Chapters 8 歌舞伎町ホストクラブ

 十月二十七日。

 夜の匂いがする。

 アルコールと、香水と、化粧の匂い。匂いと人混みを同時に掻き分けて、目的地を目指す。えっと、『QUEEN』だっけ、QUEEN………

「あったわ。」

「じゃ、入るかー。」

 特に目立った様子のない、ホストクラブ。ネオンサインが網膜を刺激する。ドアベルが古典風な響きを残して、少し古いディスコ風の音楽が待っていた。

「お客さぁん、何名で、どのような人をご志望ですか?」

「デヴォット・フォーチューン。」

 実名が出てきたから、困惑がホストの顔に走る。

「え」

「このクラブにいるはずでしょ?」

「あ………はい。」

 こちらへ、と、珍しく個室へ連れて行かれる。喧騒が耳の中に入っては消え、途切れることはない。ある毒々しい色のカーテンの奥。

「お入りください。」

 待っていたのは、ツートンカラーの部屋と、椅子に座った男性。変わった風貌の男だ。左耳にだけトランプを模ったピアスがついており、真っ赤な口紅が目立っている。男性はこちらに目を向けることもなく、機械的な所作でトランプのシャッフルを続けている。

「………裏切り者の、ベルーカ・リリィだね。」

「やだぁ、名前知ってる人がいたなんて。私はあんたのこと微塵も知らないけど。」

「当たり前だ。僕は君がUNOを裏切った一年後に、組織に加入したのだから。」

 今日は、絶好調だ。会話が難なく進むし、目も澄んでいる。この人。

 ずっと、嘘をついている。



「なぜ、ここがわかった?」

「某ホストクラブのホストを軽く揺さぶったら、教えてくれたー。」

「へぇ………僕の名前は?」

「それは、III班調べ。みんな優秀だねー。」

 ホストクラブ『QUEEN』。何人かホストを捕まえて、情報が集まった。爆弾がここに仕掛けられる確率は、大きい。

「じゃ、早速聞くけど。」

「話すとでも、思うの?」

「………ええ。あんたは知らないだろうけど、拷問は誰よりも得意だから。今から始めてもいいよ?」

 口調が速くなっていることが、自分でもわかる。焦っていた。大学が襲撃されて、十月三十一日まで安全な日なんて一日もない。一刻も早く、爆弾の解除をする必要がある。

「………カーテンの奥、見てみな?」

「………はあ?」

 一緒にいたエルワ先輩がカーテンを捲る。そして、短く怯える声を出した。

 ホスト、接客員、料理人。彼ら全てが、同じ顔でこちらに銃を向けていた。………なるほど。

「みんな、グルってわけね。」

「その通り。今ここで君たちを排除しても良いけど、それじゃあつまらない。」

「………舐められたものね。」

「ま、そうカッカしないで。僕と一緒に、ゲームをしよう。君が勝ったら僕たちは爆弾の設置を諦めて、大人しく捕まってあげる。」

「私たちが、負けたら?」

「ここで二人とも、自害してもらう。」

 目の前に拳銃が差し出された。自害しろって言うくらいなら、自分で始末した方が早いし確実だろうに。悪趣味だな。

「わかった。ゲームの内容を教えて。」

「ちょっと、ベル!」

 エルワ先輩が声で私を静止した。表情は暗い。

「本気?負けたら死ぬんだよ、二人とも。」

「だけど、ここから逃げられそうでもないですし、この人数相手に戦闘は厳しいでしょ?それに、命をかけることなんて、私たち日常茶飯事じゃないですか。」

 はっと、エルワ先輩が雷に打たれたような顔になった。この人は総司令部の人だから、実戦経験は他の人よりも少ないと聞いていたけど。それでも同じ兵士なのだ。

「わかった。勝とう、二人で。」

「………ええ。」

 何か、引っかかった。けど、まあ気のせいだ。

「始めましょう。」



「内容を説明します。お二人、ポーカーのルールは知っていますか?」

「「はいもちろん。」「知るかぼけ。」。」

 声が濁る。………いや、私まだ十五歳やねん。知るかそんなもん。

「では、少し丁寧に説明します。まず賭け金の代わりであるチップを三人平等に配ります。一人五十枚。今回のゲームでは、チップは残機と同じ定義だと思ってください。チップがゼロになったら負けです。」

「チップを奪い合うってことね。どうやって?」

「トランプをシャッフルし、親が一人五枚ずつ配ります。そして、手持ちのカードの札を確認して、プレイヤーはゲームを続行するか、棄権するかを決めるのです。始める際は必ず一枚のチップをかける必要があり、自分以外の全員が棄権する、または最後に札を出し合ったとき、一番強い役を出した場合勝ちとなります。賭けたチップを総取りです。」

 そして、その後ウンタラカンタラと役の名前と強さ、さらにドローの場合のアクションについて教わった(多すぎるのでここには書ききれない)。頭がパンクする狭間である。

「最後に。これは三人のゲームだけど、君たち二人のどちらかが勝った場合、そちら側の勝利でいいよ。」

「不公平じゃない?」

「いや。君たちが賭けているのは命だからね。それくらいのモラルはあるさ。」

 ………ふうん。だけど、やっぱりずっと嘘をついているのよね、こいつ。

「じゃ、始めるよ。いい?」

「ちょっといい?」

 手を挙げた。瞳の中を、よく観察する。

「今した説明に、嘘はない?」

 返ってきた反応は、予想と違った。

「………もちろん、嘘はないよ。」

 肝心なのは、言葉ではない。こいつがそう言った瞬間。嘘が、消えた。

「早速、親を決めよう。」



 サイコロを投げ、一、四の目の場合は私、二、五の場合はエルワさん、三、六の場合はデヴォットが親を担うことにした(本当はもっとちゃんとした決め方があるらしいけど、キャパオーバーのため簡単なこの方法に)。サイコロがテーブルを転がる。顕した目は、五。

「君が親だ。」

「………はい。」

 よかった。できるだけ提案者であるデヴォットに親はやらせたくなかったし、私はルールがあやふやだし。

 一定のリズムでカードがシャッフルされる。そして、素早い手つきでそれらが並べられた。エルワさんが配り終えたことを確認し、私は手札を覗く。………よし。

「パス。」

 エルワさんが呟く。次は、私か。

「パス。」

 手札は、悪くない。このまま勝負もできそうだ。

「ビッド。九枚追加。」

 驚愕した。この、声を聞いて。

「え。」

「次は、君だ。」

 エルワさんが男に急かされて、慌てたように声を出した。

「コ、コール。」

 ………私は、どうするべきか。手札は悪くはない。けど。あいつが五十枚中十枚のチップをかけた。私は、同じ、もしくはそれ以上のチップを出さなければいけない。

「………ドロップ。」

「ほう。」

 今回は、様子を見よう。犠牲になるチップもたったの一枚だ。………いや。こいつがもし、私が今したようなドロップを狙っていたら?もしも、弱い役が出たことを隠していたら?

「レイズ。一枚追加。」

 畳み掛けるような声。わからない。

「………コール。」

「まだついてきたか。じゃ、レイズ十枚追加。」

 !まじか。

「どうする?」

「………ドロップ。」

 悔し紛れの声だった。

「じゃあ、最初は僕の勝ちだね。チップをもらうよ。」

 回収されていく。まずい。私は一枚のチップを失うくらいでなんとかなったけど、エルワさんはこの回だけで十一枚のチップを失った。それに、私たちがドロップしたから、彼の本当の手札はわからない。

 ………すごい世界だ。恐怖と動悸と、好奇心が同時にくすぐられて、目眩がした。



「コール。」

「………ドロップ。」

 現在、五周目。手持ちチップは、私が四十八枚。エルワさんが、十三枚。デヴォットが、………八十九枚。私が一回勝っただけで、あとは全て負け続けている。そして、エルワさんに至っては、最初から一回も勝てていない。

 今回は、見送ろう。ペアができていない。

「レイズ。五枚追加。」

 なのに。こいつは、一回しかドロップを宣言していない。多分、小細工もしていない。こう言った展開ではイカサマが相場なんだけど、私にはわからない。多分、スリルを楽しんでいるのだ。

 ドローを終えて。先輩が息を吐き出した。

「………レイズ。オールイン。」

「!」

 エルワさんが、勝負に出た。無茶な勝負はしないはず。十三枚全てを賭けた。………が。

「………コール。」

「え。」

 ドロップを宣言しなかった。公開。

 エルワさんの手札。フルハウス。確率0.14パーセント。

 デヴォットの手札。フォアカード。フルハウスよりも強い、確率0.024パーセント。

 うそ。

「君の負けだね。」

「っ!」

 きつく先輩が唇を噛み締めて、崩れるチップのタワーを眺めていた。………これからは、私が一人で戦わなくてはいけない。負けたら、死ぬ。

「じゃ、再開しよう。」

「………ええ。」

 ………本当は、気が乗らなかったのだけど。使しかないか。



「パス。」

「ビッド。三枚追加。」

「コール。」

「コール。」

 一騎打ちになってから、先ほどのような大きな勝負はまだ起こっていない。様子を見るつもりなのだろう。

 私の手持ちカード。………ワンペア。ドローで、あと三枚を交換。本当は三人以上プレイヤーが残っている場合にだけドローを行うらしいが、「面白そうだから」という理由で一騎打ちでも行うことになっていた。………よっしゃ、ツーペア。

「………ねえ、お兄さん。」

「ん?」

 どう、聞くべきか。

「お兄さんの手札に、ペアはある?」

 ………精一杯だろう。手札の強弱を尋ねたとしても、本人が手札を「強い」と思えば「強い」と口に出しても、嘘にはならない。

「………おしゃべりとは。邪道だね。」

「王道は嫌いなの。」

「わかるよ。」

「………で?」

 少し考えるように、宙を仰いだ。でも、一瞬だ。

「ペア、ないよ。」

 嘘じゃ、ない。返答が来た瞬間、自分の失態を自覚した。もし、フラッシュやストレート、フォアカード以上の手札の場合「ペア」と呼べるものは確かにない。そのいずれが出ても、私は負けだ。………どうしよっか。

「じゃあ、コールで。」

 瞳を覗く。やっぱり、嘘はない。けど。

「………ドロップ。」

「!」

「今回は、君の勝ちだ。」

 息をついた。手札が弱かったのだろう。けど、今回は運が良かっただけだ。次同じ展開にできるかどうかは、わからない。

 手札は今、私が三十二枚。デヴォットが百十八枚。相手はこのまま大きな勝負に出なくても、勝てる。けど私は、このままじゃ負ける。

 ………やっぱり、嘘がわかるだけじゃ、ダメなんだ。何かないか。相手の心が読める、エスパー的なものが。いや、ないよな。

 ………ん?



「お前、嘘がわかるらしいな。」

「イマさんから聞いたんだ。エグザクトリー。」

 一回、多芭田先輩と話したことがある。私の、特技について。

「で、なんですか?話って。」

「………俺は十八歳だ。」

 思考停止。

「は?」

「いや。」

「いやいやいや。わけわかんないんですけど。え?」

「だから。俺は今、嘘をついているか?」

 やっと意味がわかった。瞳を覗こう。瞳孔。………んー。

「………え、本当?」

「嘘だ。二十三歳だ。」

「ええええええ。」

 まじかよ。ワンチャンありえるかと思ったのに。

 ………そう。私は人の嘘を見破ることが得意だ。けど、見破ることができない人が数人いる。多芭田先輩は、その中の一人だ。

「………どうして。」

「お前は嘘を見る時、瞳孔をのぞいているだろ?それは並の人間ができることではないが、白黒しかつかない。嘘をついているか、ついていないかの二択にしかならない。」

「うーん、そうね。」

 だけど、それと今の問いに、なんの関係が。

「瞳孔が動くのは、嘘をつくときだけじゃない。もしも瞳孔の形をそのままに保とうとしたら、できる。訓練がいるが。」

「だから今私は嘘を見破れなかったんだ。」

 すご。私が嘘を見破れないのは、多芭田先輩の他に、他人崎先輩と、相当の手練。彼らも、それができるのか。あと、ミライ先輩の嘘も読みづらいけど、あの人はそもそも嘘をつかないのかもしれないのと、もとから嘘以外の感情も読みづらい。

「じゃあ、どうやって戦えばいいんですか?」

「よく見ろ。それだけだ。」

「………はあ。」

 だけど、それだけじゃ前と変わらないんじゃ。

「瞳孔は、一緒くたの動きを絶対にしない。瞳孔が広がる速さや大きさ、些細な動きで瞳はさまざまな感情を表す。瞳は、正直だからな。」

「!」

 知っている。

「お前は、勝てる。」



「………ねえ。」

 私の今のチップは四十枚。デヴォットは、百枚。あまり状況は変わっていない。

「なんだい?」

「今回、ずいぶん余裕ね。」

「ああ。………レイズ。十枚追加。」

 滑るような声。だけど、目を見ればわかる。

「レイズ。」

 勝負に出ないと、始まらない。

「オールイン。」

「!」

 ちなみに、私の今の手札は、ワンペア。勝負できないわけではないけど、弱い。退いてくれないと、死ぬ。

「………んー。」

 だけど、わかる。彼は、嘘をついている。そして今、動揺している。

「ドロップ。」

 初めて、ちゃんと勝てた。運だけではない。いける。

 嘘だけで勝負はできない。なら、他の感情も読めばいい。エスパーみたいに。


「コール。」

 困惑。

「レイズ。十枚追加。」

 焦り。

「パス。」

 興奮。

「コール。」

 歓喜。

「コール。」

 わかる。


「………オールイン。」

 彼が呟いた。口調の割には、楽しそうだ。

「コール。」

 だけど、私も退かない。手札の公開。

 デヴォット:フラッシュ。確率0.2パーセント。

 私:フルハウス。確率は、さっき言った通り。

 私の、勝ちだ。


「よっしゃ………っ!」

 拳を、振り上げた。頭の奥から熱が冷えていく。汗がだくだくに流れていて、だけど心地よかった。

「………おめでとう。正真正銘、君の勝ちだ。」

「やりぃ。」

「いやー、だけど、楽しかったよ。心が読まれているみたいだったよ。」

 ニヤッと笑う。

「私、本当はエスパーなの。」

 半分冗談。半分本気。

「………なんてね?」

「あはは。ありがとう。負けたのは久しぶりだけど、悪くないね。」

 この人は、最後まで「ゲーム」と「スリル」を楽しんでいた。そこに、嘘はないのだろう。

「約束通り、捕まってね?あと、爆弾も」

「一つ、忠告をしてもいいか?」

 少し、真剣そうに。言われて、首を傾げた。ためらうように。

「………今すぐ、この場から逃げろ。」

「………はあ?」

 流石に、呆れた。まじか、少し見直してたのに………


 その瞬間。頸あたりに、鋭い痺れを感じた。

「ゔっ………!」

 電流。まずいな、これ失神する。やば。

 倒れた。残りの力を振り絞って、後ろを向いた。スタンガンを持っていたのは。


「エルワ、さん。」



「この子は、私が所定の場所に運んでおきます。」

「ああ、頼んだ。」

 一気に、その場の空気が静かになった。少女は気を失ったまま、「裏切り者」に運ばれる。

「………けど、その前に。」

 だけど。裏切り者は彼を許さなかった。

「あなたは、この子を一瞬助けようとしました。」

「………」

「命令違反で、死刑とします。」

 テーブルに残された銃を取り、機械的に告げた。男は何も弁解しない。

「わかった、殺してくれ。………僕は、人生で初めて勝負事での約束を破った。これは、僕なりのけじめだ。」

「………意味がわかりません。」

「わからない方が幸せさ。」

 それ以上の発言を許さなかった。


 銃声と血飛沫が散った。

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