第2話 お覚悟を


 私は目を疑いました。


 凌太郎が手にしていたのは服ではありません。花飾りや絵の具、そして紐でつながれた無数の小さなランプだったのです。


「何の冗談ですか? こんなおもちゃばかり持って来て、それでどうやって着飾ろうというの?」


 戸惑う私に、凌太郎はにやりと笑いかけました。


 それはまるで、狡猾な殺人鬼のような無慈悲な顔。先ほどまでの無表情が嘘のように生き生きとした目。


 なんと恐ろしい姿でしょうか。


 私は戦慄しました——。


「おや? 急に静かになりましたね。お楽しみはこれからだと言うのに」


 何をするつもりですの?


 この私を、この体を、まさか蹂躙するつもりでは——。 


 あまりの恐ろしさに声が出ません。抵抗しようにも、今の姿では抗うこともかないません。


 ああ、私はこのままこの男に汚されてしまうのでしょうか。


「おーい、みんな。入って来ていいぞー」


 凌太郎の呼び声に、ドアが乱雑に開けられました。引き戸がバンッと音を立てて、ぞろぞろと少年たちが部屋に入って来ました。


「おお、それがしゃべるっていう骨体?」


「意外にきれいじゃんか。早くやろうぜー」


 私はたちまち囲まれてしまいました。


 まさかこの者たち、全員で私を——


「お嬢様、どうかお覚悟を」


 いや、いやですわ。


 ああ、神よ——


 凌太郎は不敵な笑みを浮かべながら、私に語りかけました。


「まずはカラーリングからいきましょう」


 カラーリング? 何の目的でそんなことを?


「え? 何をなさるの?」


 声が、声が出せました——!


「あっ、しゃべった!」


「マジだ! 結構いい声じゃん」


 男たちが一斉に私に近づいて来ます。野蛮な視線が、なめまわすように私の体に注がれていきます。


「私の体を、どうなさるおつもり?」


 問いかけると、彼らはみな顔を見合せました。そして騒ぎ始めたのです。


「すっげ、お嬢様口調って初めて聞いた」


「どうなさるおつもり、だってよ。まじウケんだけど」


「なあ、お嬢様とやら。今から俺たちがたっぷり可愛がってあげますよ」


 ああ、神よ、なぜ私にこのような試練をお与えになったのですか?


 あまりにむごいではありませんか。


 そんな私を嘲笑うかのように、凌太郎は彼らに辱しめの号令をかけたのです。


「じゃあみんな。さっそく塗っていこう!」


 すると男たちは絵筆を取り出し、こぞって私の体に近づけてきました。


「おやめなさい。……やめて、お願いよ」


「大丈夫ですって。さあ、いきますよ」


 ついに筆先が私の体に――。


 しかし、何も感じません。痛みどころか、くすぐったくもありません。どうしたことでしょうか。


「何も感じませんわ」


「そうでしょうね。なにせ、骨体ですから」


 そう言って凌太郎は、無表情に戻って私の骨に筆を走らせます。思い切りよく、私の右足を桃色に染め上げていきます。


 他の男たちも、青、赤、緑、果ては金色と、思うがままに塗りたくっていきます。


「おおっ! 何かハロウィンらしくなってきたじゃんか。なあ、凌太郎」


「いい感じじゃん。この調子で好きにやっちゃってよ」


 頭蓋骨はひときわ明るい色彩に仕上がってきました。花飾りが付けられ、ランプも巻き付け始めます。


「よし、イルミネーション点灯!」


 男のひとりがそう言うと、ランプが七色に輝き出しました。しかも、それは時間とともに色が変わっていったのです。


 まるで虹が生き物のように動いているかのようでした。見たことのない美しさです。


「悪くは……ありませわね」


 私は何を口走っているのでしょう。いくら飾りが素晴らしいとはいえ、私の体は骨のまま。服すら纏っていないというのに。


「イイですねお嬢様、お綺麗でいらっしゃいます。たいへんお似合いですよ」


 凌太郎がまた、にやりと笑いました。嫌な予感がいたします。


 恐る恐る、私は聞きました。


「まだ何か装飾なさるの? それとも、まさか他に良からぬことを考えてらっしゃるの?」


「さすがはお嬢様。察しが良いですね」




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