2・奮起の日
俺、白井勇希は幼少期から空手を習っている。拳と蹴りで倒す格闘技に憧れて、今の今までずっと空手の修行をしてきた。
空手教室の類いだから、ガチの格闘家のレベルまでは到達できてないけど。素質は十分にあると師範は認めてくれているんだ。
空手バカな俺だが、友達がいるんだ。名前は
だけど、幼少期からずっと仲良くしている。負けん気強い俺に比べて、コイツは大人しくて気が弱い。空手教室をずっと続けているのがすごいくらいなんだ。
中学2年になって1ヶ月が経った、5月の頃。教室の終わりの集いで、師範から大事な話があった。
夏の大会の選抜選手の発表だった。名前が挙がったのは3人。その内の1人に、燈太が挙がっていた。
俺の名前は、なかった。当然だ。俺には[ラストコア]の期間限定のパイロットをしているから。用事があるのは既に、師範には伝えていた。
突然声をあげた奴がいた。俺の友達の燈太だ。
「師範、ゆ……白井君の名前がないのですが……?」
「此奴に今回の選抜は無理だ。他の課外活動を先にこなさんといかんらしい」
師範は俺の[ラストコア]のパイロットの件を《課外活動》って言ってくれる。
ジェームズさんが間に入ってくれたおかげで、師範は俺の《課外活動》を認めてくれた。
[ラストコア]のパイロット活動は、普通の人に教えてはいけないラインがある。
燈太以外にも師範や教室のみんな、俺の家族まで。知っていいのは活動している俺と兄貴と未衣子だけ。
俺達白井3兄妹は特例の扱いを受けているだけ。[ラストコア]の人達は基本的に本部から出られない。許可が必要。その代わり海底なのに広いんだよな、本部。
「連絡は以上だ。選抜者もそうでない者も精進するように!」
「はい!」
空手教室は修行に気合いを入れるためにも、返事は腹から声を出せと言われている。
俺も燈太も返事はいいが……燈太の表情は暗かった。哀しげで、泣き出しそうな表情だった。
★★★
「勇希、未衣子ちゃんは?」
「あとで拾って帰るって伝えたからいいぜ。今日は分かれ道まで帰ろう」
「うん!」
落ち込んでいたのが嘘かのように、燈太の返事は元気だった。
やっぱり、一緒にいてほしかったんだな。返事とは裏腹に、暗い影が燈太から見えたからな。
空手教室から燈太との分かれ道は、歩いて10分程だ。ちょっとお話しする程度だったら、あっという間に気分も晴れるだろう。
「ねえ勇希?」
「何だよ?」
「悔しく……ないの?」
「悔しいよ。そんなのわかりきってるだろ?」
「何でそんなに、平気なの?」
「!」
そうか、コイツには俺が気にしてない、って感じたんだ。誤解を解いてもらう方がいいのだろうな。
「平気じゃねぇよ。試合の舞台に立ちたい、立ってやるってずっと思ったさ。《課外活動》は、どうしても最優先しないといけないんだよ。これは地球の為。ひいてはお前の為でもあるんだ」
「僕のため?」
「お前が、お前以外の奴らもだけど。安心して暮らせる環境を整える為に、俺は《課外活動》に参加しているんだ」
なんか優等生らしい発言になったけど、燈太にはなんとしても理解してもらいたかったから、こんな説明になってしまった。
「すごいね。地球規模の活動をしているんだね。だったら僕、応援するよ」
ようやく燈太が、納得してくれた。
「僕、勇希の為にも頑張って試合に勝って、トロフィーを手に入れるよ! もっと強くなって、頂点を目指すんだ」
「そんなに目標高くして大丈夫か?」
「勇希が《課外活動》に全力を尽くすなら、その分僕も挑むよ。僕も勇希の活動を応援するから、勇希も僕の試合を応援してよ」
「当たり前だろ? 友達を応援しないで、何が友達だよ」
喋り尽くした後、俺達2人は笑い合った。
☆☆☆
7月に入り、夏の暑さが本格的に増してきた頃。空手大会の予選が始まった。
道着姿で入場した少年、青木燈太は視線をキョロキョロ動かしていた。矛先は観客席全体だった。
(勇希は……いないのか)
お目当ての人物を探していた燈太は、いない事実を確認して落胆していた。先月の愛嬌市内の警報時以来、燈太は勇希に会う機会がなかった。
師範や勇希の祖父母に尋ねても、「《課外活動》で忙しい」と返された。
事件に巻き込まれたのかな! と疑った燈太だが、《課外活動》の4文字で違うかな? と判断した。
生存報告は確認できたものの、1ヵ月程会っていないのは、彼にとっては大問題だった。
(応援しない奴は友達じゃない、って誰が言ったんだよ)
燈太は平常心を装いながらも、心の内では悲しんでいた。行方不明者でもないのに1ヵ月も音沙汰がないなんて……と彼はこの会場に不在の友達を恨んでいたかもしれなかった。
開会式が終わり、初戦が始まった。燈太の初陣は勝利に終わり、次の試合に進むことができた。
(なんとか……勝てたんだけど)
初勝利を素直に喜べなかった燈太。
次の試合は翌日。荷物をまとめて師範や他の仲間と共に空手教室へ戻った。
★★★
「青木、少し話がある」
空手教室の終礼後、燈太は帰宅しようとしたが、終礼の挨拶を述べた師範が燈太を呼び寄せた。
「はい」
もちろん、師範の指示を燈太は拒否しなかった。
「場所を変えよう。ついて来い」
師範が歩き出すと、燈太もその後について行った。
和室の、ちゃぶ台が置かれた居間。師範と燈太は座布団を敷いて座っていた。
「今日は出してやる。食べていけ」
ちゃぶ台の上には、師範の奥さんの料理が並べられていた。燈太の家でも食べていそうな、和風の家庭料理だった。
「こんな物しか出せなくてごめんなさいね、燈太君」
「いえ、ありがとうございます」
忙しなく働く奥さんに、燈太はお礼を述べた。
いただきますの合図と共に、2人はちゃぶ台の料理に手をつけた。奥さんの料理は美味しかった。燈太の食べるスピードは速くはないが、落とすような真似はしなかった。
「白井は会場にいなかったな」
「はい」
師範もまた、勇希を探していた。それに燈太は驚いていた。
「お前も白井も、幼少期から教えておる。心情も理解できるようになる」
「そうですか……すみません」
燈太は大会という大事な場面で馬鹿な真似をしたと思い、謝った。
「あの場で叱責しなかった私にも責任はある。試合に集中せんと、怪我をする一大事になる危険性があるのはわかっとるだろう?」
「師範の言う通りです」
師範は煮物の野菜を食べた後、お茶を一口飲んだ。
「私が言いたいのは別の話だ」
「別の話?」
燈太はお茶碗を置いた。
「お前は白井が出場不可だから補欠で選ばれたと、未だに思っているのか?」
「師範 ……?」
師範の言葉に戸惑った燈太。全部見透かされていて、燈太は言葉を見失った。
「そうですね。僕は……」
「やはりな。以前から話をしようとは思っていたが、お前はもう少し自信を持て」
そう言った師範は白ご飯を一口食べた。十数回噛んでから、口の中を空にした。
「私は教え子の能力を見極めておる。お前が劣る人間ならば、私はお前を選抜しておらん」
「師範のお考えはそうですけど……」
師範はお茶を飲み干し、ちゃぶ台下の急須でお茶を注いだ。茶碗の白ご飯が空だと気づいた奥さんが、茶碗を持って台所に向かった。
「ここだけの話だ。白井の《課外活動》がなければ、お前と白井のコンビで選ぶ計画を立てていた」
「え……そんな。僕は白井君以上に力はないですよ」
「だから、自信を持てと言っているだろう」
同じ原因で燈太は注意された。彼は素直に謝るだけだった。
「小学校低学年までは、お前に才能はないと思っていたが……ここまで変わるとはな」
「どういう意味ですか?」
「お前は、白井の妹が被害に遭った事件を知っているだろう?」
「そんな……! 僕は他言してませんよ!」
「お前の口は堅い。言いふらす真似をせんのはわかっておる。真剣さや集中力が変化しておった。これも毎回指導していたらわかる」
師範の優れた洞察力に、燈太は頭が上がらなかった。彼は正直に話す事を決意した。
「未衣子ちゃんが巻き込まれて以来、白井君が脆くなった気がするんです」
燈太は口に含んだおかずを飲み込んで、ゆっくり話した。
「事件直後だったと思います。白井君は1人で帰ってました。ですが家に帰らず、公園のトイレに隠れて、泣いていました。
いつも明るく元気な白井君が我慢していたのがわかった瞬間でした。
僕は白井君の側に、静かに近づきました。白井君は僕に気づくと、すぐに僕に抱きついて、声をあげて泣き出しました」
燈太は師範の顔を見た。
「だから僕は決心したんです。白井君以上に強くなって、彼を守りたいと強く願った。その為に一生懸命修行して、大会に出て頂点に立つんだって……」
「心境の変化が、お前をここまで熱くさせたのだな。白井にはその熱意を知っているのか?」
燈太の顔はちゃぶ台上の料理の方へ向いた。
「いいえ。知らないと思います」
「時が来たら、ゆっくり話すといい。幼少期からお前は、随分と成長した。これからもお前には精進してもらいたい。
だから、今は大会の試合に集中しろ。白井が応援してくれていると、信じてだ。白井を大切にしたいのだろう?」
師範は燈太の肩を撫でた。ゴツい手でも撫でられると心地いいと、燈太は思った。
師範に励まされた燈太は、気持ちを切り替える決心をした。
(そうだ。勇希がいないからって言っていじけてはダメだ。勇希が安心できるように、僕は修行して空手を極めていかないと。大会で頂点を目指さないとダメだ。僕が、強くならないと)
燈太はご飯を食べるスピードを早めた。
夕食後、燈太は師範と共に自宅へ帰った。入浴を済ませて、ベッドの中に入り眠った。
翌日の大会で勝ち進む為に、十分な休息を取りたかったのだ。
★★★
大会の結果、燈太は予選ベスト4で敗退した。全国大会まで手が、届かなかった。
(悔しい)
敗退したが、周りの声援は暖かい声でいっぱいだった。気の弱い燈太がここまで勝ち進んだ事を讃える者が多かった。
(これで勇希と肩を並べられるものか)
それでも燈太は負けた事を、誰よりも悔しがった。
(会いたいよ勇希。僕は君を守りたいんだ。君が僕を守ってくれたように。今度こそ、冬の大会では全国にいってやる)
燈太は涙を道着で拭き取った。
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