フレンチトースト
詩乃天夢
第1話
「ねぇ、なんで私じゃダメなの?」
何度聞いても君は答えなかった。
「言ったら君は傷つくでしょう。」
いつもそう言って誤魔化した。
あなたのその冷たい態度が一番傷つくのに、気づかないフリをして逃げる。
それなのに、朝になればあなたは私に優しくする。
「おはよう。今日は君の好きなフレンチトーストだよ。」
私はいつも、あなたが優しくしてくれる朝を崩さないように、あの言葉は封じて、笑顔で挨拶を返す。
フレンチトーストに粉砂糖をたっぷりかけて、ひとくち。
口の中いっぱいに広がる甘さが、私の胸を締め付ける。
少し前のあなたのような甘さだった。
行ってきますのハグもなくなった。
あの温もりが無くなってしまった。
今日は見送りすらもしてくれない。
玄関のドアハンドルが、いつもより冷たい。
仕事から帰ると、またあなたは暗い顔をしている。
「また暗い顔をして、どうしたの?」
私がそう聞いても、あなたはいつも黙って俯く。
深呼吸をして、あなたはやっと口を開いた。
「別れよう。」
またその話。
「嫌。なんで別れたいの?」
いつもと同じように返す。
「だから、君とは一緒にいられないんだよ。」
「毎回言ってるけど理由を教えて。なんで私じゃダメなの?」
「それを言ったら君は傷つくでしょうって。」
いくら言い合いになっても、その言葉を言われると何も返せなかった。
でも、今日は最後だから。
「別れたいのに、なんでそうやって優しくするの?別れたいなら傷つけたって構わないでしょ。ねぇ、なんで別れたいの?」
あなたはまた黙って俯く。
「聞こえてたよ。『今日はフレンチトーストだよ。』って言った後、『今日は最後だから。』って言ってたよね?最後って何?教えてよ。」
あなたは顔を上げて、悲しそうな顔で私を見つめた。
「俺、明日死ぬかもしれないんだ。」
私は理解できず、聞いたこともないような声を出した。
「俺ね、治せない病気なんだって。癌に近いらしいけど、初めて見るものらしくてね。でも君に移る心配は無いって。治療方法がない今、入院して延命の治療を試すか、自宅で痛みだけ和らげるか、ってなって。俺は最後まで君と過ごしたかったから入院はしなかった。でもよく考えたら君の前で死ぬんだなって思って。だから別れたかったんだ。ごめん。」
私は何も言えなかった。
なんで言ってくれなかったの?
なんで延命しなかったの?
死ぬ前に別れようとかありえないよ。
最期まで一緒にいたい。
まだ一緒にいたい。
死なないでよ。
やり残したことだってまだいっぱいある。
嫌だ、死なないで。
頭には思い浮かんでも、どれも声にはならなかった。
泣きわめく私をあなたは抱きしめてくれた。
最後のハグは、いつもより温かく、甘かった。
フレンチトースト 詩乃天夢 @strange_01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます