魔界王子の自己研鑽

@mizuta_keizi

第1話 きっかけ

 ここは魔界、大陸中央の大部分を占めている地域である。魔界中心部に存在する魔脈から発生している魔気の及ぶ範囲がそう呼ばれていた。

 その魔脈の影響を最も受ける場所に魔界の王国、現魔王ザン・グリッドが治める魔王国グリッド王国がある。

 そんな魔王城の一室に現魔王の息子、すなわち魔界の王子であるシン・グリッドがいた。鋭い目付きと左右の耳の上からやや前方に向かって生えた角が特徴的な魔人である。

 彼はベッドの上に横になりながらヒマしていた。

「ヒマだ。魔王の息子といっても特別何かあるわけじゃないしな。」

 魔王は基本的には世襲制であるため現魔王ザン・グリッドが亡くなるまでシンが魔王になることはない。

 魔脈からの魔気を多く取り込める魔族とりわけ上位の存在である魔王や魔人に寿命などはないに等しい。

 今までの歴代の魔王達は世界の支配などを宣言し、勇者と呼ばれる冒険者に退治されてきた。差はあれど30年ほどで魔王の交代は行われていたが、現魔王ザンになってからは平和主義に傾倒し、魔王ザンは既に80年ほど魔王に君臨している。

 そのためシンが魔王になるまでには、まだまだ時間がある。

「時間ばかり余ってしようがないな。誰かと話すかな。」

 自室をあとにし、廊下に出ると使用人の少女がいた。

「アルいいところに、なんかいい暇つぶしはないか?」

 アルと呼ばれた少女は10年ほど前、城下町に来ていた人買いに連れられていたのを、シンが買い取って使用人として雇っていた。人間にしては、強い目をしているのが気になりシンの気に止まったのである。

 現在は使用人服に身を包み、腰ほどまである黒髪をポニーテールにまとめている。

「シン様はいつも同じようなことを聞かれますね。」

「まぁしょうがない城にいてもやることがあまりないからな。」

「では、魔獣狩りなどはいかがでしょうか?城下町の郊外の森に行けば可能かと。」

「魔獣狩りか、ちょっと行ってみるか。一人じゃなんだしアルもついてくるか?」

「よろしいのですか?ぜひともご一緒したいです。」

 アルは少し驚きながらも嬉しそうに返事をした。

「そういえばアルは護身術用に武術を身に付けているんだっけ?」

「はい、多少心得があります。」

「じゃ、その武術も見てみたいし、ちょっと出かけるか。」

 こうして魔獣狩りに、シンはアルを連れて郊外の森へ出かけることにした。


 郊外の森に到着したシンたちは、狩りの獲物を求めて周辺を探すことにした。

「魔獣狩りなんて久々だな、この辺りはどんな奴が出るんだ?」

 シンが辺りを見回しながらアルに尋ねる。

「一角のウサギや走る鳥、鹿型のものなどさまざまな魔獣が棲息しています。どうせなので狩った魔獣で今晩の料理などはいかがですか?」

「それはいいな、では食いでがある獲物を探すか。」

 少しワクワクした様子で、シンは森を進み始めた。

 森の中を探索していると、茂みから何やらがさがさ音が、視線を向けると同時に角の生えたウサギがアルに向かって飛びかかってきた。

 アルが何気なく叩き落とすと、ウサギはその場で伸びてしまった。

「いい反応だなアル。さすがだ。」

「ありがとうございます。しかしこの位ならたいしたことありません。」

「でも獲物としては小さいかな。」

「そうですね。では逃がしてしまいますね。」

 伸びたウサギをアルが指でツンツンしていると、気が付いたウサギが驚いた様子で茂みに逃げていった。

 2人は獲物を求めて森をさらに進んでいく。

 ある程度進んでいくと木々の奥から先ほどよりも大きな音が聞こえてきた。

「さっきよりも期待できそうだな。アルの武術も見たいから相手を頼んでもいいか?」

「はい。承知いたしました。今晩の材料を仕留めて見せましょう。」

 音のもとに近づくにつれて存在感がより強くなっていった。

 木々をなぎ倒す音と共に3メートルを優に越えるイノシシの魔獣が姿を現した。大きな牙を携えた魔獣は興奮した様子でこちらを見ている。

「思ったよりも大きいのが出てきたな。アル、ムリはしなくていいからな。」

「いえ、せっかくシン様に私の武術を見ていただけるのです。精一杯やらせていただきます。今晩はイノシシ鍋などいかがでしょうか?」

「それはいいな。楽しみにしてるよ。」

「はい。」

 アルが返事とともに前へと進み出て身を構える。

「来なさい。」

 アルの呼びかけに応えるように、イノシシの魔獣は勢いをつけながら突っ込んでくる。体格差からも分かるよう一撃でも食らえば致命傷になりかねない。

 アルは身軽に魔獣を避けながらその横腹に打撃を与える。しかし魔獣に怯む様子ない。2度3度と攻撃を重ねると魔獣はさらに興奮し突撃の勢いが増していく。

「アルのやつ、なかなかの身のこなしだな。しかし威力が足りない、ここからどうするつもりだ。」

「なかなか頑丈なようですね。ではこんなのはどうでしょう」

 魔獣に対し正対したアルは、突撃してくる魔獣を限界まで引き寄せ、その眉間めがけて正拳突きを繰り出す。

「カウンターの要領ですね。魔獣自身の勢いを使うこの技なら多少ダメージは入るでしょう。」

 魔獣が勢いを失ったところにアルが連撃を入れていく。

「流れるような連撃だな。」

 シンはアルの動きに感心していた。

 一通りの攻撃を終えアルは魔獣のようすを確かめる。ダメージは入っているようだが魔獣に倒れるようすはまだ見られない。

 一方、アルは息も荒く腹部を押さえていた。魔獣を引き付けた際に牙が腹をかすめていた、そこから血が流れている。

「ダメージを与えるためとはいえ、ギリギリまで寄せすぎましたかね。」

 出血に気付いたシンがアルに声をかける。

「アル!大丈夫か、ムリはするな。」

「この程度の傷たいしたことありません。心配は無用です。」

 アルは息を整えながら気丈に答える。しかしもともと人間の身で魔獣と対峙するのは、容易なことではない。

「ここからは一撃も食らわないようにしなくては。今度はこちらから行きます。」

 呟く用に言ったアルが魔獣に向かい攻撃を繰り出していく。

「やはりあの一連の流れはキレイだな。しかしあれだけでは魔獣を狩るには威力が足りないな。」

 シンの読み通り、アルの攻撃では魔獣を倒し切るには威力が足りない。

「きゃ」

 小さな悲鳴とともにアルが倒れる。

 怪我と疲労でできた攻撃の隙に、魔獣のかちあげがアルを襲った。やはり限界が来ていたようだ。

「アル、よくやった。下がれ。」

 アルは立ち上がりながらシンに答える。

「シン様もう少し私にやらせてください。」

「しかしもう限界だろ。無理することはない。」

「いえ、まだたいした武術をお見せ出来ていませんので。打撃だけが武術でないのです。」

 再度アルは魔獣に向かい身構える。

 魔獣はアルに向かい突っ込んでくる。アルは目前まで迫り勢いのついた魔獣の牙を掴んで身をひねった。アルの倍以上ある魔獣の巨体が中に浮いた。その勢いのまま地面に叩きつけられた魔獣は動きを止めた。

 シンにはアルの流れるような投げ技の動きが光の線を描いているように見えていた。

「おぉ!すごいものだな武術は、正直アルがこの魔獣を倒せると思わなかったぞ。」

 感心と興奮が混ざった様子でアルに声をかける。

「シン様が楽しめたのならよかったです。しかし申し訳ありませんが少し休憩をしてもよろしいですか?」

「もちろんだ。ゆっくりしてるがいい。」

 その時、木々の奥から今倒した魔獣よりさらに大きなイノシシの魔獣が姿を現した。

「このタイミングで2匹目ですか、申し訳ありません。私は役に立てないかと。」

「気にするなそのまま休んでろ。」

 シンはそう答えるとおもむろに魔獣に向かっていった。

「無粋なやつだな、フレア」

 シンが唱えると同時に魔獣を中心に爆発が起こった。後には燃え尽きた魔獣のみが残っていた。軽く触れると煤になり崩れ去った。

「魔獣はアルが狩ったのがいるから2匹目は必要なかったよな?」

 アルは目の前の光景に声が出ず、上手く返事が出来ない。

「どうした?そんなに目を丸くして。」

「あ、あの、え?」

「魔獣狩りは久々だと言っただろ?自分でやってもあまり楽しくないんだ。今日はアルのおかげで楽しめたよ。」

 まだ動揺を隠せないに感謝を伝えるシン。

「じゃあ休憩が終わったら帰るとするか。イノシシ鍋楽しみだな。」

 アルの体力の回復を待ってからシンたちは魔王城に戻った。

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