゃぐ鈴原くんを見ていると、不思議とぽかぽかした気持ちになってくる。
私も、鈴原くんみたいに元気いっぱいに喋れたらいいのに。
……そうすれば、鈴原くんに、何かを返せるかもしれないのに。
望んでばっかりで、何一つ行動に移せない私は、本当にだめだな、と思うけど。
◆
「めっちゃかっこえーTシャツ売っとる! 流石は東京! 服も派手なん多いし数もめちゃくちゃあるわ! ほら、あの虎柄のやつとかイカすと思わへん!? ああ、でもあっちの目が痛くなるくらい真っ赤なやつも……こずえちゃんは? どんな服が好きなん?」
「わ……私……? あ、あんまりこだわりはないんだけど……ピンク、とか、好き……かな……あと、うさぎさんの模様のやつは、つい手にとっちゃう、かも……」
「あー、パジャマもうさぎさんやったな。可愛かったで! こずえちゃんに良く似合っとった! こずえちゃん、うさぎさんっぽいもんなあ」
「……うさぎ?」
「なんか、いかにも草食動物です、って感じがするやろ。……ああ、褒めとるで? そや、うさぎさんって寂しいと死んでまうんやっけ。……もし、こずえちゃんが寂しくなったら、ワイが傍にいたるわ」
ぽん、と頭を撫でられる。
寂しい。
そう思うことは、今までの人生で何度もあった。
だって、友達がいなかったから。
でも、今は鈴原くんが傍にいてくれると言ってくれる。
こんな私に。
私と、一緒にいてくれるって。
どうして、こんなに、きらきらした言葉ばかりを私に与えてくれるんだろう。
どうして、優しさを私に教えてくれるんだろう。
恥ずかしいのかなんなのか、私は俯いて黙っていることしかできなかった。
せめて一言。
ただ一言。
ありがとうと、言えたらいいのに。
◆
人混みの中を歩いていたら、どん、と体の大きなお兄さんとぶつかってしまった。
「……ひゃっ」
情けなくなるくらいに弱い私の身体は、あっという間によろけて。
そのまま、尻餅をつく。
「こずえちゃん、大丈夫か!?」
鈴原くんがすぐにしゃがみこんで、私に手を差し伸べてくれる。
その手を戸惑いつつも、取ってみる。
やっぱり鈴原くんの手は、大きくてあったかくて。
安心するけど、いつまでも握ってはいられない。
「……ありがとう……」
鈴原くんに支えてもらって、何とか立ち上がる。
今度は、ちゃんとお礼を言えた。
だけど、私とぶつかったお兄さんが忌々しげに振り返って、チッと大きく舌打ちをする。
「気をつけろ、チビ!」
怒鳴られて、びく、と身が竦む。
男の人。
威圧感のある人。
こわい。
さっと血の気が引く感覚。
心臓が、嫌な意味で騒ぎ出す。
謝らなきゃ。
こわい、こわい、こわい。
「ご……ごめんなさ……」
「おい」
私の謝罪の声を遮ったのは、鈴原くんの声だった。
硬い、敵意を含んだ声。
今まで私に向けられていた優しい声とはまるで違う。
鈴原くんは、そのお兄さんをぎろ、と鋭く睨みつけながら、体の大きなお兄さんを見上げながら、怯むことなく声を発していた。
「ぶつかって来たんはそっちやろ。こずえちゃんに謝れや」
「ああ!? そこのチビがどんくさいのがわりーんだろ!」
「謝れ言うとんのやボケ! 女の子にひどいことしといてなんやその態度は! こずえちゃんがケガしてたらどうするつもりや!」
本当に、鈴原くんは怯まない。
それどころか、お兄さんに掴みかかりかねない勢いだ。
辺りが、何事かとざわつき始める。
私は慌てて、鈴原くんのTシャツの裾を引っ張った。
「す……鈴原くん……私……大丈夫、だから……」
「アホ! こずえちゃんがやられて黙ってられるわけないやろ! どこが大丈夫やねん、痛そうな顔しとったやろ!」
「でも……っ」
「でももだってもないわ! ワイはこの男がどーしても許せんのや!」
「……ほ、ほんとに……大丈夫、だから……その……」
鈴原くんに、ケンカしてほしくない。
私のせいで、嫌な思いしてほしくない。
そう思ったら、指先が震えて。
それを察したのか、鈴原くんが一瞬目を見開く。
それから鈴原くんは、そっと、私の手を取り、優しく握ってくれた。
最後にお兄さんをもう一度ぎろりと一瞥してから、鈴原くんは私の手を引いてその場から離れた。
「……すまん。怖がらせてもうたか」
「う……ううん……ちがう、の……鈴原くんが、こわいんじゃ、なくって……鈴原くんが、ケガとか、嫌な思いするのが……嫌で……」
「……そか」
そう言った、鈴原くんの眼差しと声は、とても優しくて。
私の頼りない手を、ぎゅっと握ってくれて。
鈴原くん、いい人だ、優しい人だ、かっこいい人だ、強い人だ。
私、この人と一緒に歩けて、幸せだ。
鈴原くんは、どうなんだろう。
私なんかと一緒に歩いていて、どう思ってるんだろう。
……どうして、私と一緒にいてくれるんだろう。
さっきから、同じことばかりをぐるぐる考えてる気がする。
◆
「ここ、気になるん?」
とあるお店をついついぼうっと見つめていると、鈴原くんに声をかけられた。
オシャレとは縁が遠い私だけど、何となく目を引かれる物がいくつかあった。
興味はあったの、だけど。お金ないし。
首を横に振ろうとしたのに、鈴原くんが私の背中を押して。
「ほな、お店入ろ! な!」
「ひゃっ……」
ぐいぐいと、店の奥へ押し込まれる。
辿り着いたのは、色とりどりのリボンが並んだ棚。
リボン、かあ。
すっかり使わなくなっちゃったな。
髪、結んでも男の子に引っ張られるばかりだったし。
可愛いリボンとか、気にはなるんだけどな。
リボンやアクセサリーに見惚れていたら、店員のおじさんに声をかけられた。
「お嬢ちゃん、お兄ちゃんとお買い物かい? 小学生? おつかいの帰り? 偉いねえ」
お嬢ちゃん……たぶん、私のことだ。
お兄ちゃんというのは、鈴原くんのことだろう。
……そうだよね、こんなに身長差があるんだもの。
きっと、今までだってずっと兄妹だと周りに思われてた。
友達になりたいだなんて、高望みしちゃいけなかったんだ。
私と鈴原くんは、対等じゃないんだから。
小学生、かあ。
やっぱり、そう見られちゃうんだな。
少しだけ、気分が落ち込む。
自分の表情が曇るのがわかった。
そんな時。
「アホ、おっちゃん。ワイらは中学生や。それと」
鈴原くんが、私の手をぎゅっと握る。
ただ手を繋ぐだけじゃない。指と指を隙間なく絡めるそれは。
……少女漫画などで良く見かける、恋人繋ぎ、というやつではないのだろうか。
「何が兄妹やねん。どっからどう見てもラブラブバカップルやろ」
「……ふえっ!?」
ぼんっと顔が真っ赤になる。
頭から、湯気でも出そう。
どうして、そんなこと言うの、鈴原くん。
動揺している私とぽかんとしているおじさんを置いて、鈴原くんは真っ赤なリボンを一つ手にとった。
「ほな、おっちゃん。このリボンちょーだいっ! 可愛い彼女にプレゼントしたいんや!」
そう言って、鈴原くんはとても嬉しそうに笑って。
リボン?
私に?
どうして?
さっきから、どうして以外の言葉が、感想が出てこない。
おじさんがリボンを小さな袋に包むのを見届けてから、鈴原くんは小銭をカウンターに叩きつけ、私を見下ろし、また笑って。
袋を受け取ってから、私の手を引いて歩き始めた。
私は、どくん、どくんと高鳴りすぎる心臓に自分で自分にびっくりしながら、ただひたすら彼の隣を歩くことしかできなかった。
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