第一章『佐山の始まり』-04
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画面の中、風見が軽く右手を挙げた。

『アー今後の予定の確認。
佐山は今日、確か……、IAIに行くのよね?』

『ああ、そうだ。出雲も風見も、君達は、どこへ?』

『どこへ、ってそりゃこれから
言葉と共に、出雲の首が縦に回った。
見れば風見が、回った出雲の頭と顎を後ろから押さえている。

「
問われるが、出雲の頭は風見の腿に乗せられたまま動かない。
風見はそれを見て、よしよし、と。脇に置いていた黒いザックを掲げて見せた。笑顔で、

『私達は都内行ってたのよ。全連祭用の新譜とか服とかいろいろ。やっぱ東京の端っこいると文明忘れるから』

『……成程な。しかし君達は結局、三年次も同室か』
言うと、風見が上の方を見て、数秒。
んー、と視線を戻すと、困ったように、

『まあ、成り行き上ね。もう他の子達と混じろうとしても、向こうが気を遣うし、寮の中でも姐さん役で定着してるし、この前なんかすれ違っただけで下級生に謝られたしなー……』

『……顔つきが何やらセメントになっていくようだが』
うつむきで顔を背けていた彼女が、ああ御免、と肩から力を抜く。
腿の上の動かぬ出雲を片手で無造作に叩いてみせ、

『アンタはこーいう馬鹿になっちゃ駄目よ?
覚はIAI御曹司の権限悪用なんだからさー……』

『その悪用で、君も随分と楽しんでいるようだが?』

『それが自分でも解るから腹が立つのよね……。
――生徒会の仕事くらいは真面目にしないとね』
風見が、画面越しに視線を合わせてきた。

『そうそう。本題。
――佐山? 二年次校舎の図書室、

『今日はこれから……、何時になるか解らないのだが』

『じゃあ、私達は明日の午後にまた都内出るから――、明日の午前九時に衣笠書庫で』
それならば、と己は了解。

「――衣笠書庫、か」
●

《失礼します ローカル情報です
二年次普通校舎 その西側一階全てと 張り出し分も含めた全八教室分の広さを持ち 地下にも倉庫があるため 学校内にある図書室としては破格の収容量を誇ります》

『このガッコの創設者の作った図書室で生徒会の初仕事ってのも、悪くないっしょ?
司書のジークフリート爺さんは無愛想だけど、茶とか出してくれる有り難い人よ。
選挙戦のとき、結構世話になったし、そのまま、あそこを基地にしようかな、って』

『今年の会計は言うことが違うね』

『会長も副会長も、相当に違うと思うけどね。
でも、どう? 私達は、アンタの自尊心に見合う先輩かしら?』

『今の発言だけで、充分、自尊心の面では張り合えると思うが?』
だが、

『少なくとも君達以上の適任者はこの学校にいるまい。
私達の住む秋川市を支えるIAIの御曹司、出雲・覚と、彼と同室で生活する風見・千里。
筋金入りの問題児だ』

『……褒められてんのかなー……』

『褒めているとも。
大体、世間が君達をどう言っているか知らぬわけでもあるまい。
それでいて、今のようにしていられる君達は尊敬に値する』
言葉の先、画面内の風見が小さく歯を見せた。脚の上の出雲を見て、

『ま、どー言われてたって関係ないわよ。
覚は、問題あるけど悪いヤツじゃないし……』

『君もだ、風見』

『じゃあアンタも、かしらね? 悪役の家系』
風見が顔を上げて視線を寄越して来る。
画面越しに、こちらのスーツ姿が見えているのだろう。

『キマってるように見えるけどさ。
ちょっと難しいわね、アンタって』

『何がかね?』

『隣に誰が立つのか、ちょっと想像出来ない』
●
風見は、表示枠越しに立つ佐山を見ながら、言葉を作った。

……言い過ぎというか、”入り過ぎ”かもね。
だが、この相手にならば、このくらい芝居がかっていてもいいだろうと、そう思いながら、

『私にとっての覚みたいな、さ。
――アンタのその馬鹿のバランスをとってくれる人が、ちょっと想像出来ないのよね。そんな風に立ってるの見てて、さ』

『いるまいよ、そのような人間は。
私と同等に渡り合える力を持った人間など』
流石の返答だ。
そう思う。
だけど今は違う、

『”そう”じゃないって』
自分は、恐らく困ったような顔をしてるだろう。だから無理に笑って言う。
手を軽く前後に振りながら、

『バランスよ、バランス。
同等じゃ秤の同じ側にしか乗らないっしょ? 必要なのは、対等』
つまり、

『アンタの”逆”に位置する誰かって、どんなだろう、ってね』
●
こちらが送った言葉の意味を、佐山が珍しく受け止め、考えた。
そして、

『……そのような者は、私にとっての反対勢力か、足手まといのどちらかだろう?』

『じゃあ、私は覚にとっての反対勢力で足手まとい?』
その問いかけに、佐山が肩から力を抜いた。

『私の知り得ぬものだな、その問いの答えは。
知っている君と論じることは出来んよ』

『あら素直』

『私は素直な人間だよ、風見。
ただ何故か、たまに、極希に、1回に0.001回くらい、それゆえのトラブルに巻き込まれるが。
これはアレだね?
――正直者は馬鹿を見る、と。
昔の人はいいこと言ったものだ』

『ああ、まあ、……アンタの脳内宇宙ではそういうことにしておこうか』
言われた佐山が苦笑。
こちらと視線を合わせ、まあいい、と告げ、

『――君と出雲のような関係があることは認めるとも。
だが、私にそれがあるかどうか。
そして、私が、自分の横にそういう人間を置こうと思うかどうか、そこが問題だろうね』

『問題?』

『佐山の姓は悪役を任ずる。
では、悪の隣には、何がいていいのだろうか?』
●
悪としての疑問。
その問いに、今度はこちらが答えられない。

……私は”悪”じゃないものねー。
多分そう。どっちかっていうと善の筈。きっと、多分。でもどうだ。ちょっと覚悟はしとけ。
なので、見えるように肩を落として吐息を一つ。

『ホント、複雑よね、アンタ』

『大樹先生にも言われたよ、先ほど』
大樹先生、複雑の意味解ってんのかな……、と心配になるが、それはそれとする。
あのね、と前置きして、

『皆思ってるのよ。
アンタみたいな面倒なのが本気になるのって、どういうときだろうって』

『なったことがないから解らない疑問だね。
……なろうとして、未熟な私が己を怖がっているのが現状だ』

『……フクザツだね、佐山』

『二度言う必要はない』

『違う違う。
今のは”フクザツ”。
そんな感じよ』

『そんな感じか』
佐山が小さく笑った気がした。
そして彼が、画面越しにこちらの胸下側を見る。

『起きているのだろう? とっとと帰ってただれた日常に突入するといい』
え? と自分が下を見ると。覚が目を開けていた。

「よう」

「よう、じゃないでしょ。気がついてたなら起きなさいよ」

「いや、千里、いい匂いするからさ」
赤面してしまう付き合いではないと信じたい。
ただ頬の熱を感じるこちらの脚の上で、覚が嬉しそうに目を弓にする。
画面の方では、佐山が、は、と短く笑った。
そして、手を挙げ、

『電車が出るようだ。そろそろお開きと行こう』

『りょーかい。じゃあまた、明日にね』
と、表示枠の映像通話を切る。
視界が開け、尊秋多学院の駐車場と、正面にある校舎群が見えた。
そのときだった。
目が新しい人影を認めた。
●

……あれは……。
二年次普通校舎の一階階段、二階側から降りてくる姿がある。
長身の初老。
黒のベストに黒いトルーザーに黒の手袋、禿頭に顎髭というのは、

「司書の爺さん。ジークフリート・ゾーンブルクだ」
生徒会の仕事で数度言葉を交わしたことがある。
必要最低限の言動しかしない人間だった。
衣笠書庫から外に出るとは珍しい。

「ま、春は移動の季節よね。――こっちも、合流場所に行かないと」

「春休みなのに忙し過ぎるぜ全く。
アリバイ作りみたいな事してるし」

「マーそうも言ってられないわよ?」
と、改めて周囲を見渡せば、目に入るのは、花の盛りが近い学校の風景だ。
日が、緩やかに落ち始めていた。
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