エリクサー症候群の僕と付喪神の君と

広野鈴

第1話 冒険者ルーファス (前編)

 『ブンッ』!


 骸骨剣士が刀を振りかぶる。空気が一瞬で凍りつき、鋭い摩擦音が響いた。全身鎧の骸骨剣士が、ダンジョン第5層の階層ボスとして、目の前に立っていた。ダンジョン攻略初日の僕が、対峙していい相手じゃなかった。


 その一撃に、僕は後方へ吹き飛ばされ、激しい衝撃とともに岩山に激突した。全身を襲う激痛。背骨に走る激しい痛みで、骨に異常をきたしているのがわかる。 意識が飛びそうだ。


 傍らに落ちている荷物袋に、震える手で伸ばす。


 「傷……薬を……」


 この怪我は、普通の傷薬では癒やせない。助かる方法は、祖父から受け継いだ、あの伝説の霊薬エリクサーしかない。


 僕の命を救う、希望の光。その小瓶に僕の手は届いていた。それでも、僕には使えない。使えない、使いたくない。使ってしまえば、祖父や父の遺志に反する気がしたからだ。


(この薬は、最後の希望、父さんを捜すための切り札だ)


 僕は、祖父の遺したエリクサー症候群を患っている。



 ◆



 エリクサー。


 どんな怪我を負っても、体力や魔力を消耗しても、小瓶の液体を一口飲めば完全回復し、不老不死にすらなれるという伝説の霊薬だ。


 古代の錬金術師が実験と調合を繰り返して精製した奇跡の霊薬は、製法が明らかでなく、錬金術師書も残されていないため、入手は困難を極める。ダンジョンへ挑む冒険者なら誰しも手に入れたいこの奇跡の薬は、正規の店で取引されることはない。


 エリクサーを一瓶でも手に入れれば、前人未踏の古代遺跡ダンジョンすら踏破できると言われていた。


 そんな希少な霊薬が、今、僕の前にある。



 ◇



 冒険者と錬金術師の街アムリタ。


 地下深くに眠る古代遺跡へ繋がるダンジョンの入口にできた街には、一攫千金を狙う多くの冒険者と錬金術師が集まる。


 現代をはるかに超える文明を誇った古代人の遺跡から、錬金術師書や貴重なアイテムを発掘するためだ。


「じいちゃん、父さん……。明日、出発するよ」


 僕、ルーファス・ラビスタは、自宅の小屋の中で、傷薬の瓶に偽装した入れ物から、伝説の霊薬を取り出した。


 美しい装飾が施された小瓶、中に赤い液体。その奇跡の薬が入っている。


 僕がエリクサーを所持していることは、誰も知らない。


 エリクサーは、冒険者一族である僕の祖父がダンジョンの奥深くで手に入れたものだ。


 冒険者であった祖父と父は、同じダンジョンに挑み、そして帰らぬ者となった。祖父が残したエリクサーは、僕にとって踏破の希望であり、同時に彼らが辿った悲劇の象徴でもあった。


 祖父は、古代遺跡につながるダンジョンで伝説の霊薬を発見したけれど、『エリクサー症候群』の呪いにより、自らがどんな危機に瀕しても薬を使用せず、ついにダンジョンで倒れてしまった。父も、ダンジョンで行方不明となった。


 店や錬金術などで入手できないレアアイテムを入手しても、その貴重さから冒険中に使用できない事象を「エリクサー症候群」と呼ぶ。


 そのあまりの価値ゆえに命の危機に瀕しても使えない、ダンジョン踏破まで使用を許さない、冒険者たちの呪いだった。


 祖父の冒険バッグから、傷薬に偽装された小瓶が見つかった時、それは不思議な輝きと、まるで生きているかのような存在感を放っていた。その瞬間から、僕は伝説の霊薬エリクサーの所有者となったのだ。


 もちろん僕も、貴重な霊薬を使用するつもりはない。



 ◇



 ダンジョン。


 古代遺跡につながるダンジョンは、魔物が蔓延(はびこ)る危険さから、冒険者の資格認定、到達度の把握や救助を担う冒険者ギルドに管理されている。


 ダンジョンに挑む冒険者は、一定の技術試験を受ける必要があり、合格すると冒険者ライセンスと深度計(デプスゲージ)を入手できる。


 手首に取り付ける腕時計型の深度計は、ダンジョンをどれだけ深く探索できたか、どの階層まで到達できたかを測り、遺跡発掘調査への貢献度合いを示す。


 冒険者は、到達深度や獲得した宝や鉱石をもとに、冒険者協同組合が運営するギルドから報酬を得る。


 僕の家には、祖父が残した深度計が1つあるが、父のものは見つかっていない。祖父の深度計に残された記録、最深度は、第10層と記されている。


 全9層からなる迷宮を越えると辿り着くという錬金術師の古代遺跡。祖父は、ダンジョンを踏破し、古代遺跡まで辿り着いた、たった4人しか存在しない英雄の1人だ。


 祖父が持ち帰った古代文明の素材や錬金術書は、錬金術師達が今なお研究を続けている。


 じいちゃんは、僕にとって憧れの存在だ。

 


 ◇



「ルー。本当に明日出発するの?」


 木造りの家の窓をいきなり開き、覗き込むように現れたのは、灰色のショートボブに黄色の月を象った髪飾り、髪と同色の大きな瞳をした、まだ幼さの残る少女は喜怒哀楽がはっきりしている。


「ちょっと、ルー。訊いてるの?」


 彼女は、幼馴染のソフィア・ニュルブルク。彼女は、僕と同じ今年16歳になる錬金術師の卵だ。両親のいない僕は、幼い頃から彼女の家に世話になり、家族ぐるみの付き合いをしていた。


 ソフィアは、錬金道具屋の看板娘で人気もある。幼い頃から仲良くしてきたソフィアは、僕にとって最も大切な幼馴染だ。もちろん、今は『特別な感情』なんてない。これから先もずっと、この街で一緒に過ごす。そう思っていた。


「もう、いいよ、イエスってことね? ルーはそういうところ、昔から変わらないんだから」


 いきなり窓から現れたソフィアが勝手に話を進めているけれど、効率重視で、科学大好きっ子らしい彼女の特徴なので気にならない。


 僕は、16歳になる明日、ダンジョンへ初挑戦すると決めていた。祖父も父も、16歳になる日に旅立ったからだ。


「ねっ、旅立つならこれ持って行ってよ」


 ソフィアが差し出したのは、荷物袋に入った大量の薬品だった。


 ごくり。


 僕は、唾を飲み込みながら、大きな袋を受け取った。



 ◇



 錬金術。


 錬金術とは、金属を金に変えたり、万能薬の開発や不老不死の実現、さらには生命の創造までを目的とした学問で、魔法ではなく科学に分類される。


 冒険者が集まる街アムリタで、錬金術師達は、冒険に役立つ薬や道具を作り、冒険者がダンジョンで発見する古代の錬金術師書の断片や素材をもとに研究を重ねている。ソフィアも、道具屋と錬金術師を営む家族のもとで冒険者に役に立つ傷薬などを精製し、販売していた。


「取り出しやすいよう、種類ごとにポケットに分けて整理してあるんだよ」


 背負える荷物袋は、いくつものポケットに分かれており、傷薬に毒消し薬、麻痺解消薬など冒険に役立つ薬類がずらりと並んでいた。


「あ、ありがとう。助かるよ」


 僕が笑顔で謝意を伝えるとソフィアは、僕の表情をまじまじと見つめる。


「心配しなくても実験中の薬は入ってないよ。お店売りクオリティの逸品をズラリと揃えたんだから。あたし製だけどね」


 ソフィアは、僕が心配していた理由を察して説明する。


 僕は、よく修行の一環と称して、彼女の実験中の薬を試されることがあった。


 以前、変な味の薬を飲まされて全身がピカピカになったこともある。



 ◇



「ありがとう。安心したよ。えと、魔力に関係する薬はないよね?」


 ソフィアの錬金術の腕は、街でも評判で、好奇心で試みた実験品以外であれば安心できる。


「ないよ。当たり前でしょ? 錬金術は科学、魔法やオカルトは信じないから」


 ソフィアが決して大きな膨らみではない胸を張って答える。


 多くの錬金術師は、魔法や魔力といった科学で証明されない現象を信じていない。


 魔力に作用する薬品を精製する錬金術師は、ほとんどいない。


 火、水、土、風なとを司る精霊の力を借りる精霊使いも、古代から伝わる魔法書の呪文を唱える古代語魔法を操る魔法使いも、錬金術師達からすれば異端の存在だ。


 僕は、祖父に教えてもらった魔力により剣の力を増幅させる魔法剣(ウィザーズ・ソード)を修行していた。


 伝説の4英雄の1人であるじいちゃんは、魔法剣士(ウィザーズ・ソーディアン)たったのだ。


「ルーが、魔法剣……だっけ? “科学で証明できない、オカルト技”を練習しているのは知っているけどね。魔力の素……というかエーテルの成分なら理解しているから、どうしてもと言うのなら、効くかどうかわからないけど薬作るよ」


 魔法はオカルト技と捉えられるのか。それでも、魔力を強化できたり回復できるとありがたい。


「それは、助かる。作って欲しい」


「ん。了解。研究しておくね。だからさ……」


 いつも元気で気軽に何でも話してくる彼女にしては珍しく、俯いて黙っている。


「ソフィ?」


「なんでもないよ。……無理、しないでね」


「うん」


 ソフィアは、踵(きびす)を返して走り去った。



 ◇



「心配してくれたんだよね」


 僕は、ちいさな身体で走って行くソフィアの後ろ姿を見送りながら一人ごちた。


 決意は変わらない。16歳になる日に旅立つと決めたからだ。じいちゃんに習った魔法剣の練習も、残してくれた魔物辞典の研究も、魔力向上修行も毎日続けている。


「あれ?」


 僕は、ソフィアがくれた荷物袋の底に、小さな布袋に包まれた何かが入っているのを見つける。


「ペンダント?」


 鉄鉱石を削って作ったチャームには、剣と秤(はかり)が交差する紋章が描かれていた。


 剣が僅かに魔力を帯びているように見えるデザインは、ソフィアが僕ののために選んだ、魔法剣と、錬金術の『希望の秤(はかり)』を組み合わせた紋章だ。


『一日早いけど、誕生日おめでと。あと、必ず帰ってくるように』


 メッセージカードが添えられていた。


 ありがとう、ソフィ。


 僕は、夜空を眺めながらまた、一人ごちる。なんとなく胸の奥が温かくなるのを感じていた。



 ◇



 冒険者ギルド。


 ダンジョンへ挑む冒険者達を管理する冒険者協同組合の管理施設を訪れる。


「ルー君。いよいよ、今日、入るのね」


 ギルドの受付嬢で、ダンジョン入出管理を行う女性のリリアさんが僕に確認する。


 紫色の長い髪を後ろで結わえ、やや切れ長の目が綺麗な、背の高い彼女は、横で手伝う幼い獣人族の少女とともにカウンター越しで話していた。


 かれこれ数年前から20代前半と聞いているが、未だにその若さを保っている


「はい。今日が約束の日です」


「赤髪の英雄と呼ばれたお祖父さんも初めは1人でダンジョンへ入ったと訊いているけれど、やっぱりルー君も決意は変わらない?」


 古代の錬金術師が構成したと言われるダンジョンは、地下深く、多階層構造になっている。


 ダンジョンは、不思議な力により、冒険者が入るたびに構造を変える。


 階層を1つ降りるだけで、魔物やトラップの危険度が跳ね上がる仕組みになっているが、初挑戦の冒険者は第1層の攻略にすら困難と言われている。


 多くの冒険者は、1人ではなく、仲間を集ってダンジョンに挑む。前衛で戦う近接タイプの剣士、後衛から戦う弓術士や魔法使い、回復や補助を司る回復士など、バランス良いパーティーを組むのが重要だという。しかし、リリアさんの心配を背中に感じながらも、僕の決意は揺らがなかった。


「はい。3層までは、1人で挑戦したいと思っています。祖父がそうしていたので」


「絶対に無理はしないでね。初めは1層だけで戻るのが良いよ。それだけでも難しいんだから」


 リリアさんの真剣な眼差しから、ダンジョンの現実の厳しさが伝わってくる。


 冒険初心者がダンジョン第1層を突破できるクリア率は20%に満たない。


【3層までを1人で突破できない冒険者は、『リソース管理』も『マッピング』能力ができていない。そんな実力では4層には通用しない。それだけの差が下層にはある】


 僕は、じいちゃんの言葉を思い返していた。



 ◇



 古代の錬金術師が残した遺跡は、ダンジョンの最下層である第9層より、さらに深部にあると言われている。


 遺跡に辿り着いた冒険者は、4英雄と呼ばれたじいちゃんと3人の仲間しかいない。4人の英雄達も、その後ダンジョンで2人が行方不明となり、2度目の遺跡調査に望んだじいちゃんも倒れてしまった。


 今生き残っている英雄は、たった1人。英雄王となったその人物は、街の権力者となり、もう冒険はしていない。


 5層より深く潜れる冒険者は、ほんの一握りしかいない。多くの冒険者が3層までのクリアを目指し、錬金に役立つ素材報酬を得て生活している。


 3層まで突破し、4層へ挑む前に引き返す行動を繰り返す。通称3層ループと言われる。それでも経験の浅い冒険者パーティーの3層クリア率は低く、ベテラン冒険者の救援を待つケースも多いのだ。


「深度計(デプスゲージ)のセット方法は分かる? ルー君のライセンスをセットするとルー君がどの階層まで進んでいるか、ギルドでも把握できるようになるの。深度計は、冒険の達成度を確認するだけじゃなく、救援を送るためにも必要よ」


 古代の錬金術師によって設計された冒険者ライセンスと深度計の技術は、ダンジョン攻略に欠かせない。


「ライセンスチップを1枚深度計にセットして、残りのチップをギルドに預けるんですよね」


「そう。これでルー君がどの階層まで進んだかをギルドからも把握できるし、帰れないようなら、他の冒険者に救援をお願いできるの」


 僕は、リリアさんの説明を訊きながらライセンスチップを腕の深度計にセットし、残りのチップをリリアさんに預ける。


 ダンジョンへ挑戦する準備が整った。



 ◇



「ここが、ダンジョンの入口よ」


 リリアさんに案内してもらい、僕は、旅立ちの間に立った。


 旅立ちの間は、冒険者ギルドの最奥の部屋だ。赤い絨毯が敷かれた広間の中央にぽつんと立つ金色の扉が見えた。古代の錬金術と言われているが、現実離れした魔法の扉としか形容できない異様さを感じる。


「1つ、大事なことを伝えておくね。ダンジョンは、挑戦する冒険者ごとに専用の迷宮が錬金術により構成されるの。形状も、出現する魔物も、罠も、入手できるアイテムも入るたびに変わる。専用ダンジョンだから、遺跡へ到達するまでの道中で他の冒険者に会うことはないの。各階層をクリアすると、下の階層へ進む階段と金色の扉が帰還用ゲートとして現れるから下の階層へ進まない場合は扉から引き返せるよ」


「はい。引き返すかどうかの判断が重要なんですね」


 リリアさんの説明を継ぐように僕は、理解したことを確認する。


「そう。下の階層へ進む階段を降りてしまうと、階段も帰還用ゲートも消えてしまうから。下へ進む前に、体力と魔力とアイテム残量(リソース)をよく検討するの。無理をしてはいけないよ」


「分かりました」


 腰に祖父に貰ったロングソードを携えて、背中にソフィアから貰った錬金薬、水と食料が入った荷物袋を背負う。受け継いだ霊薬、エリクサーも傷薬に偽装して持ち込んだ。受け継いだ想い、幼馴染の想いを受け止めて、旅に出る。


「行ってきます」


 胸のブローチを握りしめ、僕が想いを扉に伝えると金色の扉がゆっくりと開いた。



 ◇



 錬金術師の遺跡ダンジョン 第1層


「これが、ダンジョンの中か」


 金色の扉を抜けると、僕は、石壁石床の迷宮に立っていた。


 周囲の音は吸い込まれたかのように静寂に包まれ、自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる。


 薄暗い通路の先は、闇に溶け込み、何が潜んでいるのか想像もつかない。胸の奥に緊張と、同じくらい、好奇心が膨らんでいく。


 腕に付けている深度計を確認する。


 [ 深度 第1層 ]


 僕がダンジョンの第1層まで到達したことを示している。正常に作動してくれているようだ。


 暑かったり寒かったりは特に感じない。息苦しさもない。空調管理をどうしているか分からないけれど、第1層の迷宮を歩くのに問題はなさそうだ。


 僕は、ポケットから小さなノートとペンを取り出した。少し先に前方と左右への分岐点が見える。マッピングしながら進まないと迷いそうだ。


 ダンジョン攻略は、マッピングとリソース管理が鍵だと、じいちゃんが言っていた。



 ◇



 マッピングと並んでダンジョン攻略に重要な要素と言われ、魔物との戦闘よりも優先的に考えるべき大切なもの、それがリソース管理だ。


 リソース管理とは、体力、魔力、食料、武器防具やアイテムの残量管理のことで、ダンジョンでは、常にリソースを意識した判断や立ち回り方が求められる。例えば、魔物と対峙した時、どれくらい魔力を使用してよいのか、アイテムを使用してよいのか、次の階層へ進むには十分な体力や食料が残っているか、これらを計算して行動する。


 難しいのは、ひたすら魔力やアイテムを温存すれば良いというわけではないということ。魔力を温存するために、魔物を素早く倒せず不必要なダメージを負ってしまい、返って治療アイテム不足を引き起こしたり、思わぬ被害を受けることがあるためだ。魔物に遭遇しなくても、ダンジョンのトラップ回避、階層の残り距離の予測と、体力や食料の計算など考えることは多い。リソース残量によっては、引き際を判断する必要があるからだ。


 石壁石床の迷宮には、時折石ころが落ちていた。ダンジョン内で発見した素材を拾うかどうかもリソース管理の判断がいる。アイテムを持ち運べる量には限界があるし、その重さは体力の消耗に影響するからだ。


 慎重にマップを書き込みながら迷宮を歩いていると、何かの気配を察知した。


 近くに何かがいる!


 壁に張り付きながら、気配のする方へ身を乗り出すと、魔物ゼリースライムがこちらへ向かって来るのが分かった。


 すでに魔物からこちらが感知されているし、進行方向へ向かう道が他にない。戦闘は避けられない。



 ◇



 ゼリースライム。ランク:E


 ゼリー状の身体をした粘性生物で、人や動物に突如覆い被さる。ゼリーで包みこんで服や装備品、肉を消化してしまう。知能はあまり高くない。


 薄暗い森やダンジョンの隅にじっと潜んでいることが多いため、スライムの存在に気づかないまま襲われたり、水溜りと勘違いして踏み込んでしまうと回避が難しくなる。


 大型のスライムに取り込まれてしまった場合の自力回避は難しく、仲間の同行が欲しい。


 種類は多岐にわたり、水をもとにしたものの他に、毒や樹液、粘菌、泥や溶岩をもとにしたものもいる。


 水をもとにしたスライムの場合は、特殊な行動はなく、物理攻撃も通用するため対処しやすいが、毒を持つタイプや、物理攻撃が通用しにくい種類もいるので注意が必要だ。


「緑色のゼリースライムは、毒を持っている可能性が高い……か」


 毒を受けてしまえば治療薬の消費、遠距離攻撃のために魔法剣を使えば魔力の消費。じいちゃんが言っていたリソース管理の判断が必要だ。どっちも温存したい。


 となると……。


 僕は、数歩下がってゼリースライムと距離を取る。ゼリー状、粘着質のそれが近づいて来るのが分かる。


 スライムが曲がり角を曲がり、こちらと一直線に対峙する瞬間、そこが勝負のポイントだ。僕の剣も、スライムからも攻撃が届かない距離が空くけれど魔力を使用せず対応する。


 その答えは……。



 ◇



「これが僕の答え。くらえっ、イシツブテ!」


 僕は、戦う間に下がりながら拾っていた石ころをゼリースライムに向かって投げつけた。現地調達できる石ころは、リソースを使わないその場利用アイテムとして、消費を一切気にせず遠距離攻撃を放てる、賢者の『ローリスク』な選択肢だ。


「もう一発、くらえっ」


 2発目、3発目の石礫(いしつぶて)が命中すると、ゼリースライムは、魔物の形態を保てなくなり、毒の水たまりに変化した。


 僕は、魔力や回復アイテムを使用せず、現地調達の石ころでゼリースライムを撃退した。倒したスライムは食料や素材に適さない。毒性もあるので取り扱いに注意が必要だ。


 その後も数体のスライムと遭遇したが、同じ要領でこれを撃退する。石礫の活用でリソース消費を抑えたまま次の階層へ進める。そう思った時だった。


 僕は、信じられない光景を目にする。


「嘘だろ……」


 目の前の広間には、毒、麻痺、幻惑。全ての状態異常を持つ魔物が、まるで待ち構えていたかのように群れを成していた。


 ――リソース管理を信条とする僕が、全滅の危機に瀕する最悪の遭遇だった。この状況を切り抜けるには……もう、あの薬(エリクサー)に頼るしかないのか?



 後編へ続く


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