第10話 柔らかければ


「石膏、試してみましょうよ!」


「私の話を聞いてらして? 白ければいいというものではありませんわ。石膏では結局柔らかな肌にはならなくてよ!」


「じゃあ、柔らかければいいですか?」


 ああ、理解力が乏しい者と話すのは疲れます。察するということが凌太郎にはできないのです。転生前の——ベンティもそうでした。


「とにかく、白くて柔らかいものになさい!」


「了解で~す! みんな~、スカルさんは白くて柔らかい肌になりたいってさ」


 男どもが顔を見合わせて思案を始めました。どうせ止めても無駄でしょうから、ひとまず案を出させておきましょう。ですが、後でしっかり私が選定する必要があります。


 と突然、眼鏡をかけたひとりの男が大きな声で——


「あっ、俺んちにいいのがある! 条件ばっちりだから、今から家に行って取ってきていい? それまでは適当に試しててよ」


「マジ? じゃあ、頼むよコウジ」


「ちょっとお待ちなさいな、コウジとやら。何を取ってくるおつもり? ちゃんと私にお伝えなさい!」


 コウジという男はきょとんとした顔をして、それから凌太郎を一瞥します。うなずき会うと、にやりと笑って言います。


「スカルさん、それはお楽しみということで」


 ぞっとしました。この男もまた凌太郎と同類の人間、私はそう直感しました。ですが、何でも好きにさせるわけには参りません。


「お言いなさい! 勝手は許しませんよ!!」


「分かってませんねスカルさん。何が出てくるか事前に分かってしまっては面白味がないではありませんか」


 駄目です。このコウジという男もまた、私をからかって遊んでいるのです。ここは下手に出て、なんとか少しでも情に訴えかけましょう。


「それでは私は不安なのです、コウジさん。お願いですから、どのようなものをお持ちになるのか、ヒントくらいはいただけませんか?」


 私は消えゆくような、努めて儚げな声で懇願しました。


「嫌です」


「は?」


「良い物を持ってくるんで、どうぞご安心を!」


 コウジは踵を返し、走り去ってしまいました。一見すると真面目そうな男。しかし、中身は凌太郎と同等の思考回路なのでしょう。


 結局私は、彼が戻るまでの間で試されることになりました。


「おいおい、これ良くね?」


 男のひとりが翳して見せたのは——


「いいね、それでぐるぐると巻いていこう」


 凌太郎の号令とともに、私の体はで覆われていきます。


「こ、これではまるで……」


「ミイラですね」


 中身を綿で埋め尽くされ、その周りを紙粘土で塗りたくられ、さらに包帯で巻かれた哀れな骨体。なんという無様な姿でしょうか。


「顔と腰はむき出しで、スカスカなままですけど」


 絶望する私に、凌太郎は無情にも追い打ちをかけてきました。近くにある鏡を覗き込むと——確かに、私の顔と腰は骨体のままです。


 もっと詳しく言えば、手も、くるぶしから先の足も、まだスカスカ。中途半端に壊れたおもちゃのようで、本当に無残な姿でした。


「ひどい……ひどいですわ!!」


 絶叫にも近い悲痛な声が、美術室に響きわたりました。


 男たちは動きを止め、私を静かに見つめました。さすがの凌太郎も異常を察したのか、申し訳なさそうな面持ちになっています。


「スカルさん……泣いてるんですか?」


「泣いてなんていません!!」


 誰が泣くものですか。決して泣いたりなどしませんわ!


 私は誇り高き血筋の者、人前で泣くなど敗北に等しいこと。ましてやこんなふざけた男たちに泣かされるなど、死んでもあってはならないことです。


「……大丈夫ですか?」


「大丈夫なわけないでしょう! 私のような乙女をこんな無様な姿に仕立てておいて、あなたには人間の心というものが無いの?」


「あの……これでも僕らは真剣ですよ? どうしたら理想の体に近づけるか、毎日ずっと考えているんですから」


 なんということでしょう——。凌太郎が困り顔をしています。


 いつもの仏頂面が、初めて崩れています。今まで彼のこんな表情を見たことがあったでしょうか。いいえ、記憶にありません。初めて見せる顔です。


「……それは本当なんですの?」


「はい。片時も忘れたことはありません!」


 今度は真剣な眼差しで、強い口調で訴えています。私の悲痛な声を聞き、ようやくこの男にも情けというものが呼び覚まされたのでしょうか。


 仕方ありません。今一度、彼を信じてみることにいたしましょう。


 ——コウジが戻って来ました。


「ごめん、待たせた。はい、これ!」


「おお、グッドタイミング」


 何やら大きな容器を机の上にどんっと置きました。音からして結構な重量を感じられます。蓋を開けると、ふんわりと甘い香りが広がりました。


「それは何ですの?」


 私の問いに、コウジはにっこり微笑んで——






 


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